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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(8)

 1時間後、私たちは「メゾン・ド・アマン」と書かれた木札の前に集まっていた。いつの間にか雨は上がっている。

 高田も志穂未も角田も、大樹を見つけ出すことはできなかった。山下からも、前の家のそばに着いたとの連絡はあったが、大樹が見つかったとの報告はまだない。

「一応、警察に通報した方がいいかもしれないね」

 角田の言葉に、高田が力なくうなずく。と、その時、志穂未が高田の背後を指さした。

「ねえ、あれ、大樹君じゃないですか?」

 皆、一斉に志穂未が指さす方向を見る。そこには、仁科と手をつないだ大樹が、きょとんとした顔で立っていた。

「大樹!」

 高田が彼の元に走り寄る。

「一体、どこに行ってたの! みんな心配して探してくださってたのよ!」

 高田が大樹の両肩をつかむと、大樹はおびえたように私たちの方を見回した。

「高田さん、申し訳ありません」

 仁科が高田に話しかける。

「7時過ぎでしたか、急にいるものができてスーパーに行ったんです。で、帰り道で、ずぶ濡れになっていた大樹君に会いましてね。お隣のお子さんだとすぐにわかったので、声をかけたんです。事情を聞いたが何も話してくれなかったので、とりあえずうちに連れ帰ったんですよ」

「どうしてお宅へ? 大樹がうちの子だとおわかりだったんですよね? それなら、どうしてうちに連れてきてくださらなかったんですか?」

 高田が大樹から手を放し、厳しい声で仁科に尋ねる。高田と仁科に挟まれる形になった大樹が、唇をかんでそっとうつむいた。

「それは……」

 仁科は少し言葉に詰まった後、再び口を開いた。

「私の方で、勝手に、お留守なんじゃないかと判断してしまいましてね。鍵が無くて家に入れないんだろうと……。軽率でした。申し訳ない」

「でも、大声で大樹の名前を呼んで探し回っていたんですよ。私たちの声が聞こえませんでしたか?」

 高田はなおも仁科を責める。

「いやあ、本当に面目ない」

「まあ、雨音も強かったですしね。声がかき消されてしまったのかも」

 思わず角田が口を挟む。

「それにしたって……。大樹、知らない人に付いて行ったらダメって、いつも言ってるじゃないの」

 すると、大樹がゆっくり顔を上げた。

「だって、おじいちゃんとおばあちゃん、お引越しの時、うちに来てくれたじゃないか。それに、毎朝、僕、おはようって言ってるよ。知らない人じゃないもん」

「でもね、簡単によその人に付いて行ったらダメなのよ」

 高田が、大樹と同じ目線までしゃがみ込む。

「おじいちゃんもおばあちゃんも、優しいって僕わかってたもん。さっきも、お風呂に入れてくれて、洋服も頭乾かすヤツで乾かしてくれたんだ」

 大樹を見つけた時、ずぶ濡れだったと言っていた。お風呂に入れ、濡れた洋服も、ドライヤーか何かで乾かしてくれたのだろう。だったら、私たちの声が聞こえなかったとしても無理はない。

「それにね、僕……」

「何?」

 高田が聞き返す。大樹は何も言わずに、うつむいた。

「それに、何なの?」

 高田が強い口調でもう一度尋ねると、大樹は意を決したように顔を上げた。

「僕、嘘をついたの」

「嘘?」

「おじいちゃんもおばあちゃんも、うちに連絡するって言ったんだ。でも、僕が、お母さんはまだ帰ってきてないから、おじいちゃんのおうちで待たせてって嘘をついたの」

 高田が、口を開けたまま絶句する。

「だから、おじいちゃんを怒らないで。悪いのは僕なんだ」

「大樹君、いいんだよ。おじいちゃんが、お母さんに連絡しなかったのが悪かったんだから……。本当に、申し訳ありませんでした」

 仁科がまた頭を下げる。

 高田は、しゃがみ込んだまま大樹を見つめていたが、やがて立ち上がり、私たちの方を振りかえった。

「ご迷惑をおかけしてしまって、すみませんでした。ありがとうございました」

 早口でそう言い、頭を下げる。必死で涙をこらえているようだ。彼女は大樹の腕をつかむと、仁科に一礼し、引っ張るようにして家に戻って行った。

「大樹君には、かえって可愛そうなことをしてしまった。お母さんにも、こんなにご心配をかけてしまって」

 仁科がうなだれる。

「高田さんも、振り上げたこぶしを下ろせなかっただけでしょう。仁科さんに悪気がなかったことは、理解されていると思いますよ」

 角田が静かに声をかける。すると、仁科が私たちの方を見た。

「引っ越してきた時、お隣にご挨拶に行ったんですよ。そこで、大樹君が元気よく挨拶してくれましてね。いい子だなあと。

でも、夜になると、よくお母さんが大樹君を怒る声が聞こえてきていたんです。少し厳しすぎるんじゃないかと思うところもあったもんですから……。大樹君が『お母さんが帰ってきていない』っていうのも、嘘なんじゃないかという気はしていたんですよ。でも、少しくらいの息抜きは必要かと、余計な気を回してしまって」

 仁科が目頭を押さえながら続ける。

「うちの息子、肺がんで亡くなったんですけどね。一人息子だったこともあって、かなり厳しく育てたんですよ。絶対に弱音を吐かせなかった。だからでしょうかね、病気がわかった時には手遅れで……。医者からは、かなり我慢していたんじゃないかって言われましたよ。つらい時につらいと言える育て方をしていればと、何度後悔したことか……。それで、つい、大樹君を甘やかすようなことをしてしまった」

「何にせよ、大樹君は無事だったんだ。仁科さんが声をかけていなければ、本当に変な人に連れ去られていたかもしれない。今回は、結果オーライでよかったじゃないですか」

 角田の言葉に、各々がうなずく。

「あ、麻奈美さん、山下さんに、大樹君が見つかったってこと、伝えないと」

 志穂未に脇腹をつつかれ、我に返った。彼はまだ一人で、大樹を探し回っていることだろう。私は急いでスマホを取り出すと、山下に電話をかけた。

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