計り知れない思い
「とりあえず自己紹介でもしようかしらね」
教室に入ってきた若い女の先生はそう言いながら俺達を立たせる。
「すみれちゃんは知ってると思うけど、3組の体育の授業を受け持っている山口涼風です。よろしくね」
黒髪のポニーテールとぷっくりした唇が特徴的なその先生は俺の机に手をついて、視線で自己紹介を促す。
「1組の高橋朔夜です。よろしく!」
その視線はすみれしかとらえていないが、そこは気にしない。
「2組の南野時雨です」
軽く腰をあげて少し会釈する。
「3組の上原すみれです。」
微笑みながらそう言って、すっと視線を俺に向けた。
目が合うと視線は鋭くなってそらされた。
そこからは淡々と委員の説明をされて時間は過ぎていく。
「皆研修で盛り上がったら私たちの言うことなんて聞かないから、クラスごとに注目を集めてる3人に頼んだのよ。
期待してるわ、よろしくね」
先生はにこやかに笑って最後にウインクした。
絶望に近い感覚で鞄を片手に立ち上がる。
教室を出ると後ろから俺の背を控え目に叩く誰かの手。
振り向くと困ったような表情のすみれ。
「すみれちゃん、送るって」
断っても聞こえていない様子の高橋を見て察する。
外面の良い彼女は振り払えないのだろうか。
いつも俺にするみたいに強引に引き離せばいいのに、そう考えてから少し涙の滲んだ瞳に気が付いた。
軽くため息をついてその頭に手を置く。
「高橋、俺こいつの家の近くに住んでんだ。
だから俺が送ってく」
言い切る前に背を向けて歩き出す。
すみれは俺の制服の裾をつかんで歩き出した。
「悪かったわね、付き合わせて」
校門を出て落ち着いたのかそっと彼女は口を開いた。
何て返していいかわからず無言で歩いていると、自嘲のような響きでその台詞は呟かれた。
「私、男の人が怖いのよ」
「え、俺も男なんだけど」
つっこむように食い気味に返すと彼女は笑う。
「あんたみたいな人が今まで私のそばにいてくれたら良かったのに」
その笑顔はいつも学校で浮かべているものとも、意地の悪い素の彼女のものとも違うどこか寂しい笑顔。
泣きそうにも見えるその表情にはっとする。
「ありがとう、じゃあここで」
そう言って彼女はマンションに駆け込んでいった。
掴まれていた裾にそっと手を当てて、計り知れない彼女の胸中を思った。