もふもふ大好きな私がクーデレわんこな後輩に壁ドンされた件。
「センパイ」
圧し殺した声。
熱情を孕んだ瞳。
後輩くんの腕に囲まれている私。
……何でこんなことになったんだったかな。
***
ここは、前世とは別の世界。
どうやら私は転生したようだ。
前世での最後の記憶が、冬場とはいえ五日目のカレーを温め直して食べたのがいけなかったのか……強烈な腹痛のあと、意識が途切れている。
確かにちょっとヤバイなとは思っていたんだよ? でも、新しく作るのも面倒だったし、仕方がなかったんだ……。
そんなぐーたらな私は、生まれ変わっても直らなかった。
ミレニア王国のグライヒハイトの町というところで、私はソーカとして新たに生を受けた。
レンガ造りの家が建ち並ぶ、人口十数万人の結構大きな町。この町には、一つだけ他の町にはない特色がある。
国立の学園があり、学生がこの国の各地からやってくる。ときには、国外からも留学生がやってくる程の規模なのだ。
全寮制のこの学園では、平民や貴族の子供が十三歳~十八歳までの五年間を過ごすことになる。
私は、この学園に通えることを心から両親と神様に感謝している。
なぜなら、前世からのぐーたらが直らなかったのと一緒に、もう一つ前世から引き継いだものがあるからだ。
それは────動物が大好きなこと。
私はもふもふが大好きだ。
もふもふを愛している。
そして何とこの世界には……獣人がいるのだ!
ファンタジー万歳と叫んだ私は悪くない……はずだ。
私は最近、可愛い後輩くんを観察することを趣味にしている。
可愛いと言っても、顔が可愛い訳ではない。むしろ顔はクールな綺麗系。
後輩くんことルディは、地面に届きそうな程の青銀色の髪と同色のピンと立った耳、そして金色の瞳をした狼の獣人だ。
この後輩くんは、わかりにくくてわかりやすい。
表情はほとんど動かないくせに、私が会いに行くとシッポは左右に大きく振られているのがたまらん。これが噂のクーデレ(?)か……と思ったものだ。
最初は少し警戒されていたようだが、会う度にぐーたらなところを見られてしまったせいか、今では逆に世話を焼いてくれるようになった。
私のボサボサな髪が許せないそうだ。確かに、後輩くんの髪はサラサラストレート。お手入れは欠かしてないんだろうな……。
わかっていても直さない。それがぐーたらクオリティ!
この後輩くんと出会ったのは、今から二年前の私が十六歳のとき。
その日は学園の入学式で、講堂に行かなければならなかったのだけど、春の麗らかな日和が私を手招きしていたので校舎の裏庭で寝ていた。
陽射しがぽかぽかしていて凄くいい気持ちで寝れたんだよね。
そしたら────
「……大丈夫ですか?」
中性的な声が少し困惑した感じでたずねてきた。
普通の人なら講堂で入学式の開始を待っている時刻だものね。
倒れていると勘違いしたみたい。
見ないフリをしないで声をかけるなんて、いい子だなぁ……と思いつつ薄目を開ける。
ぅわ……うわあ!?
二度見した。びっくりした。
超美少女がこっちを覗き込んでる! しかも、しかも──犬耳とシッポが付いているよ!?
わんこだ! 犬耳美少女だ!!
私はガバリと起き上がる。こんな機会は二度と無いかもしれないから、頭とふさふさのシッポを撫でさせてくれないか交渉してみよう!……と思って全身をじっくり眺めてみたら、なんとびっくり。男の制服を着ているではありませんか!
こんなに綺麗な顔をしているのに、男の子……だと!?
「あの……?」
私がジロジロ見ているからか、ほんのり不快な表情になる。
なんだか早急に弁解しなくてはいけない気分になる。
「あ、ごめんごめん! 倒れていた訳ではなく、寝てただけだから」
そしたら、彼(?)の表情に慌てていたせいで、いらんことを口走った。
「……寝てた?」
案の定、ちょっとびっくりした後に、呆れたような……冷ややかな視線をこちらに向けてきた。
──うわぁ、失敗!
