(8)復讐という希望
「コンタクトが取れたら、準備するもんがある。対象になる奴の顔写真と名前や。新聞や雑誌のコピーでも切り抜きでもえぇ。そいつの具体的な情報があったらメモして渡す。趣味、性格、好きな物、嫌いな者、行動パターン、生活の癖ちゅうのが分かれば役立つらしい。……あとは奴らの質問に答えればえぇよ。
……会う場所、日時は奴らの指定のみ。まぁ、近場で会うことはないなぁ。そこに行けん奴は会えん。会わんと依頼はできんのや。
……それから、これが大事なことや。……奴らは「命かけん者」の依頼は受けん。命かけるっちゅうのは、自分は死んでもえぇくらいの覚悟ってことや。……わかったかぁ?」
緊張感が増してきている私は、力強く縦に首を振り、覚悟を見せた。
「よし。明日までにコンタクトとってみるよって、またこの時間に来ぃ。もしコンタクトとれんなら、次の日や。毎日コンタクトとってみるよって……」
この日は解散した。
仲介男はこの時、既にコンタクト済みだったらしい。
実は、数ヶ月後この街を歩いていた時、偶然仲介男と出会った私は、この時の私の様子を冗談混じりに話してくれた。私の気迫と頑強な決意に負け、初対面の日の夜には“力ある者”とコンタクトを取り、場所・日時が決まっていたのだ。
ただ、彼なりの想いもあった。人は時間が経てば気持ちが変わるほど弱い生き物。未成年の私にそれを望んでいたらしい。多少脅し気味に語り、私の反応を見ていたと言うのだ。何とかしてやりたいという想いと、復讐を諦めて普通の女子として歩んで欲しいという想いが、彼の心の中に入り混じっていたということも。
しかし、私に会う度に決意が揺るぎないものとなってきていることを感じたらしく、仲介に応じた、と教えてくれた。
確かに私の心中に蠢く犯人への闇は、この頃沸々と増殖していったことを、今でも憶えている。
翌日の再会。
残りの25万円を躊躇なく渡す。仲介男は中身を確認した後、一枚の紙を私に差し出す。領収証だった。
「今回の50万は、この被害者支援センターへの寄付になる。その証明や。警察がもし動いたら、金の流れも調べるはずや。だから寄付という扱いにしてある。ちなみに、わしは1円ももらっとらんよ」
微笑む初老男。
私は予想外のことで驚いたが、仲介男を信じるに値することとなった。
“力ある者”に会う段取りを話し始める仲介屋。
「先ず、観光旅行のプランをお嬢ちゃん自身で立てること。目的は単純にリフレッシュでも何でもえぇ。一人でも家族でも友達連れでもえぇから、観光客になりきることや」
「……観光?」
「そうや。何日観光しようが自由。約二週間後の4月17日午後2時、場所は島根の出雲大社境内。適当に観たり祈ったりしていたら、向こうから声かけてくる。後はその人の指示に従うこと。奴らが何人で来るか、わいも知らん。とにかく、指示に従え。ただ、話しを聞いて納得できんかったら、断っても問題ない。断ったら次がないだけの話しや」
「わかりました。……その方は、私のこと……?」
「お嬢ちゃんの特徴は伝えておいた。心配せんでもえぇ。想いを察知してくれるよって」
「……ありがとうございます」
この頃の私は人間不信に陥っていた。“力ある者”がどんな人物なのか、不安はあった。でも、私は復讐念を果たしたい願望の方が強い。仲介男の言うところの“不思議な力”自体に興味はなかった。低い可能性でも、仲介屋が教えてくれた“力ある者”に賭けてみたかった。つまり、あの『加害者連続死亡事件』を起こしたであろう“犯人”に……。
帰宅し、早々に出雲観光の計画を立てる私の目は、この三年間にない輝きがあったかもしれない。その源は“復讐”という希望、念願であったからだ。