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オセロゲーム

作者: 魂誇


 『不倶戴天』【ふぐ-たいてん】

 【意味】同じ天の下に一緒にいられない。同じ天の下に生かしておけないという意味。【用例】『-の敵』






「宗教……神の存在は、何だと思いますか?」

「在りもしない偶像」

「また、辛辣な」


 にべもなく、カソックを纏いハードカバーの聖書を抱える眼鏡の中年男性の投げかけた問いを容赦なく切り捨てた青年は、着火された小さく揺れるライターの火で文庫本サイズの聖書を燃やす。白い煙と黒い煙が混じり合い、紙を、インクを、黒い炭へと変えていって崩れ落ちていく。

 安物の大量生産品とはいえ、神父の眼前で聖書を燃やすという蛮行は褒められたものではない。宣戦布告、神を恐れていないという意思表示だ。問いかけの返答に違わず、崩れ落ちた紙片を踏みにじる。

 火が指の近くまで燃え広がっていくと、青年はそれを背後に放り捨てた。落ちていく聖書が床に落ちると瞬く間に大火へと変わっていき、窓から差す薄暗い月明かりだけが光源だったこの空間が、灼熱の地獄へと変わった。

 光を得て全容が明らかになったこの空間──教会。聖者が磔となった十字架、色とりどりのステンドグラスで描かれた聖母、信者が神父の声を聴くための横長い椅子。深夜のこの場所はあまりに静かで、そして鼻につく刺激臭で満ちていた。


「信じたいヤツはそれでいいさ。だが、偶像っつーのは生きるための拠り所だろ?じゃあ……」


 ──なんでこいつら、こんなところで死んでいる?

 教会内を満たす刺激臭は気化したガソリンと、油と混じった鉄くさい血の臭いと、炎によって焼け焦げる肉の臭い。その肉の正体は全て、一時間前まで主へ感謝の祈りを捧げていた信徒たちの残骸であった。

 男も女も子供も老人も、修道女も会社員も学生も、健常者も病人も怪我人も、分け隔てなくこの教会に訪れてくる敬虔な者達ばかりであった。今日も糧をありがとう。罪を許してくれてありがとう。おかげで明日も生きていけます──真心を込めて祈りを捧げる信徒たちの末路は、血とガソリンの海で沈んで業火で焼かれるというものだった。


「主に感謝をエイメンエイメン、毎回毎回飽きもしないで良くやれんなお前ら。尊敬するぞ」


 燃えていく教会でケラケラと不謹慎に笑う青年の服は、まるでトマトジュースを浴びたように赤黒く染まり、顔や髪、手も同様に汚れていた。

 ──この場所を作り出したのが一体誰であるかなど、一目瞭然である。


「アンタも、大概狂ってんな。こんな状況見たら普通、失禁しながら無様に逃げるか、憤激しながら特攻かますか、どっちかだろ?」


 日常から大きく逸脱した、非現実的過ぎる状況に間違いない。そんなものに耐性を持つ人間など、この現代日本に多くは存在するはずもない。まさか、現実を受け入れていないというオチというのは拍子抜けだ。神父もこうなることくらい、わかっていたのだから。

 神父は大きくため息を吐いて、抱えていた聖書を炎の中に投じた。宗教は生きる支えでしかない。神の教え?じゃあ、何故この信徒たちを救ってくれなかった。救えなければゴミ同然だ。救わぬ神など要らない。死後の世界……来世も楽園も地獄も煉獄も興味はない。私たちは何物にも替えがたい今が良かったのだ。教義を説き、悩める者たちを導く神父である以前に、この中年男性は父親であったがゆえに。

 一酸化炭素が頭痛の症状を引き起こし、二酸化炭素が息苦しくさせ、炎の熱さが皮膚感覚を狂わし、充満する刺激臭が嗅覚を殺していた。──それ以上に、心の内より深く滾る黒い感情が……男の何もかもを壊していた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 理性を捨て、沸き続ける憤怒の感情を支えにして獣の如く青年へと特攻する。普段、聖書を持つ手が、血を滲ませるほどに深く握り込まれて振るわれる。格闘技の心得もない、典型的なテレフォンパンチ。生まれて数十年、喧嘩など少年時代に数回やった程度で久しく経験したことがないこの男は、心より吹き出す殺意をそのまま拳に乗せた。神父の頭には、どのように殺すか、いかに苦痛を与えるか、さらなる屈辱に晒すか、狂ったようにそれだけに思考を働かせていた。容赦を知らない、骨も残さない、殺意に振り回された凶獣に成り下がり、目の前の畜生を殺すことができるというのなら神父自身もそれを望んだ。

