(30)新たな敵対心
近づく私に気付いた瀬良と舎弟に、声を掛ける。
「瀬良親分ですよね」
今時「親分」等と呼ぶかどうかは知らない。ただ「親分」を知っている女に警戒した舎弟が、一歩前に出て来た。
「なんや?」
「さっきから、あそこで親分たちを見張ってる男がいて……」
左腕を伸ばし人差し指で、陰に隠れる男を知らせる。舎弟も瀬良も視線は男へ。当然、田村要は驚きを隠せず、オドオドし始めた。
「えっ???」
という感じなのだろう。
「誰だ、あいつ?」
舎弟の言葉に、私はトドメを射す。
「親分を狙ってるんじゃないですか? 背中に何か隠してるみたいだし。ここじゃ他のお客さんに迷惑なんで、外に連れて行って訊ねてください」
目で語る瀬良と舎弟。そして顎で合図する瀬良。頷き、瀬良に背を向け、男のいる方へ歩き出す舎弟。
私のイメージ通りに、隠れていた田村は反応。数歩後退りし、反転させダッシュでクラブを出た。
「待てやコラああ!」
単純な舎弟は大声を張り上げ、追い掛ける。インストラクターや他の客全員が静止し、頭だけが舎弟の動きに合わせている。
舎弟が消えると、その視線は瀬良に集中。礼儀正しいのかどうかは分からないが、頭を何度か下げ出口へと歩き出した。
残された瀬良の傍にいる私。
「お一人で外に出て大丈夫ですか?」
咄嗟の私の問いに応えてくれる。
「そんな商売や。いつも覚悟しとる。そろそろ下に迎えも来てる頃やし。心配してくれてありがとな」
暴力団のイメージが少し変わった。
(意外と丁寧なんだね)
再び歩き出す瀬良に、目的を果たすべく、彼の斜め前に移動する私。
「色々大変な時期みたいですが、私は親泉組を応援してますので」
握手を求めた。少し戸惑った感はあるものの、差し出してきた瀬良の手を両手で握手する。大きな手は優しさと力強さがあった。思い描いていたターゲットとは違ったが、闇嘔を遂行。依頼人の闇は彼の体内に格納された。
クラブから去る瀬良の背中を見ながら、ふと思い出す。
(彼、無事に逃げたかしら)
エレベーターで下りた後、瀬良らの様子を窺う。後部座席の瀬良と立っている舎弟の待つ黒塗り車に、息を切らした男が一人。田村を追いかけた舎弟だ。二人の舎弟は、運転席と助手席に乗り込み、車は去った。
(逃げ切ったみたいね)
少しだけ安堵した。
でも、余計な作業が増えた私。
4日の夜、指示した通りにホテルから出てきた田村要を尾行。電車のシートにダラしなく座る彼の横に、私は座った。シートは他にも空いてるのに、横に座った人物に違和感があったのだろう、こちらを見ようとする動き。
「こっち見ないで。姿勢もそのままでいいわよ」
私は囁くように正した。
「明朝、瀬良は病気で死ぬから。あなたは当然のように振る舞ってね。変に詮索しないように。ただそれだけ言いにきたの。あなたと会うのはこれが最後。お疲れ様、たむらさん」
そう言いながら、シートにブラッと置いている彼の手に私の手を重ね、数回擦った。
「それじゃぁ」
立ち上がり停車した駅で下車した私は、振り向き、動き始めた電車のシートに座る彼を見送った。ただ無表情に。これで余計な作業も終了。彼の脳から私の全ての情報を幽禍として抜き去った。会話したことも私の顔も一切を消した。つまり私の体内に保管されている。新月を過ぎれば私に巣食うことになるけど、仕方がない。小さな闇だから、一日ほど吐き気や目眩などが襲う、乗り越えられる程度。
(まっ、彼のお陰でターゲットに近づけたから良しとしよう)
しかし……良し、とはならなかった。
7日になっても瀬良正輝の死亡情報が、ネット上であがってこない。
不安になった私は、大阪府警に属するNS側の警部補と専用SNSで連絡を取り合うことに。数10分ほどで返答が来た。
『5日午前6時自宅で心臓発作、搬送され死亡確認。公安によりけいさつ病院へ転送。午後蘇生。当夜退院。現在居場所未確認。……蘇生前奉術師数人がいた情報もあり』
その情報に怒り心頭の私がいる。なぜ警察が暴力団幹部を蘇生させたのか、私は知りたかった。すぐに返事が来た。
『未確認情報……監察官の極秘内部調査。大阪府警内部に暴力団と繋がる警官らあり。瀬良と情報取引か。その前に処理するため、L13に依頼した可能性大。警官の刺殺事件および妻は事実のこと』
復讐をネタに、私(L13)に処理させたということなのだろう。暴力団と繋がる警察官が保身のために、遺族を焚き付けたと予想出来る。
ただ、私の怒りはそこにはない。苦労して処理した対象者が蘇生したことだ。それも奉術師による可能性もあるというのだから。蘇生させることが出来るのは、命毘師しかいない。
これまで以上に、命毘師への敵対心と憎悪が強くなっていくことになる。




