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第7章 A棟104号室 伊佐治太作さん(5)

 午前10時。警察署に入り、総合案内窓口に向かう。留置されている人に面会したいと伝えると、留置管理課を案内された。そこで一連の手続きをする必要があるらしい。

「警察ってなんか緊張するよな」

 エレベータに乗って2人きりになるや否や、憲二郎が小声で話しかけてくる。1人で来るつもりだったのだが、お前だけじゃあ頼りにならないとか何とか言って、結局付いてきてしまった。

「そう? 私は別に後ろめたいことはないから平気だけど」

 しれっと言い返す。

「別に俺だって、後ろめたいことなんて何もないぞ」

 憲二郎が顔をゆがめて言い返してくる。そうこうしているうちに、留置管理課のある4階に着いた。

 エレベーターを降りると、そこには受付があった。オープンなものではなく、鉄製の二つのドアに挟まれている壁面に、小さなガラス窓が付いているといった形だ。その窓の所から出ている台の上に、何種類かの書類と筆記具が置かれていた。色々な種類があり、どれに何を書き込めばよいのかわからない。

「すみません」

 窓を軽くたたきながら声をかける。すると、ガラス窓が開いて、婦人警官と思しき人物が顔を出した。

「あの…伊佐治太作さんにお会いしたいのですが」

 いないと言われたらどうしよう。祈るような気持ちで尋ねる。

「ご面会希望でいらっしゃいますね。どういった目的でのご面会でしょうか?」

 婦人警官にさらっと聞かれ、憲二郎と顔を見合わせる。

「えっと、私は伊佐治さんが住まれているアパートの大家なんです。で、今後のことをどうするのか、お話をさせていただきたいと思いまして」

「そうですか。で、そちらの方は?」

 視線を向けられた憲二郎が答える。

「私は、そのアパートを管理している管理会社の者です」

「なるほど。それで、伊佐治さんに渡される予定のものはありますか?」

「渡す予定のもの、ですか?」

 今ひとつ質問の意図が読み取れない私の脇腹を、憲二郎が突く。

「ほら、明渡しの同意書、あるだろ?」

「ああ、あれね」

 私はバッグの中から書類を取り出した。駒田の助言を得て作ったものだ。

「伊佐治さんに、直接説明してから渡されますか?」

 婦人警官は書類にざっと目を通すと、私の方を見た。

「はい。そのつもりですけど」

「わかりました。では、これはひとまずお返ししますね。とりあえず、面会用の書類に必要事項を書いてください。その同意書は、面会が終わった後で、改めて差し入れとして手続きしていただきますので」

 婦人警官が、いくつかある書類の中から、ひとつを選んでこちらに渡す。

「こちらにお2人のお名前と必要事項を書いてください。書き終わりましたら、免許証などの身分証明書と一緒にご提出ください」

「はい」

 私はうなずくと、台の上にあるペンを手に取り、必要事項を書き込んだ。その書類を、後ろで待っていた憲二郎に渡す。

「お前、相変わらず汚い字だなあ。もう少し丁寧に書けよ」

 悪態をつきながら、私の下の欄に憲二郎が書き込んでいく。憎たらしいほど綺麗な字だ。

「字なんてもんは、読めればいいのよ」

 負け惜しみを言いながらお財布を取り出すと、中から免許証を抜き取る。窓から手を伸ばしてきた婦人警官に渡すと、書類と照らし合わせ、お礼を言いながら返してくれた。憲二郎にも同じ行為を繰り返す。

「それでは、スマートフォンや携帯電話をお持ちでしたら、こちらの箱にお入れください。持ち込み禁止になっておりますので」

「あ、はい」

 2人そろって答えると、私はバッグから、憲二郎はベルトに着けていたポーチから、それぞれスマホを取り出した。小窓から出された箱に入れる。

「では、そちらのドアから面会室にお入りください」

 受付の右隣にあるドアを示され、私たちは恐る恐るそれを開けた。

 部屋の真ん中には、あちらとこちらの空間を分けるように台がしつらえられていた。台の上から天井までは、透明の強化プラスチックがはめ込まれている。間に丸い形で細かい穴が空いているが、そこから会話をするのだろう。

「へえ、なんかドラマみたいだな」

 憲二郎が面会室の中をキョロキョロと見回しながら、台の前に置かれた椅子に腰を下ろす。私も、その隣に腰を下ろした。同意書を台の上に置き、仕切りの向こう側を観察する。

 台の前には、こちらと向かい合うように置かれた椅子がひとつ。そして、そのすぐ後ろの壁際にも同じように椅子がひとつ。台の上には、どこにでもあるようなタイマーが置かれている。

「なんか落ち着かないなあ。何から話す? なあ、お前、ちゃんと考えてきたのか?」

 ゴチャゴチャうるさい憲二郎に適当に相槌を打っているうちに、ガチャッと音がして、仕切りの向こう側にあるドアが開いた。そのドアから、伊佐治がゆっくりと姿を現す。私を見ると、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの無骨そうな表情に戻り、台の前に置かれた椅子に腰を下ろした。伊佐治とほぼ同時に面会室に入ってきた警察官が、台に置かれたタイマーを手にする。

「面会時間は15分ですので」

 そして、スタートボタンを押すと、私たちの方に表示面を向けてそれを置き、壁際の椅子に座った。

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