 青年は神父を指して狂っていると言った。その通りだ。狂えずして、親をやっていけるわけがない。


「うるさい、野良犬かテメェ」


 まるで、まとわりつく蠅を振り払うように。小さくスナップを利かせた張り手。青年の取った反抗は、そんな程度なものだった。神父の拳より先に張り手の指先がこめかみに当たる。

 結果、神父は弾き飛ぶように宙を舞い、教会の壁に叩きつけられた。平手が当たった瞬間には頭がまるで西瓜が鈍器で割られたように頭蓋が砕け、脳の一部がはみ出て、血と脳漿が飛び散り、指の一本も触れること敵わず息絶えた。

 呆気の無い最期。新たに増えた聖職者の残骸も、炎は区別なく差別なく尽く、燃やし灰にし、塵にする。肉も骨も何もかも、心の内に震わせた憤怒の感情も、全てが塵になる。


「やることやったし、帰るか」


 蚊を手で潰したら、吸って溜まってあった血が手に付着した不快感を覚えた程度の認識しか、この青年は神父に抱いていなかった。害虫を殺すように何の感慨も持たない。人を殺めるという大罪に、何の抵抗もなさ過ぎていた。殺人という行為は手慣れている様子である。

 初めから何もかもを殺すつもりだった。信徒も修道女も神父も、アレに関わる誰も彼も皆殺しにした。つい昨日、自分がされたように。

 報復。復讐。壊されたから壊し返した。幼子が掲げる動機でこの教会に訪れた神父含む二十六名を惨殺し、さらに二時間前には神父の妻やその娘も殺害。計、二十八名を手に掛けた。その殺害方法は全て、素手による殴打のみであり手早く終わらせている。例えるなら巨象が蟻を踏み潰すが如く、圧倒的な力のみで蹂躙した。

 人間には到達できない、常軌を逸した膂力。百八十センチ前半の身長、推定体重七十五キロ前後、筋肉質な体躯ではあるものの、見た目からしてそんな力を持っているとは誰も思わない。超常的とさえ言える怪力は、文字通り指一本で容易く人を殺めることができる。人とは別種の生物、禁断と呼ばれる領域に足を踏み入れてしまっている。

 ──人を超えし者、文字通りの超人に成り果てた。

 それが青年、『人型(ヒトカタ)の怪物』の一人に数えられる『黒城(こくじょう) 将也(まさや)』の果ての姿。虐殺を重ねる彼の目はもう、業火に包まれるこの教会に関心はない。出入り口の扉を蹴り破り、外に出ていく。

 遠くから聞こえる消防車とパトカーのサイレンが遠く耳に響いた。距離、方向、速度、道の混み具合からして五分。それくらいの時間があれば警察がこの場所に来るだろうと、超人の域にある聴覚は感じ取った。接触を避けることは不可能ではない。彼が本気になれば、完全に気配を消し、誰にも悟られることなく警察の包囲網を突破できる。あくまで、できるだけである。

 そんな面倒な、わざわざ逃げるようなことをする必要はない。黒城将也は超人であり、人間を凌駕した存在。全人類と天秤に乗せても同じ重さにならない。重火器で武装しようとも、大量殺戮兵器を使用しても、彼を殺めることは不可能だ。人ではどう足掻こうとも、超人には及ばない。

 足下に転がっている小石。砕けたコンクリートの欠片を何個か拾い上げて、高く跳び上がる。足のみの力を使ったその跳躍は、近代オリンピックの世界記録を嘲笑う高さにある。棒高跳びの世界記録が六メートル強、将也のいる高さは地面から垂直で二十メートル。次元が、違う。

 高い目線で確認した結果、パトカーが二台、消防車が二台向ってきていた。時速六十キロの速度で移動中。周囲に他の車輌はなく、通行人は二、三人。

 手に持った小石を、オーバースローで投擲。その小石は初速で容易く音速の壁を超え、空気との摩擦熱で真っ赤に燃え上がる。即席の銃弾。本物の鉛玉には強度も質量も足りないが、それを圧倒的な速度でカバーして威力を補っている。秒速千メートル、ライフル弾頭とほぼ同速度で飛来するそれは、投擲から着弾まで刹那の時も要らない。人を殺すのに、十分過ぎる殺傷力を備えている。

