ー前世の俺がやらかす前ー
「アークよ。そなたに王の座を譲ろうと思う」
オスロ王国の王、ライアン・オスロは王室でそう言った。
「分かりました父上」
アークと呼ばれた男は、その事を知っていたかのように淡々と応えた。
ライアンはまだ王を引退するには若い。
さらに、アークも王座を受け取るには若い。
それを聞いた大臣達は異議を唱えた。
だが、王の決定には背けず、次に行われた国王議会で正式に可決された。
ライアンは特に目立った特徴も、才能も無かったが、ライアンが王になってから約20年間は戦争などの争いが起き無かった。
それは、あまりに謙遜する態度が平和的解決に結びつけたからである。
国民はそれを讃え、「平和の王」と親しみを込めて呼んでいた。
一方、アークは剣術、魔術、体術など様々な才能に恵まれていた。
ライアンはそれらの才能に恵まれた息子が15歳…つまり成人すれば王座を譲る事を決めていた。
しかし、アークは幼い頃からイタズラや自分勝手な行動が目立ち、国民からはあまりいい目で見てもらえていなかった。
夜な夜な出かけては見知らぬ女と一夜を明かす。
そんな事実が出回れば、信頼を失うこととなる。
大臣達は様々な手を使い口止めをした。
この世界において、人族は最弱の種族である。
森精霊や獣族などの種族には、寿命や魔法、身体能力などで大きく劣っている。
他種族に襲われれば、人族の国などすぐに滅ぶだろう。
だがアークは様々な種族と交易や条約を結び、オスロに永久の平和をもたらせた。
これはライアンすらも出来なかった事である。
このようにアークは王になった後も才能を発揮し続けた。
しかし、アークが王になってから5年。
オスロ王国で5本の指に入るほどの腕前であった剣術を止め、魔法に没頭した。
大量の魔力を消費する上に、リスクが大きい魔法。
転移魔法について研究を始めたのだ。
国中で「王が危険な魔法に手を出し始めた」と噂が流れた。
だが、それを止める者はいない。
また王が何か始めた。程度にしか思われていなかった。
転移魔法を研究し始めて数週間。
そろそろ結婚の時だと言って、ライアンはナディアという女性をアークに会わせた。
茶髪のロングヘアで黒い瞳。
来ている服から上流貴族である。
王の結婚ともなれば、政略結婚が一般的だ。
今回もそうだった。
王の愚行に腹を立てている派閥の貴族だ。
そこの娘と結婚して、リスクを少しでも減らそうとしたのだ。
ナディアは政略結婚など関係なくアークの事が好きであった。
アークと結婚できる。そんな話が出た途端、ナディアは名乗り出た。
数年前に抱かれてからアークの事が忘れられなくなったのだとか。
しかし、アークは気にせず研究を続けた。
何度か実験し、少しずつだが成功への道は近づいていた。
そして、ついに魔法陣が完成した。
王宮で魔法陣を使用するのは気が引けたのか、王都にある別荘として使っている建物で行われた。
魔法について詳しく知りたいという金髪の少女と、普段身の回りの世話をしてくれるメイドを引き連れて。
その屋敷に入ると、どこから聞きつけたのか、ナディアが待ち構えていた。
「ナディア……どうして」
「アーク様の行動はすべてお見通しですわ」
そう言うと、応接間の中でお茶を飲み始めた。
「私のことは気にせず、さあどうぞ」
ナディアは優しく微笑んだ。
一緒に来た少女はナディアと楽しそうに話していた。
「魔法陣を設置して魔力を少し注いでおく。それまでは自由にしてていいぞ」
「わかりました。ナディア様のお世話をしてきます」
短いやり取りで、各自の作業に入った。
「アーク様は今から遠い場所に行く魔法を使うんだよ」
「遠い場所に行っちゃうの?」
「ええ、もしかしたら帰ってこれないかも」
「私…そんなのやだぁ」
少女は今にも泣きそうだ。
「冗談ですわ。でも、しばらくは会えませんわ」
「やだ……」
「そうねぇ、アーク様の持ってる細かい字がたくさん書いた紙を破ったりしないとダメかなぁ?」
「……!私、行ってくる!」
「え!」
少女は応接間を飛び出した。
アークは魔法陣を地下室の中央に置き、少し魔力を注いでいた。
「アーク様?」
「どうした?」
少女は魔法陣を持って走り去った。
「…………え?」
「……はぁ…はぁ…はぁ…」
やってしまった。
少女は隣の部屋に逃げ込んでいた。
大事な魔法陣を持って。
でも、このままではダメだ。
この紙を破らないといけない。
でも、本当にそれでいいの?
