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(19)初コンビ

 

 平成24年10月5日。

 27歳の私が、13歳の直毘師と初コンビ。


 依頼主は、愛知県内で車に跳ねられ死亡した女子大学生と付き合っていた、大学先輩の彼氏。

 当時運転していた加害者は、脱法ハーブ吸引後、意識朦朧しながらの運転だったらしい。裁判で危険運転致死により懲役十一年の判決が出されたのだが、彼女の家族は納得できない。ただ、弁護士の見解は控訴しても同じであろう、というので控訴を諦めたのだが、一緒に闘ってきた彼は、家族の無念も含め、彼自身の決意で申し込んできた。

 復讐する方法を二ヶ月ほど探して、やっとのことで私たちに辿り着いた、と教えてくれた。


 彼の話しを聞いた後、私は闇喰やみくの説明、彼の同意を得る。しかし、一緒に聞いていた制服姿の少年は、訊ねた。


「もし自由にその人へ復讐することができるとしたら、あなたならどのようにしたいですか?」


 (なぜそんな質問をするのか)、不思議に思う。


「同じように、車で引き殺したいです」


 少年は冷たい視線で、彼の気持ちを斬る。


「……だめですね、それでは」


(えっ? だめ? )


 依頼人にダメ出しするとは驚かざるを得ない。

 しかし、ここでの儀式を終え、二人で次の目的地へ移動中、教えてくれた。依頼人の怨度おんどを確認した、のだと。

 想定済みだった、と言う少年。

 依頼人の若い彼は家族でもなく、ある意味第三者。被害者の家族より、闇の深さ、怨度おんどが低いと。そこで、あの方法を取ったのだと。


 少年直毘師は、依頼人に目を閉じてもらい、リアルに想像するよう伝え、静かに語り出した。先ずは、彼女との楽しい思い出、彼女の笑顔、良さを再現させた。その後、


『彼女の彼としてではなく、彼女と結婚し、妻が殺された夫の立場なら……父親として娘が殺されたとしたら……彼女の子供として母親が殺されたとしたら……』


 具体的に語り、依頼人の表情を見ていた。想像しているだろう依頼人は、少しずつ表情が変わってくるのがわかる。

 その上で語り続ける少年直毘師の話術に嵌ったのか、拳、肩にも震えと力みが増していく、依頼人の姿。


『彼女は交通事故で亡くなったわけではない。脱法ハーブで人間性を失った野獣化したイカレた奴に、泣くじゃくる彼女は暴力を振るわれ、何度も犯され、寝ることも食べることも許されず、暗く狭いトイレに監禁された。しまいには、朦朧としている息のある彼女はゴミ袋に詰められ、樹海に生き埋めにされた。彼女は、意識を失うまで袋の中で両親とあなたの名を呼びながら息絶えた。……奴の心に、後悔や反省などはない。馬鹿笑いし、脱法ハーブで人間を捨てたあの男は、次のえじきを探している。

 ……あなたは、奴を放っておくの? 彼女を助けられなかったように、次の被害者も助けられないよ。そんなことは、あなたの正義が許さない。あなたにはそいつを処分する権利を与えられた。銃でも日本刀でも構わない。やつをズタズタにしようが、ミンチにしようが構わない。……どうする?』


 と。

 彼の顔が怒りで真っ赤になった。歯を食いしばり、涙を流し、想像の中でも憎悪感が膨れ出てきているようだ。そんな彼の変化を見ていた少年は、私にジェスチャーで彼の手を握るよう合図。それに従い私は依頼人の右手を握った。すると彼に囁く少年――悪魔のようだった。


「いいよ、って!」


 その瞬間、私の手の骨を砕くほどの力で握る依頼人。


「イタッ!」


 瞬間、手を引っ込めようとするが、彼の力が強くて抜けない。しかし、我慢。依頼人の闇がみょうとともに流れ始めてきたからだ。その怨度は……私の予想を超えていた。

 十五秒ほど経って、彼に再び囁く少年。


「もう大丈夫。奴はズタズタになって、跡形もなく消えたよ。これであなたはヒーローだ」


 私との手を緩め、ゆっくり目を開ける依頼人。闇喰やみくを終えた依頼人の表情は、少なからずスッキリした感だ。


「……あれ? 僕、何で泣いてんだろう」


 彼の復讐心、怨み、憎しみ、悔しさなどの闇は、すでに私の体内にある。

 闇喰を受けた彼は、ここに来たこと自体は憶えているが、何を何のために依頼したのか、その情念や記憶は失っている。ここを去れば、「あの人たち、誰だっけ?」と、私たちの顔さえも憶えていない。一晩も寝れば、犯人を罰して欲しい、と神社へお参りにきた、という感覚である。復讐心は消えたから、二度と復讐しよう、とは考えることもない。事故で彼女を亡くした哀しみ、苦しみは、人並みに残しつつも……。それ以外の不要な闇を分別し、取り去った。

 体内といっても物理的なことではない。しかし確実に依頼人の幽禍かすか(闇が膠着したみょう)があることを認識出来ている。闇はエネルギーの一種である。それが背中中央くらいに違和感として存在している。

 事前に三日以内に犯人である対象者を処理すると約束しておいた依頼人には、そのまま帰ってもらった。


 その後、


「じゃぁ、おねえちゃん、もらうね」


 冷ややかな目でありながら、透き通るような優しい声。可愛い声とは少し違う。例えでいうなら、教会で唄う少年合唱団にいるような少年の声質。まだ声変わりしていない男子のようでもある。

 少年直毘師は私の右腕を両手で優しく取り、上に向けた私の手の平に合わせるように、自分の左手の平を軽くのせてきた。


「おいで」


 呟く少年は、のせていた手をゆっくりと上昇。私の体内にある依頼人の幽禍が、右腕を通過しながら手の平から抜けた。抜けた幽禍は祓毘師はらえびしの私には見えない。直毘師には見えるらしい。彼は確実に受け取った。

 これまで吸引した闇を手放す時、身体からだが軽くなるような感覚を得るのだが、今回は少し違う。軽くなるだけでなく、心地良さまでも感じたのだ。さっきの依頼人の怨度の高め方といい、幽禍を手渡す感覚といい、新たな体験である。


(何なのだろう、この子は……)


 


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