 先頭を走る消防車、その運転手の頭部に、超高速で加速された小石が吸い込まれるようにガラスを砕いて直撃した。大口径の拳銃を突きつけて引き(トリガー)を引いたように、頭蓋は粉砕される。運転席は血と脳漿で飛び散られ、被っていたヘルメットは一部を残して砕けて転がり、隣の助手席に乗っていた消防隊員は茫然と、生暖かい体液を浴びる結果となった。


「……時速六十キロで移動する頭蓋(フットボール)じゃ、一発で当てられるか」


 軽く嘆息し、念のためと多く拾っていた小石を放り捨てた。

 例え、音速を超えた速度で放たれても。時速六十キロで移動する頭蓋を約九百ヤード離れた距離で的確に当てるなど神業だ。さらに言ってしまえば、高く跳び上がったせいもあり、入射角の関係から目標物を視認するのは非常に難しい、滞空状態による落下が始まりかけていたため完全な静止状態ではなかった不安定な状態──以上、人間では不可能な業をなんなくこなしたのだ。

 将也にしてみれば、この程度……丸めたチリ紙を二メートル程度離れた大きなゴミかごに投げるくらいの感覚でしかなかった。投げれば普通入るだろう……そんなところが超人と常人を大きく隔てるズレだった。

 ──そして、何よりも。超人という種は、人が定義した法則という枷も縛りもない。

 落下をしながら宙を蹴る──否、地を踏むように駆け出した。普通なら空を切るだけの無意味な行為であるが……将也の足には、確かな安定感が存在した。

 人が肉体のみで飛行することは、言うまでもなく不可能である。そもそも人間という種は陸上のみで生活することを目的された体構造をしている。鳥類が飛ぶことが可能としているのは、徹底された軽量化がされた翼と発達した胸筋があってのものである。人類が空を飛ぶという偉業は、つい前世紀初頭まで為せなかったのがどれだけ困難な所業であったということを証明している。重力に足掻いた者達の、血と涙と汗が今日の今を作り上げていることは確かなことである。

 だが、超人黒城将也はソレを嘲笑う。──重力?航空力学?ああ、確かに積み上がったそれらの知識は大切で、貴重で、存続させていくものだろう、ご苦労さん。俺の知らないところでやってくださいな──。

 しっかりと空気を踏みしめて、落ちていくはずであった将也は再び高く跳び上がった。重力を真っ向から否定し、下した瞬間だ。人間が作り出したものに、超人が縛られる道理はない。

 一飛びで、コンマ一秒もかからず、先頭車両の消防車の前に躍り出る。消防車は止まらない。頭部を損失した消防隊員の足は、アクセルペダルから外れていなかった。赤い大重量の塊が時速七十キロで迫ってくる。三トンの水が入る水槽が積載された、総重量十トン近くのポンプ車に人間が正面衝突すればただじゃ済まない。速さと重量はそのまま、破壊力に直結してしまう単純な論理だ。それは古来より続く絶対の法則であり、計算や式を用いずとも誰もが納得してしまう理だった。


「──ハッ」


 鼻で笑う。見下す。なんだ、なんだそれは。巨大な質量、重量?確かに脅威だ。重さは力だ。速さは力だ。頷いてもいい、覆しようのない事実だ。人間であった頃ならば。


「潰れちまえ」


 無造作な前蹴り。圧倒的に破壊力が違うはずの物体にそんな行動をすれば、将也は当然圧殺される。骨が砕け、肉がミンチのようにすり潰され、血の詰まった糞袋へと変わるだけ。

 そうなるはずの現実が、捻じ伏せられ踏み潰され……逆に、消防車が宙を舞うという結果にすり替わる。あり得るはずのない現実。あってはならない、神の法則に弑逆する存在……。

 続けざまに後続車両を何の抵抗もなしに蹴り飛ばす。サッカーボールのように軽く、そして後ろに続くパトカー二台を暴力的な重さで以て巻き込み、ひっくり返した。巨大な物体が壊れる轟音が鳴り響き、消防車にいた消防隊員たちとパトカーにいただろう警官たち、残らずその命を刈り取った。

