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第5章 A棟201号室 星本実莉さん(5)

 午後5時。私は憲二郎と直人と共に、山下探偵事務所を訪れていた。ふたつある一人掛けのソファには直人と憲二郎がそれぞれ座り、私はオブザーバーとしてソファベッドに腰かけている。

「兄がスカウトされたのは、高3の夏休みでした。東京に遊びに行った時に……。背も高かったですし、結構目立ったんでしょうね。でも、両親は兄がモデルになることを許さなかった。それで、兄は勝手に家を飛び出し、上京したんです」

 山下に向かい、直人が幸一のこれまでの状況をかいつまんで話す。

「しばらくモデルをやった後、俳優に転向したみたいなんですが、それほど売れることもなくて……。結局、自分で事務所を立ち上げて、グラビアアイドルを売り出し始めたようです」

「その一人が、森戸志穂未もりとしほみさんだな」

 憲二郎が口を挟む。

「ええ。そうです。兄は、自分がモデルや俳優をやってるうちに、色々なコネができていたんでしょうね。早い段階から、志穂未さんはテレビにも出始めました」

 芸能関係の情報には疎い私でも、CMやら何やらで見かけたことがある。ショートカットに、少し太めの眉毛。知的で清楚な雰囲気の、とっても可愛い女の子だった。

「でも、1年半前、志穂未さんはスキャンダルに巻き込まれてしまって……」

 短い沈黙の後、直人が口を開いた。

「有力なプロデューサーの部屋に入っていくところを、写真週刊誌に撮られたんです。記事によると、しばらくして、今度は兄がそのマンションに入っていき、志穂未さんと2人で出てきたとか。女優に転向する予定もあったんで、事務所公認の枕営業なんじゃないか、みたいな記事が添えられていました」

「記事には、プロデューサー側の言い分だけが載ってたんだよな。相談があると強引に押しかけられ、困惑しているところに少しして幸一が乗り込んできた。もし、役をくれなければ、無理やり関係を迫られたと言いふらしてやるって脅されて、困ったとか何とか」

 憲二郎が腕を組む。

「記事の影響で、志穂未さんは出ていた番組を全部下ろされました。実はだらしない女だったとか、人格攻撃までされて……。お陰で営業も入らなくなり、事務所の経営も立ち行かなくなった。他にも何人かタレントはいたみたいですが、ほとんど志穂未さんの稼ぎで経営していたような状況だったようで」

 直人がため息をついた。

「そして、多額の借金を抱えたまま、幸一と志穂未さんは姿を消したわけだな」

 憲二郎はそう言うと、直人の顔を見る。彼は唇をかみながらうなずいた。

「うちにも、怖い面相をした男たちが押しかけてきて、それは大変でした。関係ないからと追っ払ったものの、人の口に戸は立てられませんからね。うちの家業にも影響が出て。最近はようやく上向いてきましたが、あの頃は本当につらかった」

「ねえ、枕営業とか何とかって、本当の話だったのかしら。幸一君は何も反論しなかったの?」

 思わず口を出すと、憲二郎は首を横に振った。

「俺もテレビとか雑誌とか見てて、もどかしかったんだけどさ。あいつの方の話は全然でなかったんだよな。それで、余計に話が大きくなっていって」

「プロデューサーの言い分を聞く限り、美人局みたいな話ですからね。まあ、刑事事件になるほどの話ではなかったみたいですけど」

 直人の言葉に、重苦しい沈黙が流れる。それを破ったのは、ずっと黙って話を聞いていた山下だった。

「それで、僕に何をご依頼されるおつもりですか?」

「兄の居所を探ってほしいんです。母が生体肝移植が必要な状態なので。一刻も早く、兄の肝臓を調べてもらいたくて」

 直人が身を乗り出す。

「そうだったんですか。生体肝移植……」

 山下が顎を押さえて真剣な表情になる。

「ねえ、幸一君の居場所、何か手掛かりはあるの?」

 直人に尋ねると、彼は首を横に振った。

「いえ、何も。どこにいるのかも、生きているのか死んでいるのかも」

 これでは、さすがの山下もお手上げだろう。

「山下さん、調査費用はいくらになってもかまいません。何とか兄を見つけていただきたいんです」

 直人が立ち上がり、山下に向かって頭を下げる。すると、山下はゆっくり口を開いた。

「わかりました。お引き受けいたします。ただ、調査費用は、いりませんので」

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