(43)その根拠は?
目前のダンディーな男の右脇下から顔を覗かせた、高校生。
話し続けようとしたが、続けられない状況が現れた。赤霧がその二人を取り囲んだのだ。
(陽、まだダメ!)
心で呟いても既に遅し、だ。鮮血を使った陽の攻撃技が、再び牙を剥いた。金刀比羅で伊武騎碧と闘った時のように。
ただ私の不安は呆気なく、吹き飛ぶ。滝のように二人の頭上から降り注ぐ薄緑発光色のナチュレ・ヴィタール。陽が拵えた赤い霧が一瞬にして消えた。目を疑う私。
(な、何? 今の?)
さらに、車中にいるはずの陽の奉術師の命が消えた。
(陽? どうしたの?)
驚いた私は、上半身をひねり視線を愛車へ。後部のドアが開き降りてきた青年。コチラへ歩き近づく陽は、私より一歩ほど彼ら側で立ち止まる。後ろ姿を見ながら、陽の動向を黙って見守ることになった。
「見事ですね」
いつもの冷静な口調で語り出すことに、少し安堵した。
「何の用だ? 私を怒らせる前にここから消えて欲しいんだが……」
「フッ、それは僕のセリフかもしれません。今後邪魔しないで頂きたいんですが……」
「その静命術、誰から学んだ?」
「……誰でもいいじゃないですか」
静命術は基本的に建毘師の術らしい。静命術をかけた状態の場合、その奉術師は力を使うことができない。つまり、陽が攻撃態勢でないことは判った。
陽に気を取られている時、質問してきた女命毘師。
「湊、さん、もしかして、さっき私が助けた方は、湊さんたちが処理した方ですか?」
「そうよ」
「それで、私たちが来るのを見張ってた?」
「そうね。でも、あなたが来るとは思ってなかったわよ。命毘師を待ってただけ。もしあの男が甦ったら、また処理することになってるのよ。転命は一生に一度だからね。さっき甦った男に彼が闇儡しようとしたら、幽禍が消えたみたい。傍に建毘師がいるようね。残念だけど他の方法で処理することになったわ」
嘘を付け加え、反応を見た。怒ってるのか、睨んでくる女子高生命毘師。
(ほんと、分かりやすいのね、この娘)
「それから今回、邪魔する人も処理してもいいという指示がきてるの」
それに対して問うてきた建毘師。
「その指示は誰からだ?」
コトバではなく、両肩を少し上げて意思表示した私に、さらに厳しく言及。
「誰を処理したのか、分かってるのか?」
「組織の裏切り者よ」
「裏切り者? 指示を出している者が裏切っていると思わないのか?」
(えっ、どういうこと? 逆?)
「君たちは今、とんでもないことに加担している可能性がある」
「それはどういう意味?」
「NSの内部分裂、あるいは新組織によるNSの乗っ取り」
「…………」
彼の言っていることが全く理解出来ない、私がいた。コトバが出てこない。陽が代わってくれた。
「面白いことをおっしゃいますね。根拠もないのに……どちらにしても、僕は信じる道を進むだけです」
「信じる? 何を信じているんだい?」
「僕の力、僕の使命、僕を必要とする彼を」
「彼!? その彼が君にウソを言ってるとしたら?」
「ウソ? ウソと決めつける根拠は何ですか?」
私も知りたいことがあった。
「そう言えば、先日も命毘師さんの傍にいた女が、連続殺人とか大量殺戮とかデタラメなことを言ってましたね。その根拠も伺いたいわ」
あれ以来、そのことが気になっていた。調べようがなかった。陽にも聞けなかった。いや、陽も知らないと思っていた。より詳しい情報が欲しかったのだ。組織について、初見の指揮官に確認したかったことが本音。陽と一緒に聞いておきたかった。
二呼吸ほど後、組織の陰謀を語り出す安倍坂という男。私も陽も静かに、彼の知り得る組織の情報を聴いていたが、呆れたように言い放つ陽。
「そんな作り話を……」
「では、君のお父さんが誰に殺されたのか、知っているのか?」
「父さんは殉職した。捜査中犯人に殺された。犯人はその後自害している。それだけです」
「君の父さんは殉職に見せかけ、警察に殺された。その指令は組織だ」
「な、に?」
後ろ姿の陽の表情を窺うことは出来ないが、冷静な陽が困惑しているように感じた。私も驚いている。
「君はなぜその力を備えている。お父さんから転移で授かったからだ。危険を感じていた。だから死ぬ前に君に転移した」
「それは、あなた方が父を殺そうと企んだからだ」
「私たち建毘師は奪命する権限がない。奪力するだけだ。確かにお父さんの奪力は計った。しかしその時はすでに君に転移し、失力していた。どちらにしても力のないお父さんは、組織に不要だ。逆に内部事情を知っている者として邪魔だった。だから処分された。殉職というカタチで」
「…………」
無言の陽。彼はジッと建毘師に視線を送り続けている。
息をのむ沈黙は、クラクションで失った。パーキングに入ってきた他客の車からのものだ。が、それを無視するが如くに、陽は言い放つ。
「あなた方の言葉は信じない! 僕の邪魔をするなら、今度は遠慮なく殺す」
「君は危険人物リストのトップだ。安倍坂一族は、君の行動次第で遠慮なく奪力にかかる。そのことを肝に命じておくことだな」
黙ってしまったが、体を反転、車に戻り出す陽。端上レイに「またね」と挨拶するように右手を軽く上げ指を踊らせ、陽の後を追う私。車に乗り込み、そのまま走り去る。
ルームミラーに映る後部座席に座る陽の表情。眼を閉じ、何かを思慮しているように見える。
(陽のお父さんは、組織に、殺された!?)
建毘師の発言を耳にした私は、組織への不安と陽に対する心配が、強くなっていった。