 鳴り止まぬサイレン。けたましく鳴り煩く感じるものの、首級を挙げた示しとしては目立つ手段。


「来いよ、早く」


 ──お前ならもうとっくに気づいているだろ。血の臭いが、肉を焼ける臭いが、物が砕ける音が、このサイレンの音が……まるで隣にいるようにわかるだろう。お前なら、誰が誰を殺したのか手に取るようにわかるだろう。同じようにやった、お前なら。

 クラッシュした車両から漏れ出したガソリンが引火して燃え上がった炎が空気を暖め、中途半端な温度と湿度、そして鉄とガソリンの臭いが辺りに充満する。気持ちが悪いと不快感を覚え、苛立ちが募る。

 一陣の風。生暖かい風が将也の体をなでるように通り過ぎた。待っていたのはこの風だ。待っていたのはこの空気だ。将也にとって、不愉快極まりない空気に触れた瞬間、待ち望んだモノがやってきたことを察知した。


「……っ!」


 体の内から込み上げてくる、熱い液体。喉から口へと噴出してきて、鉄の味でいっぱいになる。たまらず吐き出す赤黒いソレは、将也の足下のコンクリートに飛び散って彼の革靴やズボンの裾を汚した。

 何度経験しても、慣れないものだ……心臓を潰される痛みは。

 ショック死しない方がおかしいほどの激痛、例え生き延びたとしても死んでいた方が良かったと思えてしまう苦痛が延々と続き、やはり絶息。将也が経験した心臓潰しは、そういったものだ。

 しかし超人黒城将也。心臓を潰された程度で死ぬわけがない。将也が念じ、願えば──喪失した臓器の再生などコンマ一秒もかからずに完了する。血液の循環は滞りなく進み、体内に溜まった余計な血液は口より吐き出された。

 黒城将也の肉体を再生させるほど追い込む、という事実は大きい意味を持つ。ゼロ距離での対物(アンチマテリアル)ライフルによる銃撃でも皮一枚剥がすことすらできず、核弾頭ですら火傷にもならない将也の肉体は強靭を通り越して無敵の域にある。人間が行いうるあらゆる手段は、一切通用しない。人間を含む地球上に生息する全生物相手に再生能力というのは、無用の代物に過ぎない。

 人間では超人に勝てない。傷一つ、つけられない。それは絶対的な力の差であり、存在の差であり、魂の差であり、思念の差であった。繰り返すが、超人と人類では天秤で釣り合わない。地球上の全生命体を秤に乗せても事実は変わらない。

 ──唯一の例外は、超人だけである。


「相っ変わらず、初手は心臓潰し。効かねえって知ってるだろうが」


 夜空を仰いで、はるか上空に在るモノへと声をかけた。まるで旧来の友へと声をかけるような気安さと、憤怒を押し固めた威圧が同居している不自然さは何よりも不気味に見えた。

 超人と天秤で均衡を保つことができるのは、同じように超人しか為し得ない。

 将也には視えていた。成層圏ギリギリ、地上約五万メートルの中間圏との境で浮かんでいる同年代の少年の姿が。

 黒城将也の唯一の同類。地上、そして史上、二個体しか確認されていない超人の片割れ。コインの表と裏。白と黒。表裏一体にして、不倶戴天。触れもせずに物理的な干渉を行え、超人の肉体を損傷させる等という芸当ができる者は、将也はたった一人しか知らない。


「見下ろしてんじゃねぇよ蛆野郎。降りてこい」


 地上から五万キロ離れた場所から発せられた言葉に応えるように、後ろ髪がチリチリとくすぐる感触を覚えた。将也にはわかる。何度も、何度も感じた。同類がいると感応している感覚。一度や二度じゃない、幾度も繰り返した。

 将也の頭上へと、秒速十キロメートルの速度で接近する人型の質量。空気による摩擦で発光しながら垂直に落ちていくソレは、太古に地上に降り注いだ微惑星と同等以上の破壊力を持っていた。

 墜落。人型の質量が地上に触れた瞬間、半径五キロメートルはクレーターと化して何もかもを滅し、広範囲に爆風や建造物の瓦礫による被害、さらにマグニチュード8の大地震を引き起こした。

 未曽有の大災害。たった一人が起こした人災に、幾つもの人命が絶たれていく。人口十万にも届かない地方の市の住人のほぼ半分がこの瞬間に息絶えた。

 将也に。そして、圧倒的な力で大災害を引き起こした張本人である青年も、多くの人を殺めたという罪の意識は欠片もない。超人となった時から、人など蟻以下の命にしか見えなくなってしまった。


