(33)「許せないのよねぇ」
数メートル手前で足を止め、軽く三人を見渡す。公園の薄灯りで、今彼女らの顔が明確になった。
スレンダーな女は20代前半、顔つきからして美人なのだろうが、威圧的な眼差し。
(こいつ、不愉快だ)
ベンチの女はまだ幼さを感じる高校生くらい、可愛い目をしているが不安を滲ませている。
(陽と同じ歳くらいかな。……この前、連絡きてた子かしら!?)
男は少し離れた場所でタバコをくわえたまま、こちらを見ているが、公園の灯りが遠くハッキリしない。ただ中年であることは分かった。
(この男、奉術師とつるんでる。何者?)
男はさておき、女二人に話し掛けることに。
「あなたは建毘師!? ということは、お嬢さんが命毘師ね」
驚いた表情で、立ち上がる若い命毘師。
「あなたは?」
「私? 私は耶都希、湊耶都希よ。祓毘師なの。あなたは何て言うの?」
「…………」
「隠したっていつかバレるんだからぁ。……確か報告来てたわね。えーっと……レイ……静岡の高校二年生、ハシガミレイ、だっけ!?」
彼女の表情が変わるのを、見逃さなかった。
(この娘、素直ね)
「そぉー、あなたなの。逢えて光栄だわ。実は私、命毘師に逢うの、あなたが初めてなの。あの男見張ってれば、もしかして現れるかもって……待ってた甲斐があったわ」
「……私を……私を、殺しに、来たんですか?」
「あぁ、大丈夫よ、心配しないで。別に今あなたを襲うほど、私もバカじゃないわ。そこのお姉さんに力を奪われたら、困るしね」
なぜか建毘師の女が力んだ。その瞬間、左手の平からグリーン色の光が放出され、シャボン玉のようなオーラが高校生を包み込む。ナチュレ・ヴィタール(自然界生命エネルギー)のシールドだ。
命毘師を護るためなのだろうが、私はこの女の行動にムッとした。
「だから、攻めるつもりないって言ってるでしょう!」
「その割には、体の中に闇を溜め込んでいるようですね」
(そっかぁ、見えるんだったわね)
「あぁー、そうね、三人分くらいはあるかしら。でもこれは依頼人のものだから、ここで使う物じゃないわよ」
実は違う。復讐のための闇ではない。復讐までは決意出来ない被害者遺族の闇なのだ。これは、祖父から引き継いでいる慈善活動によるもの。カウンセルと称し、闇喰による悲苦の緩和を不定期に行なっている。一昨日、神戸の被害者支援センターで三名の闇喰を行なったばかりだった。
建毘師の後方にいる素直な命毘師が、突っ掛かってきた。
「では、何の御用ですか? もしかして、あの男性を殺ったのは、あなた? ……」
(あら、意外にハッキリ言う娘ね)
「ふん。……じゃぁ、折角だから教えてあげる。
殺ったのは私。依頼されたから処理しただけよ。私たちは、悪い奴らをこの世から一掃しているの。それが使命なのよねぇ。……だから今日は忠告。二度と邪魔しないで欲しいの。解ったぁ?」
「なっ、あの男はまだ加害者になっていないはずです!」
(分かってないわね〜)
「……何言ってるだかぁ……もう3人死んでいるじゃない。警察に捕まってないだけよ。このままだと被害者がもぉ〜っと増える、かもしれないじゃない。だぁかぁらぁ、依頼人のつよ〜い希望によって、処理した、ってことよ。分かるぅ?」
「ま、まだ彼が、犯人だと決まっ」
遮るように口を挟む。
「あのねっ、あの男は人殺しなの! 間接的であってもね。……海外へ逃亡する可能性だってあるんだからぁ。だから依頼がきたの。
この力を信じてくれる、被害者の無念を晴らすのが、私の使命。悪人を一人でも減らすのが、私の仕事。私はねぇ、ぜ〜ぇっ対悪人を許さないわけ。なのに、そんな悪人を甦らせるあなた方が、許せないのよねぇ」
「確かに世の中、悪い人もいます。でも人の命を勝手に奪うのは、おかしいです!」
「はっ! あまちゃんね」
薄笑いと同時に、自然に相づちを打ってしまった。
「悪人は所詮悪人よ。犯罪者は放っておけば、いつかまた犯罪を犯すの。その度に、被害者は増えるのよ。そのくらい分かるわよね。
その抑止のために、私たちは動いているの。犯罪者を減らすことがなぜ悪いの!? どこがおかしいのよ!?
じゃぁ、あなたが甦らせたあの男が、また罪を犯したら、どう責任取るのよ!」
「せき、にん? ……ちっ、違う。そうならないために、警察や国はあるべき……私たち力のある者が処理しちゃいけない」
(何様のつもり)
「あなた、ほんとに分かってないわね。この力があるから被害者家族は、苦悩や心の闇から解放されるの。
法で裁かれない犯人、裁かれても納得できない被害者、まだ犯人も捕まっていない被害者の遺族、日本だけでもどれだけいるか分かってるの?
警察や司法で対処できない矛盾した法治国家、犯人の人権を尊重しろと騒ぐ無関係な学者や国民。……もう、うんざり。
私たちはその外で被害者家族のために闘ってる。新たな被害者を出さないために活動しているの。これは今始まったことじゃない。代々伝わる湊家の宿命、祓毘師の使命なの。だから邪魔しないで!」
強い口調で言ったためか、黙り込んだ女子高生。
しかし、傍の女の予想もしないコトバに、腹の虫が騒ぎ始める。




