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第5章 A棟201号室 星本実莉さん(4)

 それからはバタバタと時が過ぎた。見積もりの金額が出て度肝を抜かれたが、保険会社の鑑定人が来て建物の状況を確認し、無事、風災と認めてもらうことができた。そして、屋根修理の費用のほとんどが、保険で下りることになった。

「直人君が頑張ってくれたお陰だぜ。こんなにたくさん下りるなんて、俺もびっくりだ。アスベストが入ってない瓦だったから、それもよかったな。せっかくだから、外壁も綺麗にするべきだと思うぞ、俺は。直人君も、相場よりかなり安くやってくれるみたいだしな」

 保険会社からの回答を知り、憲二郎は興奮気味にそう言った。

「外壁かあ」

 迷いに迷った挙句、やはり外壁塗装も併せてすることにした。屋根の修理と一緒にすれば、足場代だけでも浮くことになる。いずれしなければいけない工事なら、少しでも費用を抑えられる方がよいだろう。店子さんにとっても、何度も足場をかけられるよりは、一度で済む方が負担も少ない。

 外壁工事の費用については、地元の信用金庫から借り入れることにした。憲二郎の紹介という点もよかったのか、土地建物を担保に入れることもなく、月々3万円程度の支払いで済むことになった。後は、憲二郎に頑張ってもらって、少しでも高い家賃で人が入ってくれることを願うばかりだ。

 建物の外壁は、ネイビーブルーを基調にした、若者好みのオシャレな色合いになる予定だ。

「え? こんなに現代風にしちゃったら、部屋の中が和室じゃ合わないんじゃない?」

 デザイン画を見せられて驚く私に、直人は自信をもって言い切った。

「字体とかワンポイントカラーとかを工夫して、少し和っぽい雰囲気にしようと思ってます。和室でも十分合うと思いますよ」

「字体って、『メゾン・ド・アマン』って壁に書くの?」

 驚いて聞き返す。

「いや、AとかBとか、ドアに付ける部屋番号とか、そこらへんですよ。それとも、アパート名、がっつり入れますか? この一番目立つ辺りに」

 直人が楽しそうにデザイン画を指さす。

「ううん、それだけはやめて」

 木札だけでも恥ずかしいのだ。私は丁重にお断りを入れた。


 店子さんへの告知も済み、明日からいよいよ足場がかけられることになったある日。憲二郎から電話がかかってきた。

「折り入って頼みがある」

 珍しくまじめな声色だ。警戒心をマックスにしながら尋ねる。

「何?」

「実は、山下探偵に人探しを依頼したいって人がいるんだ。お前、代わりに話してくれないか」

「え? そんなの、憲二郎が直接頼めばいいじゃない」

 肩の力が抜ける。

「それが、俺、あの探偵さんのこと、何となく苦手になっちまったんだよなあ。前はあんまり感じなかったんだけど、最近、視線が熱いっていうか、ちょっと、こっちっぽい気がして」

 おそらく、手の甲を頬に当てながら言っているんだろう。さすが人を見る商売、見抜いていらっしゃる。でも、山下の「ポリシー」を暴露するわけにはいかない。

「別に、そういうのがいけないって言ってるわけじゃないんだぜ。ただ、俺は相手にできないし、その、気を悪くさせても……」

 憲二郎は、なおもゴチャゴチャつぶやいている。

「気のせいじゃないの? まあ、どうしてもって言うなら、同席してあげてもいいけど」

 気のせいではないのだが、しれっと言ってみる。

「そうか。だったら、そうしてもらおうかな。まあ、お前の言うとおり、俺の気のせいかもしれないけど」

「で、探してほしい人って誰なの?」

 私が尋ねると、憲二郎は少しためらった後、口を開いた。

「吉田幸一だよ」

「え? 幸一君?」

 驚いて聞き返す。

「じゃあ、依頼人は直人君?」

 私が尋ねると、憲二郎は「ああ」と言って続けた。

「実は、あそこのお袋さん、肝臓の病気でさ。もう生体肝移植するしかないらしいんだけど、直人君とは血液型が合わなかったらしくて。親戚にも頼んだんだけど、承諾してくれる人がなかなかいないみたいだな。いいよって言ってくれる人は、条件が合わなかったそうでさ」

「幸一君とは合うかもしれないってこと?」

「血液型は問題ないらしい。あとは、アイツの肝臓の状態次第だな。これまでさんざん迷惑かけてきたんだから、それくらいの親孝行はしてもいいだろう」

「でも、それをお母さんは望んでるのかしら」

 息子は今、大変な立場にいる。何が幸せなのか、私には判断がつかない。

「いや、直人君の話では、望んでないみたいだな。まあ、幸一が現れれば、また借金取りが騒ぐだろうし。あんなバカ息子の肝臓をもらうくらいなら、死んだ方がましだとか言ってるらしい」

 憲二郎はため息をつくと続けた。

「あそこのお袋さん、厳しい人だからな。借金やらなんやらで、あれだけいろんな人に迷惑かけまくった息子を、許せないっていう気持ちもあるんだろうけど。――でも、直接会って謝ったら、気持ちも変わるかもしれないと思うんだよ。条件が合わなくて移植ができなかったって言うなら、諦めもつくだろうけど。このままだと、直人君にも親父さんにも悔いが残るんじゃないかと思ってな」

「たしかにね。でも、見つけ出すのは難しそうね。失踪してから1年半でしょ?」

 短い沈黙が流れる。

「とにかく、山下さんの所に行きましょ」

 ウダウダ考えていても仕方ない。

「わかった。直人君の予定を聞いて、すぐ折り返すから」

 そうして、電話が切れた。

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