(20)遂行
私の愛車に少年を乗せ、移動。対象の加害者が入所している三重刑務所に向かうために。一緒に行くことは事前に決まっていた。最初は二人とも無言だったが、少年から口を開いてくれた。
依頼人の彼の怨度が低いことを想定して、もう一つ準備してきたものも教えてくれる。それは、被害者である彼女自身の幽禍を『一緒に連れてきた』と言うのだから驚きだ。
「どこから? どうやって見つけてきたの?」
当然の質問。私の愛車に同乗しているわけだから、興味があった。浮遊している幽禍は私に見えないため、教えてくれなければ気づくはずもない。
相変わらず透き通った声で応えてくれた、少年。
賀茂別雷神社に来る前、彼女が跳ねられ亡くなった現場や彼女の自宅付近に立ち寄ってきたらしい。警察を通して入手していた情報をもとに調べ、浮遊している彼女の幽禍を見つけ出した。
驚く私の表情を見ながら、さらに詳しく教えてくれる。意外とおしゃべり、なのかもしれない、と思った。
人間の命は本来誰のものでもない。自然界から生じたものだから。人間として生きている間だけ、その人が保有者となり人体に備わっている。生きていくための活動エネルギーになる。命によって人間の寿命は決まるが、寿命前に亡くなった人の命は、保有者がいないものとして、活動エネルギーがある期間、空に浮遊し続ける。ただ浮遊している命には、生前保有者であった人間の闇が膠着している。……ことなど。
この辺りは私も知っている内容だったが、相づちを打ちながら、静かに聞いていた。
「浮遊してる幽禍ってね、大きさなんかは当然違うけど、浮遊している範囲も違うんだ」
「えっ、そうなの?」
初めて聞いた。
「付いてる闇が多ければ多いほど、怨度が高ければ高いほど、浮遊する範囲は狭くなる。例えていうなら、体重の軽い人は行動範囲が広いけど、重たい人は範囲も狭いってこと。だから、闇が多い人は重たくて動けないってことだね。軽い人でも過去の思い入れが深かったり、もともと生きている時に行動範囲が狭かったりする人も狭くなるけど。外国に思い入れの深い人は、瞬時にそこへも移動できる。ただそれは人間のような意識じゃない。一種の共鳴作用で移動出来るんだ」
「そうなんだぁ。……そんなこと誰から聞いたの?」
「聞いたんじゃない。自分で確認した」
(えっ!? 調べたっていうの)
運転席で驚く表情の横顔を、助手席の彼は見たのだろう。
「驚くほどのことじゃないよ。彼らと仲良くなれればね」
(彼ら? って、幽禍のこと!?)
ちょうど赤信号で止まっていた。私は彼のほうに顔を向けていたが、彼は前方への視線を変えず、続け始めた。
「闇につながる過去の情報があれば、生前保有者の幽禍を見つけることは、それほど難しくない。大抵は亡くなった現場、自宅、学校や職場、好きな場所、思い入れの強い場所などに浮遊しているからね。不慮の事故で即死の場合は、それに対する闇がないから現場に浮遊していることは少ないけど、殺されたりする時は、恐怖心や犯人への怒りなどが一気に膨らむから現場に残ることも多いみたい。例えば、家族より友だちを大切にした人は、自宅付近に浮遊してることは殆どない。これは物質世界のエリアだけのことだけじゃない。人の領域も一つの範囲になる。特定の人に嫉妬や憎悪、逆に心配や溺愛心を持ち続けている人は、その対象者から離れようとしない。その人の行動に合わせて付いて回る。だから、生前の情報があれば、探す範囲は特定出来てくるんだよね。
今回の被害者については、仲介屋に頼んで依頼人自身から情報を仕入れておいた。もともと嫉妬深い性格で、子供の時から自分よりモテる女友達を疎んでいたらしい。過去に彼を奪われた女性を嫌い続けてもいた。彼女の幽禍は自宅から彼氏の家の範囲で浮遊してたけど、特徴もあって意外と早く捕えることができたよ」
(そんなことができるの? できるとすれば、この子、スゴい!)
直毘師がそこまで調べ、特定の幽禍を探すことなど誰も行なわない。この少年はそれを度々行なっていると言う。今回の闇儡に彼女の幽禍も利用したいと考え、探して連れてきたのだ。
私は正直、ただ驚いただけでなく、少年の執着、恐ろしさをも感じてしまった。
この少年の名は、伊豆海陽。トップレベルの直毘師だ。そして、組織NSの一員である。何かしら惹き付けられるモノを持っている。まだ13歳だが、冷静さと綿密さに関心した私がいた。
夜8時過ぎ。三重刑務所が近くになる頃、陽が具体的な指示を出してきた。
慎重な彼は、街中の防犯カメラに出来る限り映らないよう、国道二十三号線から外れ、店舗のない路地を走行させる。刑務所の横を流れている川の反対側に行くように、と。さらに、街灯のない場所で車を停め、降りたらすぐに車を走らせること、二十三号線以外の道を走行しながら15分後に降りた場所で乗せて欲しい、ということだった。
「どこかの店の駐車場で待機しているのはダメなの?」
「駐車場の広いショッピングセンターならいいけど、コンビニやスーパーなどの駐車場はやめておいた方がいいね。監視カメラに大きく映るから」
納得した私。本音を言うと、この少年直毘師の闇儡を実際に見たかったが、仕方なく指示に従う。直接幽禍が見えるわけではないから、見ても分からないけど……。
15分後、闇儡を終えた少年を乗せ、帰路につく。
三日後の朝、ネットニュースでは、独房での自殺とだけ書かれている。詳細は不明。
私はこれまでネットニュースによる情報だけでの確認だったが、この日SNSの連絡が届く。NSからだ。刑務所内で起きた詳細、死因の内容、そして現場となった独房の写真が一枚添付されている。そのメールの最後に『YOU』の文字。送り主がすぐにわかった。
『ヨウ=陽』――この時まだ中学生の直毘師である。
私の闇喰と伊豆海陽の闇儡によって、復讐代行は遂行成就されたことになった。ただ、この惨劇後の画像を見ながら、ふと13歳の直毘師のことを考えた。
(あの冷静さ、慎重さは、どこで身に付けたの? ……13歳とは思えないほどの闇……何があったの?)
これ以来、陰ある陽に惹き込まれていく。
恐怖ではなく、何か大きなものを感じる。私自身の闇は、陽と共鳴し始めているのだろうか……




