(44)・・・のために。
私の心配は現実なものとなる。
陽が復讐を始めたのだ。組織に対し、独りで。私も参戦しようと、陽のいる東京へ行ったが、足手まといになった。
結局、16歳の陽は死んだ。どうすることも出来なかった私たちを助けてくれたのは、端上レイ、伊武騎碧、そして安倍坂一族だった。彼女らによって陽は期日前に蘇生した。ただ命をくれたのは、実姉の光さん。そのため、陽は奉術師としての能力を失うことに。それが掟だから。普通の高校生として生きることになったのだ。それはそれで良かったように思う。
陽も私も、敵対心を抱いていた彼女らによって救われた。感謝しきれないほどの恩恵と一緒に。
組織を離れた私は、新たな出発を決意。九年過ごした淡路から、新たな土地へ移転することにした。非常識であることは分かっていたが、事前に準備をし、旅立つ8月末当日に退職。こんな無愛想な私だったが、職場の人に惜しまれた。
深夜出発予定だった私の自宅に、午後4時頃訪問してきた一人の男。洲本で料理人をしている篠倉勝秋だ。市場の人にでも聞いたのだろう、辞めることも、この自宅の場所も。
特に、咎めることはせず、淡々と応対。
「何の用ですか?」
「どこに行かれるんですか? 湊さん」
「日本のどこか、です」
「行かないとダメなんですか?」
「ダメとかじゃなく、行きたいんです。自分のために」
次のセリフに悩んでいる彼。
「もういいですか。片付けが残ってるので」
閉めようとした玄関の縁を掴む、彼の大きな手。
「!?」
「僕の傍に居てくれませんか!?」
突然の彼のコトバに驚いた。でも冷静に応える。
「ムリです。私と篠倉さんじゃ、住む世界が違う」
再び閉めようと試みるも、大きな手は退いてくれない。
「じゃあ……それじゃ、僕が湊さんの傍にいます! あなたと一緒に行きます」
「えっ!?」
予想してなかった意外なコトバが、私の行動を止めた。
(私と……一緒に!?)
驚いた表情をしているだろうけど、彼の真剣な眼差しに対し、微笑する私。
「ありがとう、ございます。でも篠倉さんに迷惑かけたくない。それに仕事もあるでしょっ」
「迷惑だなんて思わない。料理人の仕事は、どこでも出来ます。僕は……僕は、湊さんと一緒にいたいんです」
「篠倉さん……」
困った。彼と一緒に行くわけにはいかない。それ以前に、私の正体を知らない。知ったら嫌になるに決まっている。
ただ、ふと頭に浮かんだこと。
(母さんは、父さんを受け入れた。レイさんの両親だって、碧君の両親だって、皆受け入れている。そうやって子孫が……彼も、受け入れてくれるのかなぁ……いや、でも……)
ただ私に勇気が、決断が、出来なかっただけだった。
「ダメ……それはダメです。篠倉さんは、ほんとの私のことを知らない。知ったら嫌になる、後悔するはずです」
「それは僕が判断することです。湊さんの噂は色々聞いてきました。でも、それでも良いと思った。確かに知らないことが多いです。でも受け入れていきたい、あなたの全てを。あなたの話しを聞きたい。あなたのこれからを見ていたい。だから」
「篠倉さん!」
彼の話しを遮る私。
「……篠倉さんにはもっと相応しい場所があるはずです。それに相応しい人が……だから……だから、もう帰って! 私は、私はあなたが想うような人間じゃない!」
私の強声に、扉から手を離してくれた。下向き加減でそれを閉めた私は、部屋へ入り、そして座り込む。彼が帰っていくエンジン音。小さくなり聞こえなくなった時、肩頬に伝わる何かを感じた。
(えっ?)
指で頬を拭い、付いたものを見る。何故か分からない、その涙。
私はまだ篠倉勝秋という人物を好き、という感情で見ていない。それでも彼のコトバが嬉しかった。反面、私の本性を知った時の嫌われる怖さが優位に立った。今の彼を受け入れることが出来ないでいた。
しばらく両膝に顔を埋め、思い出していた。……母と過ごした愉しい思い出を、いくつもいくつも、繰り返し繰り返し、時を忘れて。
明日を見て進もうと決意し、顔を上げたが、すでに外の太陽光はない。最後のリュックを片手に持ち上げ、玄関を出た。施錠し、鍵をポストへ。幌タイプのガレージにある愛車RXに乗り込み、出発する。
未練はない。颯爽とその町を出る。私の次の活動拠点に決めた地まで、ひたすら高速を疾駆。その地は、誰にも告げていなかった。陽にも、レイにも、実父にさえも、だ。私のことを誰も知らない地で、新たな祓毘師としての使命を果たそうと、心に決めていた……のに……。
深夜サービスエリアで仮眠を取り、明朝に着いた新たな新居。これまでと同様、隣家と距離のある田舎の庭付き一軒家。築二十八年以上だが、リノベーションが自由に出来るということで、選んだ。その平家を眺めながら、「よし!」と荷物を取り出そうとした時、一台の乗用車が敷地内へ。
降車したその人物を見て、唖然。瞬時に私の心は……新たに決意するものがあった。それは、自分自身のために。未来のために。そして……のために。
祓毘師としての私の新たな生活が、ここから、始まる。




