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とりあえず最終章(8)

「今回の不動産の件は、俺の独断でやったんだよ。初めて兄貴に反抗した。で、失敗した。ビジネスセンスも無いのに、本当にバカだよな」

 克之はぼさぼさの頭を触ると、続けた。

「それにしても意外だったな。麻奈美に本心を見抜かれていたとはな。俺は、あの家には居場所がなかったんだよ、ずっと。兄貴のお情けにすがることでしか生きられなかった。――だって、俺は、親父の血を引いてないから」

「え? どういうこと?」

 思いがけない告白に聞き返す。

「あれ? お前、知らなかったのか? けっこう噂になってたと思うけど」

 逆に克之の方が、驚いたような顔をした。

「噂によると、俺はお袋の浮気の末にできた子らしいぜ。まあ、血液型だけなら、親父の子だとしても矛盾はないんだけどな」

 たしかに、克之の母親は浮気相手と逃げていた。それが克之の本当の父親だとでもいうのだろうか。混乱する頭を整理すべく、わざと冷静に尋ねる。

「えっと、お父さんはO型だったわよね? お父さんの前の奥さん――お兄ちゃんのお母さんって、何型だったの?」

「AB型だよ。兄貴はA型、俺はB型。どっちも不思議はないんだけどな」

「だったら、どうしてお父さんと血がつながってないなんて噂が……」

 私の言葉に、克之はふっと鼻で笑った。

「まず、顔が全然似てないだろ? 兄貴はあんなに親父にそっくりなのに」

 たしかに、長兄の則之は父にそっくりだが、克之は全く似ていない。克之の母親の顔は写真で見たことしかないが、そちらによく似ているという印象があった。

「それに、さっきも言ったけど、俺には親父や兄貴みたいなビジネスセンスがない。アイデアも浮かばないし、決断力も無い。人間の器も小さい。何ひとつ、親父から受け継いだものがないんだよ。そりゃあ、親子じゃないって言われても仕方ないさ」

 克之がコーヒーを飲み干した。私は、コーヒーメーカーからポットをはずすと、残っていたコーヒーを注いだ。ついでに、私のカップにも注ぎ足す。憲二郎にはインスタントしか出してやらないが、私自身が飲む朝の一杯は、美味しいコーヒーにしたい。

「ああ、ありがとう」

 克之はそう言うと、再びカップを手にした。

「俺が親父と血がつながってないんだなって確信したのは、高3の時だった。志望大学を高校に伝えなくちゃいけなくてさ。親の同意を得るようにってことだったから、親父に相談したんだよ。

 兄貴は大学で経営学を学んでただろ? 俺も同じように経営を勉強して、兄貴と一緒に親父の会社で働きたかったんだ。で、その話をしたら、お前は会社には関わるなって言われてさ」

「え? どうして?」

 二人の兄が父の会社に入ったのは、てっきり父自身の希望だと思っていた。

「俺も聞いたよ、何でって。そしたらさ、俺には経営者の素質はないってきっぱり言われたよ。もしアパレルに関わりたいなら、経営の方じゃなくてデザイナーになれって」

「デザイナー?」

 なぜそんなことを父が言ったのか。一瞬意味を掴みかねたが、思い当たることがあって、私は続けた。

「ああ、そう言えばお兄ちゃん、よく絵を描いてたわよね。私のノートにもいたずらしてくれて」

 小学校の時、宿題の書き取りノートを提出しようと思ったら、中身が漢字ではなく豚の絵に替わっていたのだった。それもかなり写実的で、私は怒りを通り越して「うまい絵だな~」と感心してしまった覚えがある。

「ああ、そんなこともあったな。っていうか、お前、結構執念深いな。まだ覚えてたのか」

「は?」

 あんな衝撃的な出来事は、執念深くなくても忘れられないだろう。

「たしかに、俺は絵を描くのも好きだったし、デザインにも興味はあったけど。親父が俺にデザイナーになれって言ったのは、別の意味があると思うんだ」

「別の意味って?」

 私が聞き返すと、克之は自嘲気味に笑った。

「デザイナーだったんだよ、お袋の浮気相手がさ。親父と俺たち兄弟を捨てて、手に手を取って逃げた相手だよ」

「えっと、それって、どういうこと?」

 それとこれと、何の関係があるのかよくわからない。

「だからさ」

 克之はチラッと私の方に視線を向けると続けた。

「お前には俺の血は流れていない、流れているのは浮気相手のデザイナーの血だって、親父は俺にそう言いたかったんだよ」

「まさか」

 思わず言い返す。

「お父さんには、他に何か考えがあったのよ。そんなひどいこと……」

「親父はお前には優しかったからな」

 克之が私の言葉を遮った。

「あの油絵みたいな愛情豊かな絵、俺がモデルだったら描けなかっただろうよ。俺は親父に疎まれてたんだ、ずっと。

 だから敢えて、俺は親父の会社に入ってやったのさ。本当は入れたくなかったんだろうけど、兄貴を入社させた手前、俺だけを頑なに拒むわけにもいかないだろ? 俺は絶対親父を見返してやろうと思った。それが、大失敗してこのザマだよ。――結局、親父の言った通りの結果になっちまった」

 克之は吐き捨てるように言うと、手にしていたカップをテーブルに置いて立ち上がった。

「外、掃除するんだろ。さっさとやっちまおうぜ」

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