第6話 夢の愛妻弁当
「たっく、マルスのせいで何時まで経っても冒険の一歩目すら踏出せない」
俺は仕方ないのでマルスの家に向かえに行くことにした。大きい村ではないので10分ほどでマルスの家に着いた。マルスとリーザの家は大きくて2階建てテラス付きの立派な家だった。
「あ、どうもおばさん。マルスって帰ってきてますか?」
俺はマルスの家の前で花壇の花に水をやっているマルスとリーザのお母さんに声をかけた。お母さんはマルスに似ているがそれが可愛らしいお母さんなんだ。
「あら、エノムくんいらっしゃい。さっき帰ってきて今はキッチンにリーザといるわ。行ってみてね。その格好なかなか似合ってるわよ」
「え、はい、ありがとうございます。じゃあ、お邪魔します」
そう言って俺はマルスの家のキッチンに向かった。ちょっと恥ずかしかったがそう言われると嬉しい。それにしてもマルスめ、飯でも食ってんのか。
そう思いキッチンに行くとマルスはただ黙ってキッチンテーブルの椅子に座って料理をしているリーザをただ眺めていた。このシスコン野郎め。
「…………マルス、何してんの?」
おい、マルス。お前俺を散々待たせといて何やってんの?
「お、来たのかエノム。ちょっと待っててくれよ」
「あら、いらっしゃいエノムさん。ふふ、さすがは魔眼術師だね。それ似合ってるわよ」
「あ、ありがとうリーザ。恥ずかしいな、今おばさんにも同じこと言われたよ」
リーザに言われて俺は顔が真っ赤になってるのが自分でもわかった。
「それで、マルスは何してんだよ。俺、ずっとあそこで待ってたんだぞ」
「ああ、悪い悪い。今リーザに弁当を作って貰ってるのさ。もちろんお前の分もあるぞ、喜べ。そして俺に感謝しろよな」
なに!? まじか!? リーザが俺に愛妻弁当を!? って、なんだよ!! ピクニックに行くんじゃねーんだから。愛妻弁当はすごく嬉しいけど。
「やっぱり、ダンジョン行くんなら必要だろ食糧。俺は準備は万全にする方なんだよ」
いや、お前は準備に全力を出して結局行かないで終わるタイプだろ。でも、たしかにそうだな。冒険入門書にもダンジョンに入る時はしっかりと食糧を準備することって書いてたしって、
「えっ!? ダンジョン行くの? ダンジョンあるの?」
「ああ、村の外れにな。結構広いし、モンスターもでる。俺も何回か入ったことあるぜ」
マルスよ、俺とお前でそんなとこ行ってホントに大丈夫なんだろうな?
「はい、おまたせ。できたよ二人とも。でも、本当に行くの? モンスターもでるんでしょ? 気を付けてね」
「ありがとう、リーザ。うん、俺も気を付けるし危なくなりそうならすぐに帰ってくるよ」
やったああ。リーザのお弁当を手をゲットだ! リーザのお弁当を貰い、めちゃくちゃ嬉しかった。女の子にもらう初めての手作り弁当! ああ、異世界にきて本当によかった。
「じゃあ、俺も準備してくる」
ここで、マルスが驚愕の一言を告げる。は? お前今まで何してたんだよ! マジで行く気あんのか!?
「じゃあ、いま紅茶入れるね? 飲むでしょエノムさん」
「あ、ああ、うん。頂くよ、ありがとう」
そういうとリーザは紅茶を入れる準備をしてくれる。うーん、またもや嬉しい展開じゃないか。
リーザはそういうとキッチンに行ってお湯を沸かす準備をしてる。どうやって火を点けてるんだろ?
見たとこガスや電気では無さそうだけど。
しかし、なんでこんな美少女リーザがマルスの妹なんだ? 絶対におかしい。あのマルスの妹がこんな美少女なんて絶対におかしい!
