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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(2)

「いやあ、素敵なアパートですね。仁科にしなさんも喜ばれると思いますよ」

「素敵なアパート?」

 これまでだったら絶対に言われなかったであろう感想を言われ、ただただ驚く。

 アパートのリフォームも終わり、私が大家をしているアパート、メゾン・ド・アマンは、ちょっとだけその“こじゃれた”名前に近づいていた。

「そうでしょう? 最近、リフォームを終わらせたばかりなんですよ。部屋の中までは、まだ手が入ってないんですけどね」

 私の隣から、植原憲二郎が声をかける。

「いえ、下手にお部屋の中までリフォームされていなくてよかったですよ。最近はどこもフローリングになってしまっているでしょう? 仁科さんご夫婦は、せめて1室だけでも和室がほしいとおっしゃってますから。こんなに条件に合う物件に出会えて、本当によかったです。早速、このアパートを仁科さんにご紹介させていただきますよ」

 私の目の前で満足げにアパートを見上げているのは、NPO法人「八千代の会」代表の高階治一郎。先日、砂橋大家会で講義をしてくれた人物だ。仁科さんというご夫妻を、うちのアパートに住まわせてもらえないかとの話だった。

 ただ、この依頼は私が直接受けたわけではなく、たまたま植原不動産が仲介を頼まれ、憲二郎がうちを紹介してくれて実現した話だった。

「高階さんから仲介のご依頼を受けて、すぐにこのアパートが頭に浮かんだんですよ。同じような年代の方もいらっしゃいますし、敷地内に大家も住んでますし……。

 と言っても、屋根から瓦が落ちても気づかないような、かなり頼りない大家なんですけどね。とはいえ、人だけはいいですから。まあ、それくらいしか取り柄がないと言ってしまえばそれまでですが」

 憲二郎が長々と説明する。持ち上げるのか、突き落とすのか、どちらかにしてほしい。

「すみません。中学の同級生で腐れ縁なもんですから、言いたい放題で」

 額に血管が浮き上がっているのを感じながらも、必死で笑顔を作る。その様子を見て、高階は楽しそうに笑った。

「いえいえ、管理会社さんと大家さんが、密に連絡を取り合えるご関係のようですね。会員さんのご入居をお願いする立場としては、大変心強いです」

「そこのところはお任せください。いくら頼りない大家でも、こちらできっちりフォローしておりますので」

 憲二郎という男は、あくまでも私の上に立ちたいらしい。私は小さく息を吐くと、話題を変えることにした。

「高階さん。実は、先日、砂橋大家会で、高階さんの講義を拝聴したところなんです。だから、憲二…植原さんからこのお話をお伺いして、あまりの偶然にビックリしたんですよ」

「そうだったんですか」

 高階が驚いたような顔をする。

「いやあ、講義をさせていただいた甲斐がありましたよ。いくらお願いしても、理解していただけない大家さんもいらっしゃるので。快く引き受けていただけて、本当に感謝しています」

 高階が微笑む。

「砂橋大家会をこいつに紹介したのは、俺なんですけどね」

 憲二郎が口を挟んできたが、無視して続ける。

「会合の後の懇親会の時、会長の正田さんからも、アドバイスをいただいたんですよ。これから高齢化が進むなかで、八千代の会さんとお付き合いさせていただくことも、選択肢のひとつになるんじゃないかって。私自身、興味もありましたし、これも何かのご縁ですよね。どうぞよろしくお願いします」

 私の言葉に、高階が嬉しそうにうなずいた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃあ、駅までお送りしますよ」

 憲二郎が声をかけると、高階は笑顔のまま首を横に振った。

「周りの環境やスーパーまでの距離も確認したいので、ここで結構ですよ。バス停も近くにありましたよね?」

「ええ。前の道を出て……」

 憲二郎が指をさしながら説明する。

 その時、子供たちのにぎやかな声が聞こえてきた。B棟101号室に住んでいる高田大樹が、近所の友人たちと共に小学校から帰宅したようだ。腕時計を見ると、午後3時。いつも学童に行っている大樹にしては、かなり早い時間だ。

「あっ、大家さん、こんにちは」

 友達に手を振りながらこちらを向いた大樹が、元気にあいさつしてくる。

「こんにちは。大樹君、今日は早いのね」

 私が声をかけると、彼は嬉しそうに答えた。

「今日は、お母さんがお休みだから、学童に行かなかったんだよ」

「そうだったの。じゃあ、今日はお母さんといっぱい遊べるわね」

 私の言葉に、彼は照れくさそうに微笑むと、ぺこっと頭を下げてB棟の方へ走って行った。

「店子さんとのコミュニケーションも取れていて、本当にいいですね。ますます気に入りましたよ」

 大樹の後ろ姿を見ながら、高階は満足げにほほ笑んだ。

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