「……何か、言ったかゴキブリ」


 嫌悪を隠さない、見下した表情。同種の超人を見る視線ではない。言葉通りに、害虫と同じように見る視線だ。

 同様に、ゴキブリと呼ばれた将也も挑発的な眼光を放っている。自分は圧倒的上の立場で、アイツはバクテリアにも劣る矮小な存在だと、根拠もない持論を微塵もなく信じ切っている。


「聞こえねぇな。蛆虫が何か言ってるぞ」

「不愉快だ、ゴキブリが。焼き殺してやろうか」


 着弾地に最も近くにいた将也は全くの無傷で、服に付いた砂やら埃やらを手で払っていた。一歩も動かず、吹き飛ばされず、同じように埃を払っている金髪の青年を睨んでいる。

 超人──『白谷(しらたに) 君人(きみと)』。この地球上の唯二の存在である、超人の片割れ。黒に対する白。対抗存在。『人型の怪物』の呼称を用いられている二例の一人。身長百七十七センチ、推定体重六十九キロ。ひょろりとした細身の体は鍛えたものではなく極々自然な肉付きをしており、末生りという表現が良く似合っていた。一見頼りない風貌。しかし将也へと向ける敵意は、威圧と殺気だけで人を殺せる域にある。

 地上最強存在の超人である二人が対峙する。超人同士の衝突は繰り返し行われていた。時には空で。時には海で。時には山で。時には、宇宙で──。いずれも決着せず、今日この日まで長引いた。二人の戦場の舞台となった場所は、地上ではもう人の住める場所でなくなっていた。

 ああ、何度繰り返しただろうと彼らは思う。超人へと成り果てる前──人間であった頃から、この存在だけは抹殺しなければならないという衝動に駆られ続けていた。本能が叫び続けるのだ。アレを壊せと。アレを殺せと。毎日毎時毎秒、何時まで経っても鳴り止みはしない。

 ──同じ地上に居ると思っただけで吐き気が止まらなかった。

 ──同じ天の下に立っていると考えただけで殺意を覚えた。

 ──同じ空気を吸っている事実に、怒りが止まらず拳を握っていた。

 ────コイツだけは、生かしておけない。

 理屈ではない。言葉で説明できるだけの因縁も存在しない。気に入らない、視界に入れたくない、声も聴きたくない、触れたくもない、存在そのものが許せない。殺す。必ず殺す。殺して殺しつくして絶滅させて、存在そのものをなかったことにしてやる。

 殺意と悪意、憤怒をたぎらせながら超人たちが激突する。

 止めない。止まらない。止める気がない。──これで全部を終わらせてやる。











 白谷君人が最初に黒城将也に出遭ってしまったのは、小学校の入学式の日であった。

 その日の事は今でも忘れない。何もかもがこの時からおかしくなってしまった。

 君人少年が朝、感じたのは酷い吐き気と頭痛。そして、言い表せない憎悪であった。誰に向けられたものなのか、わからない。誰かを恨んでいる覚えもないのに恨み辛みの感情が溢れて仕方ない。

 しかし、真っ当な教育をされていた君人は意味もなく当り散らしたりなどはせず、グッと我慢して感情を押しとどめた。これは、緊張しているのだと。初めての小学校。入学式。前と全く違う環境に体が慣れていないからだと、納得させた。当時六歳にして、自分を自制させるほど君人少年は大人びていた。

 入学式前、教室に集合しての生徒同士が初めて顔を合わせる。幼稚園、保育園が一緒だった者はその繋がりが続き、初めて会った者たちも次第に交友を深めていくことだろう。

 君人の体の具合は、さらに悪くなっていた。学校の敷地に入ってから歩き方も覚束なくなり、顔色も悪くなる。体温もこの時、三十九度近くになっていた。

 無理をして学校に来たものの、この時ばかりは本気で死にそうな気分を味わった。死んだら主の御許へとゆけるのだろうか、そんなことを考えていた。そんな彼を気付いた生徒が、教師へと伝えようとしていた。拙い口調で『調子の悪そうな子が、二人いる』と。