それにリーザは皆に優しいし料理も上手だ。完璧じゃないか、マルスがいなければ。……まてよ、リーザは流れるような美しい金髪、かたやマルスは栗色の癖毛だ。まさかの展開が頭を過る。
「なわけないよな。そんな分けないな」
「どうしたの? 何か言ったエノムさん」
「い、いや、なんでもないよ。ごめん」
おっと危ない危ない。変な妄想してた。うーん、それにしてもダンジョンに行くことになるとはね。マルスめ、一言くらい相談しろよな、引っ込みつかなくなったじゃないか。
「はい、どうぞ。いまクッキーも焼いてるから少し待っててね」
紅茶を持って来てくれたリーザがにっこり笑ってまたキッチンにいってしまった。ホントに可愛いな、リーザは。
そうだ、マルスが来るまでまたあの本でも読んでようか。俺はバックからアルバスさんに貰った初心者の冒険入門書を取り出した。
「えーと、そうだなダンジョンについてはと……」
ふむふむ、なるほど。それには色々書かれていたが、気になったことが一つ。ダンジョンに潜入するにはパーティーを組み潜入するのが一般的らしい。
必ず魔法が使える、魔法使いや司祭等の遠距離攻撃や補助支援できる者を1人以上入れることとあった。そういった能力のある者とパーティーを組むことで全滅する確率が全然違うらしい。
「たしかにゲームとかでも戦士とかだけならあっという間に全滅だ」
しかし、俺もマルスも魔法なんて使えない。俺に至ってはモンスターすら見たこがない。マルスも一丁前なこと言ってたが俺とたいして変わんないだろう。
でも、たしかリーザは回復魔法が使えるって【分析】した時にステータスにあったよな。
あ、そういえばリーザも『攻略:可能』だった。ま、あれはあてになんないと思うが。おまけで付けてくれたんだろうな、女神さまが。おっと、まずは魔法だった。
「えっと、魔法魔法っと。ふむふむ、なるほどなるほど」
この本によると魔法は、火、水、風、土の魔法があり、さらに上位となる聖、光、闇の魔法があるとのことだった。ま、俺にはまったく縁のない話しだな。
おっと、冷める前に紅茶をご馳走になるか。このティーカップなんかも陶器だし、おしゃれだ。
やっぱり文明は向こうの世界とあんまり変わんないのかな。
「おっ、この紅茶、めちゃくちゃ美味い。なんでも美味しいだなここは」
あれ? 回復魔法って上位の聖魔法なのか? リーザすごいじゃん。
でもこのことをリーザに話したらやばいよな。俺が知ってるわけないんだから。言ったら俺はストーカーの烙印をマジで押されてしまう。
「あー、でも二人でダンジョンに入るのはヤバいよな」
それにしてもこの冒険入門書すごいな、いい本を貰った。書いた人はすごい冒険家だったんだろう。
たしかアルバスさんは著名な冒険家とかって言ってた。気になるな、ちょっと【分析】してみようかな。
よし、初心者の冒険入門書を『アナライズ』だ!
【初心者の冒険入門書】:Cランク
[説明]勇者アルバス・ナイトレインの残したとされる冒険の心得入門書。全三部作と言われこれはその複製。実物は勇者の故郷、聖アレンバルト王国の孤児院に寄贈されている。
「!!?」
「ゆ、勇者!? アルバス・ナイトレイン!?」
冒険者じゃない、しかも勇者! それにアルバス? 同じ名前だ、あの酔っ払いサンタクロースと。でも、そんな珍しい名前でもないから当然人違いだろうけどな。
「まあ、これは複製だしきっと偶然なんだろうけど。それにしても勇者って頭までよかったんだな」
◇◇◆◆
「勇者なんて俺には次元が違う話しだよな」
ちなみに俺のレベルは1だ。上がることはあっても下がることはない。気楽に行こうか。ダメなら逃げればいいんだし。
「おまたせ、エノムさん。クッキーが焼けたよ。一緒に食べよう」
「ありがとうリーザ。おお、すごく美味しそうだね。じゃ、いただきます」
俺はリーザが焼いてくれたクッキーを口の中に放り込んだ。うん、香ばしく美味い。やっぱりリーザは料理が美味いな。どこの世界でもクッキーは似たような味だがリーザのクッキーは格別に美味かった。
美人で可愛らしく、料理も上手。いいお嫁さんになるな。その旦那が羨ましいよ。
「すごく美味しいよ。リーザは本当に料理が美味いね」
「嬉しい。わたし、クッキー焼くのは自信あるんだ。お母さんと何度も作ったんだよ」
すごい、なんか新婚の夫婦のような会話だ。気分が弾むぜ。世の中の新婚の旦那さんはいつもこれをやってんだね。
「ようし、エノム。準備できたぞ」
うわ、マルスか。いいとこなのに邪魔すんなよ。今邪魔してどうすんだ。
「お、防具装備してきたんだなマルス」
「当たり前だろ、俺の自慢の騎士の鎧と盾だ。これは騎士の剣だ」
知ってる、それ初心者装備だろ。何が騎士の鎧と盾だよ。大丈夫なんだな? お前、ダンジョン行ってやっていけるんだな? 信じるぞ?