ネクタイの色を見ると新入生だ。ということは、私は新入生に醜態をさらしたことになる……ヤバイなぁ。いや、でももう見られたものは仕方ないよね。
私は早々に取り繕うことを諦めた。
「入学式に出席するより、このぽかぽかした裏庭で寝たかったのよ」
言いながらアクビをし、ボサボサの髪を手櫛で撫で付ける。
あっけにとられた表情の後輩くんは可愛かった。
「そんな感じで大丈夫なんですか? センパイ」
「大丈夫よ、後輩くん。うまくやってるから」
あはは、と笑ってみせたら、後輩くんも少しだけ笑ってくれた。呆れ混じりだったけどね。
これが初めての出会い。
この時は結局もふもふは出来なかった。
しかし、この後も何度か会っているうちに徐々に仲良くなり、たまになら触らせてくれるようになった。
***
今日は放課後に後輩くんと会うことになっている。
そして今は最後の授業時間。
なんだか最近、後輩くんに会うことを考えるとソワソワしてしまう。
やっぱり早くもふもふを触りたいからかな?
リーンゴーン。
リーンゴーン。
授業の終わりの鐘が鳴る。
よし、待ち合わせ場所の裏庭に行きますか。よっこらしょと立ち上がる。そのまま講義室を出ようと思ったのだけど、見事なユニゾンで呼び止められた。
「「ソーカさん、待って!」」
「ん?」
呼び止めてきたのは、猫の獣人であるマルとウルで、二人は双子だ。
男女で多少の違いはあるが、そっくりな顔立ちをしていて、いつも左右対称で行動する可愛いニャンコだ。この二人は学園中で「可愛い」と愛でられている。(最上級生だけど)
そして……猫の獣人の中でも背が低い一族らしいので、とても撫でやすい位置に猫耳がある。私は、無意識に二人の頭を撫でていた。
「ソーカさん、お願い! 試験範囲のノート見せて!」
「ソーカさん、お願い! 私たち、試験ヤバいの!」
二人はうるうるとした上目遣いでこちらを見てきた。……あざとい。だが、可愛いからよし!
「君たち、授業中なにしてたの?」
「「寝てた」」
うん。清々しいお返事ありがとう。
私は、ぐーたらするために最低限の労力で、最高の結果を出すためにノートを綺麗にまとめている。試験前には、かなり人気が高い一品だ。
「……私のノートは高いよ?」
「「覚悟はついてます!」」
言ったな?
十分後……二人は机の上につっぷしていた。幸せそうな顔で、だらーんとしている。
私も二人を存分にもふもふ出来たので、超幸せだ。いつもは耳を少し触らせてもらうくらいだけど、今回はなんと……シッポまで触らせてもらった。サラツヤのいい毛並みでした。
「ふにゃー。ソーカさん、魔性の手だね。クセになりそう」
「ふはははは! 鍛えているからね!」
「「どうやって!!?」」
さて、本音を言うとまだもふりたいが、後輩くんを待たせてはいけない。
二人にノートを貸して、私は講義室を後にした。
校舎の裏庭には、後輩くんがもう来ていた。木陰に座って本を読んでいる。
木漏れ日に照らされて、青銀色の髪がキラキラと輝いている。もふもふのシッポをクッション代わりにして座っているようだ。
……うん。何度見ても綺麗だなぁ。そしてシッポ。シッポ良いなぁ。
出会った時には背が低く中性的で美少女寄りだったが、一年前から身長がグングン伸びて、今では立派に成長して女の子に見間違えることは無くなった。
声変わりもしちゃってさぁ。あのときは超泣いた!
あの声可愛くて好きだったのに~。まぁ、低くなった声も好きだけどね。
そんなことを思いながら観察していたら、後輩くんがフッと本から視線を上げた。
「センパイ。不審者みたいですが、どうしたんですか? ……あぁ、すみません。いつもでしたね」
……澄ました顔でこんな可愛くない台詞を言いつつも、シッポは振ってるんだよね。くぅ、すごい可愛いんですけど!
