(22)とも、だち?
平成27年2月25日の夜9時前。
――「二年前の不動産社長夫婦殺しの公判で、先月証拠不十分で無罪となった村井俊司さん35歳が、本日早朝、自宅マンション敷地内で死亡しているのが発見されました。警察によりますと自宅のある八階ベランダから飛び降りた可能性が高いもようです。遺書のようなものは見つかっておらず、自殺と事件の両面で捜査を続けているとのことです。では、次のニュース――」
視ていたTVドラマが終わり、消そうとリモコンを手に取った。が、数分間のニュースで、アナウンサーに読み上げられた事件報道を耳にする。
「フン」
電源オフ。少しだけ安堵した感の私は、隣の部屋で布団を敷き、石油ストーブを消化、紐を引いて照明消灯、全身布団へ潜り込ませた。
(成功したようね……)
ニュースになった村井俊司の飛び降り自殺は、私のせい。事件になるような状況を出来る限り減らし、飛び降り自殺の状態を、故意に作り上げた。
彼は復讐の対象者だった。同時に依頼人にとって恐怖の対象でもあった。依頼人に捜査の目がいかないよう、完璧な自殺の状態を作る必要があったわけだ。
今回、依頼人の希望に沿い、依頼人の闇に指令を出した。その結果、成功したと断言出来る。
*******
私のところへ依頼が届いたのは、一週間ほど前。
祖父も付き合いのあったコネクションの一つで、大阪のある宮司からだ。
被害者遺族の悲痛な叫びと共に、急ぎの対応が求められた。仲介屋によると、依頼人は二年前に殺された両親の娘で、容疑者の男は先月無罪に。そして男に依頼人も殺されるかもしれない、という緊迫した状況だと教えてくれる。私は、四日後に会う場所と時間を、仲介の宮司を通して知らせた。当日、対象者の写真や住所、日々の生活パターンや癖、好みなど詳細を記載したメモを準備して欲しい、と付け加えて。
―― ニュースの四日前 ――
2月21日の午後4時。滋賀県大津市の佐久奈度神社で、依頼人の女性と会う。
最初に彼女の想いを確認。
対象となる男は、彼女の元婚約者ということで、三年ほど付き合ったよく知る人物、だと言う。結果的には、二年前両親の反対と彼への直接的な行動もあり、別れることが出来た、とのこと。原因は、男の借金とDV癖……
(私の嫌いなタイプだ)
嫌いというより、人として許せないタイプ。彼女が可哀想に思えた。
この別れ話が発端となったこともあり、一週間後に両親は殺害されたようだ。たが、動機などの状況証拠はあるものの、殺害に関わる物的証拠がなく、先月無罪判決が下される。従来の復讐代行の依頼なら、この判決に不服とする理由が大きい。でも今回彼女の場合、少々様相が違っている。
無罪判決後、男が彼女に結婚を迫ってきた、というから驚きだ。
(無罪だから問題はないけど……でも、いくら元婚約者だからといって、容疑者だった人物が被害者の娘に結婚を申し込むか、普通……どんな神経してるんだ、その男は……)
不動産経営をしていた親の遺産が目的ではないか、と依頼人は疑っていた。さらには
『俺と結婚しねぇなら、親の二の舞になるぞ!』
と脅され、かつ
『お前の両親を殺ったのは俺だ。もしお前を殺ったとしても、俺は無罪になる自信があるぜ』
彼の発言に恐れを抱き、警察も充てに出来ず、相談する人もいない。苦悩の末“神頼み”の感じで有名神社の宮司に相談した、というわけだ。その宮司が仲介屋などとは知らなかった彼女だが、宮司の判断で、私を紹介してくれた、という経緯。
依頼人の彼女は29歳。年齢が近いこともあり、個人的な同情がないとは言わないが、私自身も許し難いその男の処理を、受けることにした。
いつもの通り、彼女に闇喰と闇嘔の条件、および掟を説明。そして具体的プランを二人で相談しながら、決めていく。
「……分かりました。では、苦しめることに重点をおかず、早急な処理を行ないましょう」
「はい、すぐにお願いします」
「ただ、他殺の状況を残すと、あなたも疑われます。出来る限り自殺する方向へ進めていきます。念のため、彼から距離を置くために、明日から大阪を離れてください。出来るだけ遠くへ。観光旅行など、証言が取りやすい場所へ出掛けてください。旅行することを、近くの友人、同僚、親戚の方でも結構です。最低一人に伝えておいてください。当たり前ですが、彼の知らない人物ですよ」
「アリバイ作りですね、分かりました。彼から離れるためにも丁度いいです。両親と思い出のあるマレーシアへ行きます。あちらにも父の所有する物件がありますので、仕事としても問題ないはずです。どのくらい離れていれば宜しいですか?」
「三日から四日あれば処理は済んでいます。それ以上は、あなたのご意思です」
「……少し休みたいので、二週間ほど向こうにいます」
スムーズに話しが進み、彼女の承諾を得た。
「あなたとは、これで二度と会えないのですね。残念です」
そんなことを言ってくれた依頼人は、嘗ていなかった。本当に残念そうな彼女の表情に、少し戸惑う。
「……私の顔や、ここで会ったことの記憶も闇と一緒に取らせて頂きます」
「そこだけ残してくれることは、出来ないのですか?」
「……掟ですから……」
「あなたとは年齢も近そうですし、友だちになれそうな気が……そうです、よね。仕方ありませんよね」
(とも、だち……)
彼女の眼差しから避けるために、私は目を瞑った。心のどこかで繰り返す、“友だち”というコトバ。
(……いや、私には友だちなど必要ない。……違う、祓毘師でいる限り、友だちの存在は邪魔でしかない……)
本心からそう思った。口角を上げ、微笑むような表情を作り、彼女に適切かどうかは分からないが、伝えた。
「あなたの友だちに、私はいないほうがいいでしょう。これからのあなたの幸せを、心から願っています」
彼女も微笑みで返してくれる。
明日彼と接触し闇嘔することを約束。最後に、彼女の闇喰を行ない、そのまま帰ってもらった。
翌日、対象者への闇嘔を実行する。




