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(6)「50万円用意しぃ」

 

 それから約一年後の4月。


 母の死から三年。

 被害者支援センターでケアを受けていた私。最近はご無沙汰だったが、調べるために顔を出した。

『加害者連続死亡事件』について知っている人がいないか、探してみた。が、誰も知らないとの応えばかり。


 諦めかけ、センター内の椅子に座り、奪力している私に近づく中老の男――白髪混じりの中肉中背で、年相応のシワを顔に刻み込んでいる。片手に丸めた雑誌を持ち、リズムよく腿を叩きながら目前に、腰かけた。いかにも酒大好き、ギャンブル大好き、女好きのようなニヤケタ顔。不愉快に感じた私は、睨みを効かし、立ち上がって離れようとする。が、その男の一言で動きを停止。


「お嬢ちゃん、加害者死亡事件について調べてんだって?」


 視線を男に向け、相手にしようかどうか迷ったが、その事件について知りたいのは私自身である。そのために、このセンターまで足を運んだ。何か新しい情報が聞けるかもしれないと考え、再び腰を戻した。


「……はい」


「何でまた、そんなこと知りてぇんだい?」


 18歳の私からすれば、怪しい中老男。ただ、隠す必要はないと考え、語ることに。三年前の母の事件、犯罪と罰の矛盾、犯人を許せない気持ちなどを、正直に……。


 静かに耳を傾ける男。


「そうかぁ、その事件なら覚えちょるよ。あん時のお嬢ちゃんかねぇ」


 頷いた。


「大変な想いしてきたんだろうなぁ〜。……よっしゃ! んじゃぁ、こっから話すことはダ〜レにも言っちゃいけんぞ。約束できるかぁ?」


 首肯。


「世間には不思議な“力”を持っちょる奴がおる」


(えっ? 突然、なに?)


「よくテレビでも出てくるやろぉ。まぁ〜テレビや本に出てくる奴わぁ〜大抵ウソやけどなぁ。ホンマに“力”持っちょる奴は表に出てこん。いや、出てこれねぇ〜が正解やなぁ」


(……力?)


「でなっ、その加害者死亡事件の殆どは、その不思議な“力”を持つ奴らの仕業や! んやから、犯人もわかっとらんし、証明もできんから警察も動けんちゅうことやぁ」


(……仕業? ……このおじさん、必殺仕事人の見過ぎじゃないの……)


 相手にしたことを後悔した私は、懐疑の目で男を睨みつける。


「お嬢ちゃん、信じとらんやろぉ? まぁいい、信じるかどうかはお嬢ちゃんの自由や! 知りたい言うから、教えたんよ」


 三呼吸ほどして訊ねる。


「……その人たちには会えるんですか? 本当にいるなら、会いたいです」


 男を試した。


(いるわけがない……)


「ホンマに?」


 逆に男が私の本心を確認しているようだ。


「本当です!」


(本当にいるなら、会いたい……)


 私は真剣そのものである。ふざけて探しているわけではない。


「お願いするっちゅうのは、どういうこつかわかっちょるんかい、お嬢ちゃん!」


 犯罪を依頼すれば、自身も犯罪者になることを私は知っている。それでも、


(大切な母を殺した犯人を絶対許さない。自分で犯人を殺したいくらいだ)


 と言葉にしたいくらいだった。

 約三年経とうとしても憎悪は膨らむばかり――事実、やみは私の精神をむしばんでいた。


(犯人を絶対許さない! 殺したい!)


 私は俯き、いつの間にか身体全体を震わせている。悲しみを通り過ぎているためか、涙は出ない。怒り、憎しみだけが全身を包んでいた。

 そんな私を見つめる男の眼は、憐れんでいるようにも見える。


(まだ子どもなのに、一生このままでいるのは不幸だ)……と。


「よぉ〜わかった、お嬢ちゃん。だが、もう一回よぉーく考えてみぃ。命かけてもえぇんなら、一週間後この時間にまた来なはい。奴らに頼みたいなら50万円用意しぃ。一週間後は25万円でええ、そしたら奴らとコンタクトとるよって。次の一週間後に奴らと会う情報を渡す、残り25万円と交換やっ」


(50万? 本気マジ? 私を揶揄からかってるの? 普通なら簡単に準備できる額じゃない。でも……復讐を依頼するとなれば、安いかも……。私が大金を持っていることなど、この男は知らないはず。……母のことを調べていれば、遺産が私に入っていることは予想できるかも。……いいえ、このひととは初対面。それに、復讐を依頼するなど偶然に過ぎない。50万は本気? それとも……)


「なんや、わいのこと怪しいとか思っちょる眼ぇしとるなあ。言うておくけど、詐欺ちゃうで。そんなことやっとったら、わいはうの昔にこの世から消えとるよ。やつらに始末されちょるだろうしなぁ。……50万円払えんちゅうなら、復讐は諦めな」


『復讐は諦めな』と言った男の眼が本気マジである、と感じた。


(諦める!? なぜ私が? ……このひと、未成年の私に50万準備するのは無理だと思って……いや違う……もしかして、復讐を諦めさせようとしてる?)


「心配せんでもええ、わいはこの辺出入りしよるから、逃げたりせんよ。わいはただの仲介屋や。被害者家族のためにできることをやっとるだけ。お嬢ちゃんのためにできることがあったら、応援するさぁ。まっ、一週間よ〜く考えときぃ」


 その言葉を残し、男は部屋を出ていく。来た時同様、丸めた雑誌でリズムを取りながら。


 初対面の男に対して不安を抱きつつも、心はすでに決まっていた。『考える』こと自体を考えていなかったのだ。

 この苦しみ、募る怒りを一日でも早く拭い去りたい私。本当にそんな人たちが世の中にいるならお願いしたい私……


(一週間も待てない!)


 


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