「不審者はナイでしょ。……待たせちゃった? ゴメンね」
「いえ、大丈夫ですよ。そんなに待っていないです。…………あれ、」
後輩くんは、本を閉じて立ち上がると、私の方に近づいてきた。
今まで普通だったのに、眉間に段々とシワが寄ってくる。私は、何だかいきなり変わったその雰囲気が怖くて、自然と後退りしてしまった。それを見た後輩くんは、はっきりと不快な表情になった。
え、なんでいきなり不機嫌なの!? 怖いんだけど。
お綺麗な顔を不機嫌にした後輩くんは、私に近寄ってスンと鼻を鳴らした。
「ど、どうしたのいきなり」
「……センパイ、他の獣人に触りました?」
ものすごい低い声に、ビビってもう一歩下がった。
え、本当にどうした。
「他の獣人て……あぁ、ここに来る前に猫の獣人に触ったよ」
後輩くんももう一歩詰めてくる。
不機嫌な顔どころか、段々と無表情になってきた。
……ちょ、怖い怖い!
「なんで逃げるんです?」
「君が怖い顔をして詰め寄ってくるからでしょ!」
慌ててもう一歩下がろうとしたら、校舎の壁に足が当たった。
マジか! もう下がれないの!?
焦って後ろを確認しても、もう遅かった。
「……センパイ、なんで他の男の臭いを付けているんです?」
「え?」
匂いとか言われてもわからない。
左腕を持ち上げて、くんくん嗅いでみる。
だが、後輩くんはその行動がお気に召さなかったようだ。
ダン!
左腕を掴まれ、壁に押さえつけられる。
彼のもう片方の手は、私のすぐ横の壁に置かれていた。
お、おおぉぉぉお!?
こ、これは、世に言う“壁ドン”というやつでは!?
びっくりして掴まれた腕を見る。私が目を丸くしていると、後輩くんが威嚇するかのような低い声を出した。
「センパイ、僕のことを見てください」
その苦し気に聞こえる声に、慌てて後輩くんのことを見る。
苦悶するかのように寄った眉、真剣な瞳は、様々な感情を孕んでこちらを焼き焦がすようだ。その熱に煽られて、こちらの心臓がドクンと一つ高鳴った。
「貴女は、少しも目が離せないですね。いっつもぐーたらして、能天気で、平気で他の獣人の男に触って、僕のことを少しも考えてくれない……」
そ、それは言い過ぎではないか!?
私だっていつもぐーたらしてるわけじゃないし!! ……いや、ぐーたらしてるな。
それに最近は暇なときは君のことばかり考えて……いやいや、変な意味じゃないからね? 魅惑的なもふもふシッポのことだからね? 手触り最高だからね!?
内心で誰とも知らずに弁解する。
しかし、少しずつ近づいてくる後輩くんの顔に冷静な部分など、すべてどこかに吹き飛んでしまった。
近い近い近い!
「……ねぇ、センパイ」
ゴツッと額が合わさる。
……痛い。だがそれどころではない。
尋常ではなく心臓が脈打つ。普段は意識していない心臓という臓器が、これでもかと存在を主張してくる。
「えー……つまりは、何が言いたいのかな?」
張り付く舌を必死で動かすと、掠れた声がでた。喉が渇く。無理やり唾液を咽下した。ゴクリと動く喉を見て、後輩くんが金色の目を細める。
「鈍い鈍いと思っていましたが、本当にわからないんですか?
…………それとも、わからないフリをしているんですか?」
「いやいや、本気で意味がわからないよ」
何でいきなり壁ドンなの?
君だって、私がもふもふ好きなの知っているくせに。
最初は嫌がってたシッポも最近では「……仕方がないですね。少しだけですよ?」とか言いながら触らせてくれるようになったじゃん。
「そうですか。なら、教えてあげます」
後輩くんは、にっこりと、それはそれは美しく──笑った。
このあと、私はたっっっぷりと後輩くんの行動の意味を教えてもらった。
わんこだ、わんこだ言っていたけど……やっぱり狼は……狼だった。
狼の獣人の間では、髪やシッポに触る、触らせるのは愛情表現で、好きな人か伴侶にしか許さないそうだ。私の髪をお手入れしつつ、ルディが説明してくれた。
──そういうことは、最初に言ってよ!
ぐったりとしつつ……私は、内心で叫んだ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。