(7)「ホンマにええんか」
勢いよく立ち上がった私は、躊躇なく彼の後を追う。センターの入っているビルから外に出、男の姿を探すが、すぐに見つけた。左斜め二十メートルほど先に、他の男と楽しく話し込んでいる中老男。駆け寄り、お構いなしに割り込んだ。
「すみません、お話しが……」
焦る中老男。会話中の男に待っててもらうようジェスチャーをし、私の腕を掴んで再びビルの中へ。
「なんやなんや、お嬢ちゃん! どうしたんや?」
「一週間なんて待てません! 私はあの日以来ずっと苦しんでるんです。25万すぐに準備します。明日会って頂けませんか?」
「待て待て! 表でこの話しはできんのやぁ」
明らかに男は戸惑っている様子。表で話し出来る内容ではないことも分かっていた。ただ、そんなことは今の私に関係ない。明日と言わず、今日でも良かったくらいだった。
すぐにお願いしたい。復讐したい。母を殺したあの男を『絶対殺す』と毎日思ってきた。私の唯一の目標である。この地球上で同じ空気を吸っていることさえも、吐き気がする。男の顔を思い出すために頭痛がする。刑務所から出て来るのを待ってなくてもいい。さっさと殺してくれるなら、いくらでも払う。もし私に金がなくても、身体を売ってでも払ってやる。だから……
(殺して、お願い……)
この時、私はどんな顔をしていたのだろう。“鬼の形相”というが、鬼でも悪魔でもどんな表情でもいい。ただ本気の私の気持ちを伝えたかった。通じた。暫く私を凝視していた目の前の中老男が、小声で優しく応えてくれた。
「わかったわかった、今回は特別や。明日この時間に来ぃ。詳細はその時や。お嬢ちゃんがそれを聞いた後、コンタクトとるかどうか決めればいいよって」
今聞きたい衝動を抑え、男の事情を受け止め、承諾した私。お礼を言ってこの場を離れた。
駅に向かう私は足を止め、何となく振り返り、仲介屋の男を見る。先ほど話し込んでいた男に、拝むように手を合わせ何度も謝り、一人で去っていく。今晩酒を交わす約束でもしていたのかもしれない。ギャンブル話で楽しみたかったのかもしれない。
少し申し訳ないと、強引だった私は思った。でも、それ以上に高揚している自分がいる。この三年間、そんな気持ちを抱いたことはなかった。“希望の光が射す”とは、この時かもしれない。
私は一種の希望感と緊張感を味わいながら、帰宅した。
翌日、再会した仲介屋の男が再確認してくる。
「お嬢ちゃん、ホンマにええんか?」
頷き、無言で25万円の入った銀行袋を手渡す。この場面を見たら、怪しい取引だと誰もが感じるだろう。でもここはケアセンター内の個室。他の人には見られていない。
声のトーンを下げ、淡々と話しを進める仲介屋。
「昨日も言うたが今回は特別や。……これから話しすることは他言無用。場合によっては警察も動く。それでも言うたらあかん。世間に知れ渡れば混乱が生じるし、被害者の希望も叶えられんようになる。いいかぁ。
……法律で復讐は許されておらん。それでも奴らは被害者の怨みを晴らすために、命かけちょることを知ってて欲しい。
……それから、もし何かの理由で失敗しても、わいに責任はない。仲介するだけや」
「わかりました」
神妙に受止めながら、さらに耳を傾けた。