 二人、と聞こえた君人。自分と同じように体調を崩した不幸な同類の顔を見ようと、教室の生徒を探すと……居た。机に突っ伏した、太陽の光を良く浴びた活発そうな褐色の肌の男の子を。頭が壊れてしまいそうな激痛に必死に耐え、額に冷たい汗をかいていることから相当辛そうに見える……筈だった。

 その少年を注視すればするほど、体の異常が楽になっていく。それどころか、体が軽くなる一方だった。

 その少年も君人の視線を感じ取り、視線が合わさった。同じように体調が戻っていき、健康体になり、そして体が羽毛のように感じるようになって、全身に活力が漲ってくる。


 ──コロセ。


 誰が口にしたのかわからない、が……二人には聞こえた。確かに聞こえた。二人にしか聞こえない、何かの声。しかしソレには何故か納得がいき、何もかもが二人とも察することができた。

 ──ああ、コイツがいるからいけないんだ。

 アレをなくさない限り、またああなってしまう。殺さなきゃ、生き残ることができない。本能で察する。ああ、つまり……理屈でないのだ。

 二人は、座っていた椅子を武器に喧嘩を始める。生まれて初めて抱いた幼い殺意が、ここで発芽する。











 初めての殺し合いは、教師たちの仲裁で幕を閉じる。所詮は子供で、大人の力には勝てなかった。

 しかし、殺し合いを繰り返し、時が経つにつれて二人を縛るモノがなくなっていく。殺意が、祈りが、渇望が、飢えが、憎悪が力を与えていく。超人という種は、祈りを糧に成長する存在。圧倒的な力に人間が手を負えなくなっていき──教師も、大人も、警察も、軍も、法も、政府も……世界を縛る法則すら、破っていく。

 いつしか彼らは『人型の怪物』、『超人』と呼ばれるようになっていった。人ではない超常の存在。超えてはいけない一線を越えてしまった何か。禁断存在。幾つもの名、幾つもの悪名で呼ばれていった。

 殺しも、いつの間にか慣れていった。邪魔をするからだった。殺し合いのとばっちりを受けて滅びた地域、国家は両手の数では足りない。被害は金額に表すだけで天文学的数字になっており、全世界で経済崩壊が引き起こされている。現在ではどの国家も二人に対してはノータッチを貫いており、黒城将也と白谷君人という人物は存在しないという抹消宣言すらした。存在しないモノに罪は裁けない。国という縛鎖から解き放たれた今、何も邪魔をするモノはない。最後のストッパーであった肉親も、今日消えた。


『死ねっ!』


 拳と蹴り、衝突した瞬間に暴風が巻き起こる。大型台風の暴風域に匹敵する風速が、何もなくなってしまった場所に吹き荒れる。

 殺意が増す。憎悪が滾る。力が無限に溢れていく。コレを殺して、今度こそ自分は平穏を手に入れる。二人はそう信じる。盲目的に、己のみを信じて、目の前の同種を滅さんとする。


「シッ!」


 君人が振りかぶる手刀。鋭すぎる一閃は空を切ろうとも、生じた風圧は砂埃を巻き上げて視界をくらませた。


「喝っ!」


 それを無意味と、将也は肺活量のみでその砂煙を逆に押し出した。

 超人同士の殺し合いは、人の領分を超えた力のぶつかり合い。ただのパンチ一つが原爆と同等の破壊力を持ち、自然科学ではありえない現象を引き起こす。


「浮かべ」


 位置を指定し、対象を固定。指を向けられた将也が、同極の磁石を近づけたかのように地面から反発し、空へと弾き飛ばされた。

 PK──サイコキネシス。念動力といった、接触せずに物理的エネルギーを生み出して操る、超能力の代表例の一つ。君人が好んで用いる能力であり、将也の心臓を潰したのもこの力によるものである。微惑星落下のように巨大なクレーターを作り出すほどのエネルギーを出すことも可能としている。

 高く、高く飛ばされ続ける将也は、抵抗をあえてしない。念動力による拘束は解こうと思えばできる。その気になれば容易く拘束を引き千切ることができると将也自身は自負している。それをしない理由は、超人という存在は地上は余りにも狭苦しいからである。

 第三宇宙速度を超えた速さで成層圏を超え、中間圏、熱圏、外気圏から放り出され、宇宙空間へと放り出される。真空の世界、虚空の暗黒、将也にとっては既にもう、慣れ親しんだ場所であった。月で殺し合い、火星で殺し合い、水星で殺し合い、金星で殺し合い、木星で殺し合い、土星で殺し合い──時には、極熱の太陽のプロミネンスを浴びながら殺し合ったこともあった。

