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(5)念書

 

 頭を上げ、上半身を少しずつ起こす私が睨んでいる彼は、驚いたように目を見開き、逆に前屈みの体を起こし、遠ざかろうとしている。


「……でなければ、私があなたを殺す」


 考えて発したセリフではなかった。無心の声が出てしまったようだ。

 先ほどの野獣の目から、野獣に睨まれたシマウマのような眼に変わった男。私が既に立ち上がり上目線で睨み続ける頃には、彼は恐怖心からなのか、後悔感からなのか、足を振らつかせ、さらに距離を離していた。


「このことをこの家の人たち、そしてあなたの両親に報告します」


 このセリフは本気なのか、威しの冗談なのか、この時の私には分からない。ただ彼だけは本気にした。


「ご、ごめん、謝る。に、二度としない。だから言わないで」


 男なら簡単に土下座するな、と言われている時代は終わったのだろうか。17の小娘に土下座している、仕事で鍛えているはずの筋肉質の塊は、小刻みに震え、小さく見えた。

 その時、外から車が走り、ブレーキ音が聞こえた。彼も聞こえたらしい。少し顔を上げ、その方向に首を動かした。


「私が叫べば、おじさんはここへやってきますね。あなたはどうしますか?」


「…………」


 答えない男から視線を外し、乱れている服装を直す。

 部屋の古い三段ボックスの上段に置いてあるハサミを取った私は、それを地べたに近い彼のこうべあたりに軽く投げた。


「私が叫ばないように、それで、私を殺してください」


 土下座のまま、首を数回横に振る男。


「じゃあ、私がそれであなたを殺します。強姦されそうになった私は、正当防衛。あなたの両親は、犯罪者の家族として逃げて生きることになります。どうしますか?」


 無言のまま首を振り、ハサミを掴み、お尻側に隠した。

 様子を見つつ、私は再び畳の部屋へ。次に彼へ渡したのは、レポート用紙とボールペン。伊達だてにネットサーフィンをしていない、私の今できる回避方法である。

 緊張度の高いこの状況によって酔いから醒めた彼に、私に対する強姦未遂の反省と二度と口説かないことを約束させる、念書を書かせたのだ。

 震えている彼の文字。私が悲鳴を挙げない限り、おじさんがこの母屋に来ることはない、と少しだけ安心させた。書き終えると、私が持っていた朱肉で親指ぼいんも押させた。今の彼は、芸を仕込まれた猿のように、私の思いのままだった。

 死を覚悟し、失うモノなどない私は、優越感を少しながら感じた一時ひとときでもあった。


 未だに正座している男に、何か言うべきか、と考え、それとなく伝える。


「私はあなたのことを許したわけではありません。あなたがどうなろうと、興味もありません。ただ、今まで通りおじさんと仲良くしてください。勿論、私のことは無視してください。」


 反省している男の久しぶりの声。


「わかった」


 説教するつもりはなかったが、忠告したかった。


「二度とこんなことをしないでください。私だけでなく、女性に対してです」


 首肯する彼。


「二度としない」


 そして、最後に私が伝えたかったこと。


「あなたを殺すことなど私は平気だと言うこと、忘れないでください」


 母屋から出て、家主の行動を確認し、陰に隠れる男に合図。無事に逃げていった。

 男のいない母屋の部屋で、一気に疲れた私はそのまま寝てしまったようだ。おじさんの外からの怒鳴り声で目覚めた。


「コラ〜、風呂入っちょらんぞ〜」


 その後、彼は仕事で家主のところに来るが、母屋に来ることはなかった。ただ、視線は感じている。

 忘れたくても忘れられるはずもなく、この生活で避けたい一点となった。


 


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