(39)私なんて、必要ない
「明後日まで、付き合ってもらえない」
彼は食事の箸を止め、私をジッと見つめている。私は真剣な眼差しを彼に向けた。二呼吸ほどした後、再び箸を動かし、返事してくれる。
「いいよ。テストは先週終わったし、僕も明日は休むつもりだったから」
「ありがとう。……実は」
その願いを伝えようとした私のコトバを、遮った。彼は……解っていた。
「命毘師、でしょ?!」
「?!」
箸を置いた陽は、両肘を座卓に立て、重ねた手を口元前にし、語り出す。
「先月のこともあるし。今回のターゲットも命毘師によって蘇生するかもしれない、だから待ち伏せして、もし命毘師が現れたら……」
一本の親指を自らの首に向け、横一文字に僅かに動かす。さらに、
「僕には姉さんの中にある幽禍は視えない。予想だけど、さっき処理に使った三人分の幽禍とは別の幽禍を持って来ていると思う。命毘師に、闇嘔するために!」
「…………」
「もし邪魔が入る場合、僕の手助けが必要。そういうところかな!?」
驚嘆、彼に全て読まれていた。全くその通りだった。
「よぉう……」
「姉さん、僕はそのつもりで今回来ている。NSも承知済み。邪魔者は処理していいと許可ももらってる。命毘師に限らず、それが警察でも政治家でも関係ない。邪魔者は消す」
鋭眼に変わっている、組織の少年。
「なぜ風間を自殺に仕向けず、病死にすると思う?」
私は首を横に振るしかなかった。
「風間の死が奉術師によるものと判ってもらい、蘇生させるためさ。死ぬ前の数時間、幻覚と幻聴が一気に襲うよう指示してある。奴の発狂する姿を見れば、周囲も黙っていない。
実は今晩、実行する意味があるんだぁ。
奴の家で定期的に行なわれる会がある。それが今日。集まった何人かは必ず泊まっていく。その何人かが、奴の最期の目撃者になる。もし誰かが蘇生のために動くとすれば……裏切り者の仲間が見えてくる。それを探るための作戦なんだ。
命毘師が来るとすれば、早くても明日、遅くても明後日。この二日間、邪魔者と裏切り者を炙り出し、一人ひとり処理していくよ。すぐに処理出来ない奴には、幽禍を張り付けておく。日本のどこにいても探し出せるように、ね。
京都は浮遊している幽禍の宝庫なんだ。残虐な歴史があるからね。それに鮮血も手配済み。明日受け取ることになってる。だから姉さん、心配しないで」
(さすが陽……でも……私なんて……必要ない)
彼の眼差しが怖いほど、痛い。組織に彼は必要だと感じた。それに、彼を守りたいと思っている自分を、恥じらった。守られているのは、私……。
再び箸を進める陽。私もそれに合わせて食を続ける。
「そうだ。姉さん、今晩の宿泊はホテル予約してあるから。車中泊でもいいけど……姉さんの好きにすればいい」
「あ、ありがとう」
「……一緒の部屋じゃないからね」
「……あ、当たり前です!」
翌朝、朝食を取らない陽からの連絡を待ち、ホテルレストランで朝食ビュッフェを満喫。泊まったのは、ANAクラウンプラザホテル京都。ここのビュッフェはレベルが高いらしく、陽が選んでくれたようだ。
二週間ほど落ち込んでいたが、陽のお陰で元気になった気がする。組織についても、少なからず知ることが出来た。私の彼への信頼も深まっていた。
部屋に戻り、ネットニュースをチェックするも、風間に関するような情報は見当たらない。
ふわふわのベッドに馴れていない私は、大きめのソファーで両膝を立て座り、目を閉じる。
どのくらい経っただろうか。SNSの受信音に反応し、瞬時にスマホを手に取った。
『15分後』
陽からだ。すぐに部屋を出、チェックアウト。地下駐車場からRXを解放させた。昨夜、ホテル近くの路地で陽を降ろした場所に向かう。そういう段取りなのだ。既に立ち待つ少年を乗せ、颯爽と走らせた。
カーナビに設定する陽。それに従い、目的地へ。
風間の遺体は最寄りの病院から、自宅ではなく、別の場所に搬送されている。
本来、解剖のために、京都大学解剖センターか市立病院へ運ばれる。ただ解剖すると蘇生は不可能となるため、解剖は拒否することになる。そして奉術師に処理されたとなると、知られている自宅での安置を避け、知られていない場所へ搬送することになる。これらは全て、陽の読み通りになっていた。
さらに昨夜、彼は教えてくれた。風間の家に泊まる何人かの内の一人は組織側であること。その者が常に同行し、運ばれる場所をGPSで知らせるようになっていることを。




