(40)貸してください
着いた場所は、中心街から離れた立地にある古そうな、五階建てのビジネスホテル。
駐車場は地下にあるようで、建物左側に下る出入り口が。満員御礼とはほど遠い色褪せたホテルだ。築二十年は超えているのではないだろうか。良く言えば穴場である。観光客は……先ず来ないだろう。
その周囲には、雑居ビルやマンション、小売店鋪が少々、以外は一般住宅が並んでいる。
「陽、本当にココ?」
「GPSの多少の誤差を考えても、ココか両隣のビルになるみたい」
愛車を路上停車させ、周囲を見渡しながら、私は悩んだ。駐車するようなスペースが全くない。
「長時間路上駐車するのは難しいわね。どうしようか」
そう言っている矢先に、偶然にも通りがかった小型パトカーから音量大の警告。
「そこの車、ここは駐車禁止区域です、すぐに移動しなさい」
「チッ!」
サイドブレーキ解除とシフト作動を同時に行ない、早々に移動。周囲をグルグル周り、ホテル前の道路を往復する羽目になった。しかし、これでは命毘師が現れても見逃すことになりかねない。
車を他へ置き、生身で張り込むことも考えたが、身を隠す場所が電柱しかなく、見つかる危険性、不審者として通報される危険性が高い。それに日中は暑くてたまらない。
幽禍を探偵役として張り付ける陽の技も、相手が明確でない限り無理だ。流石の陽も頭を抱え込んだ。
暫くして、あるシーンを思い出す。
ホテル前の道路をゆっくり走行しながら、ホテル反対側に連なる物件をチェック。ドラマなどの刑事が部屋で張り込むシーンに適した建物を、探った。出入り口を確認出来ればいい。真正面を避け、斜めから張り込める二階以上の部屋。パッと見、二ヶ所の候補。二階建て木造アパートと、三階建てビルの三階空きテナントだ。
「ちょっと待ってて、陽」
再び路上に停車させ外に出た私は、これらを管理する不動産へ、番号非通知で電話。両物件とも同不動産だが……呆気なく粉砕。
(二日間だけ貸して欲しいなんて、やっぱ無理だよね。……陽にお願いして、警察に手配してもらった方が早いかなぁ……結局、陽に頼りっぱなし……)
気落ちし、車へ戻ろうと歩く。目に入ってきたのは、ハザードを焚いた軽自動車から降りた老女が、ガレージのアルミ扉を手動で開けているところ。それを横目に通り過ぎたが、ふと立ち止まり振り返った。旦那らしき老男が、バックでガレージに収めていた。
頭の中で何かまとまったプランがあったわけではないが、歩み寄り、その老夫婦に声を掛ける。
「こんにちはぁ」
「こんにちわっ」
見知らぬ私に、笑顔で挨拶してくれた老夫婦。
「こちらにお住まいの方ですよね!?」
「はい、そうですよぉ。何か御用ですかっ?」
優しく応えてくれたのは老女。
「お願いがあります」
「うちは二人とも年金暮らしだから、お金なんかありませんよ」
(訪販(訪問販売)だと思うわよね)
「いいえ、違います。実は困っていて……助けてください!」
平身低頭した。頭を下げたまま、老夫婦の返事を待つ私。それほど時間は掛からなかった。
「何かご事情があるようですね。ここじゃ何ですから、お入りください」
まさかの応対に驚いている。顔を上げると、先ほどと変わらない老夫婦の笑顔。玄関で話すことになった。勿論、正直に話したわけではなく、嘘八百を並べる。父が度々京都出張があるものの浮気の疑い、そこのホテルで会っているのではないか、母には内緒にそれを調べるため弟と来た、という状況設定にした。
「二日、いいえ三日間、この家の二階を貸してください」
「あらまぁ」
「タダとは言いません。10万円、いいえ30万円を現金でお支払いします。旅行など行かれては如何でしょうか。行きたい場所があれば、全て私が手配します」
「まぁあ、30万円も!?」
顔を見合わせる老夫婦。
「安全のために、通帳や印鑑など大切な物はお預けになるか、お持ちください。キッチンなどは使用しません。二階の道路側のお部屋とお手洗いだけで結構です。ゴミも持ち帰ります。お願いします」
再び平伏。
「どうします、あなた」
「いいんじゃないか。彼女も大変そうだし、うちのボロ家でもいいなら。二階の部屋は、子どもたちが帰って来る時しか、使ってないしな」
「だそうですよ」
満面の笑みを見せる奥さん。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、早速出掛ける準備しなきゃね、あなた。旅行なんて何年振りかしら」
二階部屋のエアコンも布団も、シャワーもキッチンも使っていいとのご厚意。それに、『冷蔵庫の中の野菜や食糧も、食べてもらえないかしら、駄目になっちゃいますから、ね』と言われた。
行き先は、15年振りの伊勢と鳥羽に決まった。早速、朝食付きの旅館を予約。食事は旅先で決めるということ。
夫婦が旅の準備をしている間、陽は暑い日差しの中、一人張り込む。私は愛車を200メートルほど離れたコンビニに一旦駐車、現金を下ろし、徒歩で夫婦宅へ。正午過ぎ、準備の出来た二人に30万円を渡し、再度お礼を言った。
ただ、これが片付いた後に老夫婦の記憶から、今回の件を消さなければならないことも、理解していた。感謝と同時に、申し訳なさもあり、深々と頭を下げた。
旅立たれた後、陽を電話で呼び寄せる。
「姉さん、流石だね。僕には思いつかなかった」
褒められた。嘘でも嬉しかった。歳下からなのに。大したこと、していないのに。
目的のホテルから約30メートル。借りた民家の二階で陽が見張っている間、愛車を取りに行き、ガレージへ。アルミ扉があるため、多少の目隠しになる。ついでに、コンビニで多目の食糧を、調達しておいた。
陽は近くで待ち合わせし、手配していた鮮血と急遽依頼した録画可能な望遠ナイトビジョンなどを、受け取ったりもした。
(これからが、勝負だ)




