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第3章 A棟203号室 平本浩太さん(7)

「条件?」

 パンフレットを手に見入っていた憲二郎が、顔を上げる。

「ええ。勧誘した2人以上がセットを買ってくれてはじめて、その仕組みの中に入れるそうです」

 探偵が言う。

「2人以上がって……。2人も買ってくれるものなの?」

「いえ、なかなか難しいみたいですね。1カ月以上勧誘できない場合には、本部が誰か1人紹介してくれるそうです。その代わり、自分もその人の下に付くことになる。つまり、同じ頃に入って誰も勧誘できない人同士が、お互いの下に付き合うわけです。そうすれば、あと1人勧誘すればいいってことになります」

 山下に言われ、憲二郎を見る。

「結局は200万円支払ってるってことよね。自分が加入した時の分と、人の下に付いた時の分」

「そういうことだな。でも、一体どうやって支払わせるんだろうな。そんな大金」

 憲二郎が腕を組んだ。

「借金をさせるみたいですよ。駅の近くにこんな金融会社がありますよとか、あの金融会社なら審査が甘いですよ、とか言って。事前に話は通してるんでしょうけどね」

 山下が頭をかく。

「でも、借金まで抱えちゃったとなると、意地でももう1人勧誘して、そのもうかる仕組みとやらに乗っからなきゃいけなくなりますよね?」

 私が言うと、山下が頷いた。

「そうなんです。平本さんは、このマルチに3カ月か4カ月くらい前に入ったらしいんですけどね。必死で周りの人達を勧誘して回っていたみたいです。でも、結局、誰にも相手にしてもらえなかったようで……。この話、大学の方で聞き込んだんですけどね」

 2カ月前から叔母さんのお見舞いにもいけないくらい忙しかったと言っていた。その理由はこれだろうか。

「で、収入が得られないまま、ローンの支払いが始まった、と」

 憲二郎がため息をついた。

「でも、何でそんな怪しげな話に乗っかっちゃったのかしら、平本さん」

 私が首をかしげると、山下が言った。

「平本さんのご両親は、周囲の反対を押し切って、駆け落ちされたみたいです」

「はあ」

 急に話が変わる。趣旨がわからず呆けた返事をする私を無視し、山下はかまわず続ける。

「で、平本さんが生まれた。でも、すぐに父親が胃がんで亡くなってしまった。お母さんは実家に帰りたかったみたいですが、反対された身では無理でした。そこで、女手ひとつで平本さんを育て上げた。保証人になってくれたのは、お母さんの妹さんで、こっそり手助けしてくれていたようですけどね」

「それで、今、お母さんは?」

 母親がいるなら、保証人になれたはずだ。私は尋ねた。

「亡くなられたんですよ、3年前に。大腸がんだったそうです」

 このアパートに引っ越してきたのは、ちょうどその頃だ。だから、保証人が叔母だったのか。

「そして、こっそり助けてくれていた唯一の味方である叔母さんも、その後、胃がんにかかってしまった」

 しばしの沈黙。すると、憲二郎がパンフレットをテーブルに叩きつけながら言った。

「パンフレットに載ってる、ガンが治ったっていう経験談。これだったんじゃないのか、平本さんがこのマルチにのめりこんだ理由は」

「ええ。その通りです。勧誘された人たちに聞くと、平本さんは『このセットを使えば、ガン患者が救われる。自分はこの商品を広めて、ガンで亡くなる人を減らしたいんだ』って、必死で説得してたらしいです。自分が買った商品の一部も、叔母さんの病院に持ち込んでいたみたいですね。おそらく、従兄弟の方が処分してるでしょうけど」

「ガンが治って、収入も安定すれば、一石二鳥ってわけか。弱みに付け込まれて、うまい具合に勧誘されたんだろうなあ」

 憲二郎がやり切れない様子でつぶやく。

「このマルチ業者は、勉強会と称して会場に缶詰にし、商品の素晴らしさとやらを吹き込むみたいですよ。平本さんを勧誘したのは、彼の小学校の時の同級生らしいです。平本さんの現状を知っていて、連れて行ったんでしょうね。平本さんは引っ込み思案であまり友達もいなかったから、心配してくれる友達がいて嬉しい…くらいに思って付いて行ったんじゃないでしょうか」

 山下の言葉に、私は怒りを感じた。人の弱みに付け込むなんて許せない。何とか解決する方法はないものか。

「あ、消費生活センター」

 思わず声が出る。

「え?」

 憲二郎に聞き返され、彼の顔を見た。

「友達に、消費生活センターで相談員をしている人がいるの。こういう時、どうしたらいいか聞いてみようと思って」

 苦情処理係になるに当たって、私は消費生活アドバイザーという資格をとらされた。その講習会で一緒になり、今でも親しくしている友達が、消費生活センターで勤めているのだ。私は立ち上がった。

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