自分の都合だけで決めていいの?
これはとても大事な紙なんでしょ?
心の中の自分が語りかけてくる。
「やだ…できない……」
少女は扉に魔法をかけ、鍵を閉めた。
急いで対抗するための石を魔法で作る。
籠城だ。閉じこもれば。
少女の頭はぐちゃぐちゃになっていた。
「ごめんなさい。私があんなこと言ったから」
「いいんだよ。ナディアのせいじゃない」
「……そうだといいんだけど」
するとナディアの足がフラついた。
「……流石にオスロから走るには遠すぎましたね」
「まさかあの靴を?」
ナディアはこくりと頷いた。
「とにかく休め…」
「その前にこれを」
フラフラとアークに向かっていく。
一枚の紙切れを渡した。
「あらゆる魔法を破壊する魔法陣です。本当は転移魔法を壊すつもりでしたが、あなたに差し上げます。消費魔力はほとんどないので魔力を温存できますよ。それにあの子、魔法の才能があるわ。きっと結界でも張っているんでしょ?」
そう言うと、頬に軽くキスをした。
「あの女の子のところに行ってあげて」
「わかった」
魔法陣がある部屋。いや、魔法陣を持って行かれた部屋の前まで来た。
ナディアの読み通り、扉には結界が張られていた。
壊すには魔力と時間をかなり消費するかもしれない。
さっきナディアにもらった魔法陣を扉に押し当てる。
消費魔力はかなり少ない。
数秒で魔法が発動した。
扉が勢いよく弾け飛ぶ。
中からこぶしくらいの石が飛んでくる。
頭に当たったが、治癒魔法ですぐに治す。
「ダメじゃないか。魔法陣を持って行かれると困るんだ」
優しくそして笑顔で話しかける。
「返してくれないか?今から使うんだ」
「…怒ってないんですか?」
「怒ることでもないよ。でもこれからは悪いことをしてはいけないよ」
「はい…」
少女から魔法陣を受け取る。
ふとナディアの言ったことを思い出す。
『あの子、魔法の才能があるわ』
少女をよく見ると、手に砂が少し付いていた。
「さっきの石は魔法で?」
「はい」
「それは誰に教わったの?」
「気づいたらできてました」
「そうか…君はきっと優秀な魔法使いになれるよ」
そう言って少女の頭を撫でた。
「じゃあ行ってくる」
「お気を付けて」
「今から魔力を注ぐ。巻き込まれないように下がっててくれ」
みんなが少し下がったのを確認して魔法陣に魔力を注いでいく。
このままうまくいけば、魔力は足りるだろう。
「……くっ!なんだ!?」
アークが叫んだ。魔力が魔法陣に吸われていく。
こりゃだめだ。失敗だ。
頭の中で冷静に悟った。
「転移魔法で異世界に行く。戻ってきたときに人格が変わっているかもしれない。あるいは…まあ、もしそうだとしても、これまでと同じように接してやってくれ」
みんなを安心させるため、自分に言い聞かせるためそう叫んだ。
必ず戻ってくる。そうだ戻るんだ。
こうしてアークというオスロの王はいなくなった。
オスロの王族達はすぐに代わりの王を用意し、アークの存在は王族達の中から抹消された。
ナディアは「アークと結婚」ではなく、「王と結婚」ということだったので、アークの代わりの王と結婚した。
ライアンは寿命で亡くなり、アークに仕えていたもの達は王都の別荘に隠れるように生活し始めた。
いつかアークが戻ってくることを信じて。