「本当に気を付けてね、2人とも。危なそうな時は逃げてね」
「大丈夫さ、リーザ。俺は何回か行ったことあるしな。あそこは弱いモンスターしかいないよ。下の階に行けば強いモンスターが出るかもしれないけどな」
おい、さらっと変なこと言ったぞ? ホントに大丈夫なんだな? 信じるぞマルス。
「じゃあ、行ってくるから。帰りは遅くなるかもしれないから心配するなよ」
「それじゃあ行ってくるよリーザ。美味しかったごちそう様、お弁当ありがとうね」
俺はリーザにお礼を言って、ついにマルスとモンスターのいるというダンジョンに向かった。
やばい、すごいドキドキしてきた。歩きながらまだ見ぬモンスターに足が今にも震えそうだった。しかし、マルスに格好悪いとこは見せたくない。なんとか平常心を保ち真っ直ぐ歩くようにだけ気持ちを集中した。
「な、なんだよ。え、エノム、お前まさか、びビビッてんのか?」
おい、「びビビッてるっ」てなんだ!? お前まさか怖気づいてんのか!? お前がダンジョン行くって言ったんだぞ!
「いや、俺は大丈夫だよ。でもまだ体が本調子じゃないからマルスのお手並みを見せてもらうさ」
「そうか? 俺はお前の伝説の獣88匹を倒した腕前を見せてもらうつもりだったんだぜ?」
「…………」
「…………」
なに? この擦り付け合いは。怖いなら怖いって言えよ、行くの止めてやるから。そういっている内に30分は歩いた。俺達は無言で村を抜け森の中に入っていく。こんな所にダンジョンがあるのか? かなり奥まで来たぞ。
「あ、ホントにあった。あれだろマルス」
「そうだ、な? 結構すごいだろ?」
たしかにすごい。こんな辺鄙なとこには似合わないようなダンジョンの入口だった。石造りの回廊が30メートルはあるだろうか。周りは石の彫刻が豪華に掘られている。その中央には大きなレンガ造りの彫刻が美しい入口がある。が、その彫刻には木の根が絡みつき一層雰囲気をかもし出していた。
回廊は下に向かって伸びていてここからだと入口の先は暗くて見えない。
「なあ、マルス。1つ質問していいか?」
「なんだよ、エノム」
「お前、前に来た時にモンスター倒したのか?」
「いや、マイアがほとんど倒した。俺が一人で倒したことはない」
やっぱりね。お前、足震えてるぞ。俺も人のことは言えないけどな。実際かなり怖い。恐ろしい。マイアはよく入っていってモンスター倒したな。
いや、マイアが倒したいモンスターはかなり強いらしい。俺はそんなモンスターに立ち向かって弱点を見極めないといけないんだ。ここで俺は立ち止まる分けにはいかないぞ。
俺は魔眼術師エノムだ。行ける! この一歩を踏出せ。今こそ勇気を出し進む時だ。
「よし、じゃあ行こうかマルス。やるだけやってみよう」
「そ、そうだな。おう、行くぜエノム!」
こうして俺は戦士と魔眼術師二人の魔法も使えない、やってはいけないパーティーでダンジョンに初めて潜入した。
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モチベが上がりますのでよろしくお願いします。