第2章 事務所 山下忠久さん(3)
その日の夕方、憲二郎から電話がかかってきた。戸建の1階部分を、事務所として使いたいという申し入れがあったらしいのだ。インターネットで流していた情報を見たそうだ。ただ、今の条件では話がまとまりそうにないという。
「初期費用を少し下げてくれってさ」
「初期費用って何?」
よくわからず聞き返す。
「あの事務所、家賃はひと月4万5千円だろ? で、敷金と礼金をそれぞれ2ヶ月分ずつ、入居する時に支払ってもらうってことで募集をかけてる。そうだな?」
憲二郎が、噛んで含めるように説明してくれる。
「うん」
私は頷いた。
「それを、それぞれ1カ月分ずつにしてくれないかってさ」
つまり、本来なら両方合わせて18万円のところを、9万円にしてくれと言っているわけだ。そのうち、礼金は大家がもらえるが、敷金は退去の際まで預かっておくべきものである。手元に残るお金は、礼金1か月分だけだ。
「4万5千円かあ」
私はため息をついた。
アトリエを事務所にするにあたり、壁にかけられていた絵はすべて私の部屋に移した。そして、壁にたくさんあいた釘跡を隠すため、壁紙をすべてはりかえた。その上、父はトイレやお風呂をほとんど使っていなかったようで、古くなった部品も取り換えなければいけなかった。それやこれやで、修繕に全部で20万円近くかかってしまったのだ。
礼金が少なくなれば、その分修繕費の回収も遅れることになる。
「家具は? そのまま使ってくれるのかな?」
父が使っていた作業台と椅子は、私の部屋に移動してある。しかし、それ以外の家具はそのまま置きっぱなしになっていた。処分するとなると、そのお金も必要になる。
「明日、内覧してもらうつもりだから、その時に相談することになるな」
憲二郎は続けた。
「処分してほしいって物があったら、とりあえずアパートの空いている部屋に移せばいいだろう。店子の中に、使いたいって人もいるかもしれないし」
「たしかにね」
それなら、出費は抑えられそうだ。
「冷蔵庫は2階にあったやつをアトリエに持ってきてるだろ? あれは使えるから逆にプラス要因だし」
憲二郎が言う。父が残していた小型冷蔵庫。処分するつもりだったが、まだ使えることがわかり、1階に下ろしておいたのだ。もちろん、中はきれいに掃除してある。ちなみに、私の部屋には、以前から私が使っていた2ドアの冷蔵庫が置かれていた。
「断ったら、なかなか借り手もつかないかしら」
「まあ、すぐに決まるってことはないだろうな」
礼金が少なくなっても、空室にしておくよりはましだろう。
「そう。それじゃあ仕方ないわね。とりあえず、明日内覧してもらって、脈がありそうだったらその条件でいいわ。で、どんな職種なの?」
肝心なことを聞き忘れていた。
「探偵だとさ」
「探偵?」
憲二郎の答えに聞き返す。今日のお昼に、八重子と探偵の話をしたところだ。なんという偶然。これも何かの縁かもしれない。
「わかったわ。じゃあ、明日の内覧、よろしくね」
「おう、お前も立ち会えよ。どうせ暇だろ?」
いちいち腹が立つが、当たっているだけに反論できない。
「何時頃来られるの?」
「午前11時にうちの店で待ち合わせってことになってる。それから車でそっちに向かう予定だ」
植原不動産からここまで、車なら10分ほどだ。
「わかった。見計らって待ってるわ」




