第3章 A棟203号室 平本浩太さん(8)
1週間後、約束通り平本は現れた。元々細かった体が、さらに細くなっている。工事現場で働いていたというだけに、肌の色は黒くなっていた。
私は今、山下探偵事務所の一人掛けのソファに座り、平本とテーブルをはさんで向き合っている。ソファベッドには、連絡を受けて現れた憲二郎が座り、山下はこの間と同じ椅子に腰かけてこちらを見ていた。
「よく戻ってきてくださいましたね」
私が微笑みながらそう言うと、平本は真面目な顔でうなずいた。
「で、家賃の方は?」
憲二郎が尋ねる。
「もちろん、持ってきました」
平本が、ジャンパーのポケットから二つ折りになった1万円札を取り出した。渡されて数えると、3万円ある。
「お借りした1万円は、もう少し待ってください」
平本が頭を下げる。
「それはいつでもいいですよ。で、病院の入院費は?」
「ここに戻る前に、全部払ってきました」
「そう。借金の方は?」
「まだ全然です。これからも厳しい督促が続くでしょうね。留守電なんて、督促の電話でもうイッパイになってますから」
平本が小さくため息を吐く。
「既に、借金取りも来ている状況ですからね。他の入居者さんの迷惑にもなるかもしれませんし、困ったことになりましたねえ」
憲二郎が難しい顔で腕を組んだ。平本が目を伏せる。
「ちょっといいですか」
私は、手にしていたお札をテーブルに置くと、平本を見た。
「あなたに、お願いがあるんですけど」
「なんですか?」
平本が、不安そうな顔をする。
「あなたが入っているマルチの資料を見せてほしいんです。業者と交わした契約書とか、業者から渡された資料とか。勉強会で配られたものも全部」
「はあ」
「それから、借金の契約書もね」
「あの…何でですか? 大家さんには関係ありませんよね?」
平本が怪訝そうに尋ねてくる。
「そのマルチが原因で、あなたはこのアパートで自殺をしようとしたんじゃないんですか? それに、最近では取り立てと思しき人が、この敷地内をウロウロしてる。あなたが借金を返さない限り、その状況は続きますよね」
私はじっと平本を見つめながら、続けた。
「私は大家として、あなたの現状を見過ごすわけにはいかないんです。関係がないってことはないでしょう?」
平本は目を閉じてうつむいたが、やがて顔を上げた。
「わかりました。持ってきます」
「そうですか。じゃあ、お願いします」
私は軽く頭を下げた。
平本が事務所を出て行くと、憲二郎が口を開いた。
「おい、どういうつもりだよ」
「この1週間、私なりに色々と情報を集めたのよ」
私は、これまでの話を憲二郎と山下探偵に話して聞かせた。




