(27)子孫伝授
男のわりには、小綺麗にしてあるワンルーム。男臭さも然程なく、アロマのような微かな香りがあった。部屋を少しだけ片付けた後、着替えなどをバッグに詰めた土屋さん。
「シャワーもベッドも自由に使っていいよ。冷蔵庫の中の飲み物もOKだから。鍵は一階のポストに入れておいてね。約束、明日は帰って話し合うこと。それじゃ、おやすみ」
まだ玄関近くに立っていた私の横を通って、靴を履こうとする彼の右腕を、私は何故か掴んでいた。
「ん? どうしたの?」
彼の顔など見れるはずもなく、俯いたまま、
「知らない部屋に一人で泊まったことないし、怖いです。シャワー浴びるまで、待っててもらっていいですか?」
間が空いたが、シャワーから出てきたら出掛ける、と了解してくれた。
シャワーを浴びながら、学校のつまらなさ、伯父へのウザさ、生きていく意味のなさ、などを私は考えていた。
(もう嫌だ! もう分かんない。どうしたらいいの。……お母さん……お母さん)
シャワーの音で聴こえないと思った、私の泣き声……。
ユニット式の個室から着替えて出た私。
「ありがとうございます」
彼に色々なことを含めて発した、一言のお礼。
「うん、いいんだけど……かづきちゃん、一人で大丈夫?」
(えっ?)
彼のそのセリフは私を混乱させた。
今考えれば、彼は「今晩、一人でも大丈夫?」という意味だったと思う。でも、私の中では「これから、一人でも生きていける?」と捉えてしまった。泣いてるのがバレた、とも思った。
(もう、どうにでもなれ!)
彼の正面から抱き付いていた、私がいた。
「一人にしないで下さい」
どんな表情をしていたのかは分からない。彼も私も。
寸刻して、彼の両腕が私の両肩に。私との密着度をなくし、視線の高さが水平になる。
「わかった」
私のセリフが、彼を動かした。さっき電話した相手に再び連絡、嘘に嘘を重ねている。「行けなくなった」ことを告げていた。
私を一人にするのが心配だったのだと思う。もしかして、一人にして、この部屋で自殺されても困る、と思ったのかもしれない。
私をベッドに寝かせ、彼は余った床に寝る。でも私の中では「どうにでもなれ」と「彼女?より私のために、ここにいてくれる感謝」の色々な気持ちが、行動させた。
ベッドで上体を起こし、上下の服と下着を脱いだ私は、背中を向ける彼に抱き付き、
「お願いがあります。私を……」
彼は一度断ったが、二度目の私の願いに応えてくれた。違う……彼も男だったということかもしれない。
詳しい彼の気持ちは知らないけど、私の初となった。
約束通り、彼が出勤する前の早朝、アパートを出て帰ることに。
別れる際、彼を見ながら感じたこと……恋愛感情はなく、優しいお兄さん、という印象から脱していなかった。さらに、私の闇なのだろう。彼の夜の行為に、少し不信を抱いてしまった。自分から誘っておいて言うのも可笑しいことだが、彼女がいるのに高校生の私を、抱いたのだから……。
彼とは、それ以来会ってない。それに異性とは交流がない。でも、やはり結婚を意識する年代になった、ということだと思う。
私は家庭を持てるのだろうか? ……お母さんみたいな素敵な母親になれるのだろうか? この力を子孫に受け継がせることはできるのだろうか? ……自信がない。
私、祓毘師の湊耶都希を、伴侶として受け入れてくれる人は、いるのかなぁ……




