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第7章 A棟104号室 伊佐治太作さん(1)

 午前7時。私は箒とチリトリを手に、メゾン・ド・アマンA棟の前に立っていた。普段、こんなに早く動き始めることはないのだが、今日はこれから予定があるのだ。

 人気のグルメバスツアー。幼馴染の村西洋子が、町内会のお祭りでペアチケットをゲットし、私に声がかかったのは1週間前のことだった。

 洋子は、両親が営んでいる調剤薬局で、薬剤師をしている。砂橋駅前の商店街の中にある、三代くらい続いている老舗の薬局だ。

「今の仕事してたらさ、男性との出会いってほんとに無いのよね~。たまに素敵な男性が薬局に来ても、処方箋手にした病人の確率が高いでしょ? 熱出してフラフラしてる人に、私の魅力に気づいてちょうだいって言っても無理じゃん。ほんとに困っちゃう」

 先日の女子会でそう愚痴っていた洋子なのだが、ペアチケットの相方に私を選ばざるを得ないところを見ると、本当に出会いが無いのだろう。

 かく言う私も、ここ数週間で会話をした男性といえば、管理会社社長で天敵の植原憲二郎の他は、うちのアパートに住む女性に興味の無い探偵と70歳を過ぎた紳士たちのみ。こういう生活をしながら、どんどん齢を重ねていくのだろうか……。

 ああ、あまり深く考えると憂鬱になる。さっさと掃除を終わらせて、美味しいものをたらふく食べて来よう。

 ため息を隠しながら掃除を始めると、後ろから声がかかった。

「あら、管理人さん。今日は早いんですねえ」

 見ると、B棟202号室の山崎善吉やまさきぜんきち・タカ子夫妻と、102号室の仁科進だった。一様に、半袖のシャツにトレーニングパンツをはき、首からタオルを提げている。ラジオ体操の帰りだろう。

 いつもはA棟103号室の角田昭光と104号室の伊佐治太作いさじたさくも一緒のはずなのだが、その姿が見えない。

「おはようございます。――あれ、角田さんと伊佐治さんは?」

 私が尋ねると、仁科が答えた。

「角田さんは昨日から、囲碁仲間たちと温泉旅行に行かれてますよ。今日の夕方に帰るっておっしゃってたかな」

「相変わらず活動的ですね」

「本当に。僕もああいうふうに、いつまでも元気でいたいものですよ」

 山崎は、私の言葉にうなずいて続けた。

「それから、伊佐治さんなんですけどねえ。ここ何日か、ラジオ体操に来られてなくて」

「あら、そうなんですか」

 伊佐治は60代前半。廃棄物処理業者に勤めていて、ゴミの分別作業などをやっていると聞いていた。

「体調でも悪いのかしら」

 少し心配になって104号室の方を見る。すると、タカ子が微笑んだ。

「伊佐治さんね、ふらっと旅に出る癖がある方なんですよ。前にも、大丈夫かしらって心配してたら、ピンピンして戻ってこられてたことがあったし。今回も、どこかに出かけられてるんじゃないかしらねえ」

「ほら、明日はお家賃の回収日だし。それまでには戻ってこられるんじゃないかと思いますよ」

 山崎が付け加える。

「そうですか。それなら、心配なさそうですね。ありがとうございます」

 私が微笑むと、3人は手を振り、それぞれの部屋へと戻っていった。


「へえ。大変ねえ。そういうのって、孤独死とか大丈夫なの?」

 バスツアーのバスの中。今朝の出来事を洋子に話すと、彼女は眉間にしわを寄せた。

「私もちょっと心配になっちゃってね。でも、緊急時でもないのに勝手に部屋に入るわけにもいかないし、外から様子をうかがってみたんだけど」

 A棟とB棟の間にある中庭側のカーテンが空きっぱなしだったため、伊佐治の部屋の中が覗けたのだ。置かれたベッドの上に人の姿はなかったし、床に誰かが倒れていることもなかった。トイレのドアや洗面所のドアから灯りが漏れている様子もなく、中で倒れているとも思えなかった。

 念のため、ドアにある新聞の差し入れ口から臭いもかいでみたが、気になる臭いはしなかった。今は夏の盛りだ。中で何かあれば、何らかの異臭がするだろう。

「大丈夫みたいだったわ。まあ、明日、現れるかどうかによってって感じかな」

 私の言葉に、洋子はうなずいた。

「そうね。で、もし現れなかったら、憲二郎に連絡するの?」

「うん。そういうことになるかな」

「そう。売るつもりだと思ったから、憲二郎の不動産屋さんを紹介したんだけど。まさか、こんなに長い付き合いになるとはね」

 洋子が苦笑する。

「ほんとにね。相変わらず天敵だわよ」

 私が眉をひそめた時、バスガイドさんから声がかかった。

「まもなくランチのお店に到着します。皆さん、ご準備をお願いします。貴重品は持って出てくださいね」

 私たちは顔を見合わせてうなずくと、店構えを確認するべく窓の外に目を遣った。

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