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序章 メゾン・ド・アマン (5)

「実はな、麻奈美。お前に相談なんだが」

 仕方なく、則之を見返した。

「俺は会社を継いでいる。その時、会社が抱えている借金も一緒に引き継いだ。今、アパレル業界は結構大変なんだ。わかるか」

 よくわからないが、アパレル業界に勤めている友人が、お給料が安いとこぼしていたことがある。やはり大変なのだろう。私はコックリ頷いた。

「この家の名義はまだ親父になっているが、今は俺達の家族が住んでいる。親父とは同居していたし、最後まで面倒を見たのはうちのやつだ。だから、この家は俺がもらうのは当然だ。文句はないな?」

 則之のお嫁さんの方をちらっと見ると、かなり強い視線を私に向けていた。少々たじろぎながら頷く。

「実は、親父の貯金は言うほどないんだ。今は、入院代も親父の貯金から支払ってるし、葬式代なんかを出したら、ほとんど残らないと思う。だから、現金を分けるのはかなり難しい。――お前も金はいらないって言ってくれてたな?」

 則之が克之の方を向きながら言うと、克之が頷いて私の方を見た。

「俺は、親父に土地つきで家を買ってもらったんだ。贈与税の関係もあって、まだ親父の名義だけどな。兄貴の会社で雇ってもらっていることもあるし、その家だけでも、もらえればいいと思ってる」

「そう」

 よくわからず頷く。すると、則之が身を乗り出してきた。

「ところで、麻奈美。親父が別宅を持っていたこと、知ってるか? アトリエも兼ねてたんだけどな」

 初耳だ。父からの手紙にはいつも、この実家の住所が書かれていた。私は首を横に振った。

 隠居した数年後、父は土地付きの中古住宅を購入したらしい。そして、1階をアトリエに改築し、趣味の絵画を楽しんでいたそうだ。2階は別宅として、時々寝泊まりしていたという。

「それだけじゃないんだ。その土地には、2棟の賃貸アパートが建ってる。親父はそのアパートごと買い取ったんだ。1棟は1DKの部屋が8室。もう1棟は2DKの部屋が6室。満室だったら、ひと月60万円くらいの家賃収入になるらしい。家賃用の銀行口座もあって、そこにもいくらか貯金があるようだ」

 則之はちらっと克之と視線を交わすと、私の方を見た。

「その土地と建物と貯金を、お前に譲ろうと思う」

「え?」

 何か裏がありそうだ。頭の中で警戒音が鳴る。

「相続税とか、私とても払えないけど」

 答えると、則之がため息を吐いた。

「土地はかなり田舎にあるから、そんなに高くならないだろう。といっても、市内だけどな。車があれば全く不便は無い土地だ。お前、車の免許は持ってるだろ?」

「持ってるけど、車は持ってないから」

「バイクとかも無いのか?」

 克之が尋ねてくる。

「原付ならあるけど」

 中古の中古のそのまた中古くらいのボロいやつだが。

「それなら問題ない」

 則之は続けた。

「相続税は分割でも納められるんだ。仮に支払わなくちゃいけなくなっても、月60万円あれば、余裕で支払えるさ」

 こんなにおいしい話を、私に振ってくるはずがない。真意をはかりかねて黙り込んだ私に、則之が言った。

「お前、会社休んでるんだってな」

「どうしてそれを?」

 驚いて尋ねる。

「お前に連絡する時、昼間だったから、まず勤務先に連絡したんだよ。そしたら、体調崩して休んでるっていうじゃないか。親父の家と賃貸アパートを引き継いだら、回収する家賃で十分生活できるだろう。あの家に住めば、お前自身の家賃も浮く。仕事だって、余裕で辞められるぞ」

 思いがけない提案に、言葉を失う。

「血はつながってないとはいえ、お前は俺達の可愛い妹だ。まあ、よく考えといてくれ」

 克之の言葉に驚く。歳をとって丸くなったのか、それとも何か魂胆があるのか。

「でも、手続きとか大変なんじゃないの? 登記とか何とか」

 どうにか声を絞り出した。

「それなら、相続手続きの中で、うちの事務所がすべて執り行いますよ。ご心配なく」

 弁護士がすっと口をはさむ。仕事を辞められるかもしれない。私の心は揺れ動いた。

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