宝物
「時雨、今度の宿泊研修楽しみ?」
帰り道、柚葉にそう聞かれて苦笑いを浮かべる。
元々学校行事は好きではない。
それに委員で仕切る役をするなんて。
「いつもと一緒だ。
今回は楽しみどころか嫌になるくらい」
俺のしかめ面をクスクス笑いながら柚葉は小さく呟いた。
「変わらないなぁ」
しみじみとした口調が少し引っ掛かる。
「そんなに変わってないか?」
確かに行事が嫌いなのも、
今だにピーマンが苦手なのも変わっていないが。
「私も、時雨もずっと小さい頃のまんまみたい」
成長していないということか、
そう言ってからかおうとしたのに。
自嘲気味な笑顔に困惑する。
「ずっとこのままなのかな」
何が言いたいのかわからない。
視線はまっすぐ前を向いているのに、
何も見えていないように瞳に力がない。
黙ったまま歩いているうちに家についてしまった。
「じゃあまた明日ね、時雨」
いつもの笑顔を浮かべた柚葉は家に入っていった。
はかり知れぬ感情を覗かせた柚葉に、何も言えなかった。
何も言ってやれなかった。
今日は柚葉もすみれもよくわからないことばかり言う。
わからないといけない、
掴めそうで掴めない何かが頭のなかをすり抜ける。
自分の部屋の机の引き出し、
その一番上の鍵のかかるところ。
そこに閉まってあった宝箱を取り出す。
その中のひとつ、大切にしまわれた物を手に取る。
幼い頃に柚葉に貰った、小さなチャーム。
柚を象ったそれは柚葉を思い出させる。
最近、なにか辛そうでいつもの笑顔にも影がある。
そっと箱にチャームを戻す。
お揃いだと笑っていた幼い柚葉を思い出して、
今の彼女の不安を取り除けない自分を殴りたくなった。
ボーッとしていると、メールが届いた音で現実に引き戻される。
すみれからだ。
――明日委員会があります。
決まったからにはやるしかないんだから気を引き閉めなさい。
私もやりとげてみせる。
あんたの助けなんて借りなくてもできるって証明するわ!
まぁせいぜい頑張りましょう
なんて強がったメール。
俺の裾を不安気に引いていたやつと同一人物なんて信じられない。
それでもきっと、これが精一杯なんだろうな。
やっぱり面白いやつだ、と思いながらメールを打つ。
明日はどんな面白い姿を見られるだろう。
高嶺の花とかはどうでもよくて、
ただその人間性に興味が募った。