 真空?無重力?気圧?将也は鼻で笑い飛ばして世界法則を否定し捻じ曲げてしまう。そんなことで死ぬか。そんなもので殺せるか。超人は、現実を捻じ曲げる信仰と祈り、渇望があるからこそ超人なのである。

 将也の祈りは、『俺こそ唯一絶対で最強』。子供のような、稚拙で理屈になっていない願いである。例えるなら子供の遊びで『バリアー』と言えばどんな干渉も一切通じない無敵の防御、『死ね死ねビーム』と宣言してしまえば、ありとあらゆるものを問答無用で抹殺する最強の光線を放つことができる。言ったモノ勝ち、やったモノ勝ちの文字通りの反則。そんな願いを、将也は叶えたのだ。

 将也は、自分は無敵・最強であると願い続けた。己の隣に誰もいない。居させない。頂点は唯一だからこそ頂点なのである。ピラミッドの頂点が、一点だけと示すように。──しかし、それに抗い続ける存在もまた、存在した。

 宇宙にまで放り出されていい加減面倒になり、念動力の拘束を引き千切ろうとするが……腕どころか、指の一本も動かない。

 将也は感じ取る。ここに、居る。首は動かずとも、存在が色濃く感じ取れる。地球に居たはずの君人が、いつの間にか将也の背後に回って念動力で縛り続けているのが、ハッキリとわかってしまう。

 瞬間移動──テレポーテーション。超能力の代表的例の一つであり、これもまた君人の得意とする能力である。将也と君人の離れた距離という三次元空間を、法則を否定して二次元という面にし、さらに歪めて一次元の線、押しつぶして0次元の点とする。そこにもう距離はない。あらゆる場所へと君人は行くことが出来る上、あらゆるモノを追放することができる。

 君人の信仰は、『黒城将也を圧倒する力』を渇望した。その願いの根底には、先に超人に覚醒したのが将也であった過去が原因となっている。人間から完全に凌駕したその力を目の当たりにし、憤怒の感情を爆発させる。──ふざけるな、お前に俺が負けるものか。倒れ伏すお前を足蹴にするのは俺なのだ。

 将也を圧倒する力を、君人は得ることができた。将也が強くなればなるほど、比例して君人もその力を増幅させる。法則を否定することのできる将也に君人の使う超能力が通用するのは、この理屈があるからである。故に対抗存在。黒に対する白。万物を無力化させる『バリアー』を『スーパー死ね死ねビームだからバリアーは意味ない』という理屈で済ませてしまう。

 だがここで矛盾が発生する。『唯一絶対最強』の祈りは例外など存在しない。誰であろうと降す。何であろうと踏み潰す。そうでなければ最強ではない。でなければ嘘である。何ものも己より上に立つことを、ピラミッドの頂点に立つことを許さない。

 よって、圧倒された筈の君人の力を、将也は瞬時に上回る。将也の力が強大になった瞬間、君人の力も増大する。そしてまた、将也の力が──。

 際限ない力の無限ループ。AがBを、BがAを、それを何度も何度も繰り返す。

 まるでどこかで経験した、あるいは見た事のある子供同士の遊びのように見えてしまう。──『俺はスーパー死ね死ねビームだからバリアーは意味ないぜ、はい死亡〜』『俺のバリアーは無敵バリアーだからそんなビーム反射だぜ、はいお前死んだー』──こんなやり取りを、どこかで見た事はないだろうか?

 結局のところ、彼らは子供同士のじゃれ合いをしているのと何ら変わりはない。……ただ、本気で殺し合い、喧嘩の規模がとてつもなく大きくなってしまった。

 将也の動きを封じた君人は戦場をテレポートで太陽系から別の星系へと変え、宇宙空間に浮かぶ岩石や鉱物をかき集め、超高速でぶつけ合って一つの天体を作り上げていく。その様は、まるで神か悪魔か。

 頭上を指差し、その先には太陽の約十倍の質量の惑星が形成されていた。構成物は表面に岩石、核はほぼ鉄で占められ、核融合を引き起こして真っ赤に燃え盛っている。念動力で重力崩壊を押し留めている状態で、いつでも超新星爆発を君人の意思で引き起こせる。

 まだ、足りない。たった一つの恒星による超新星爆発で、将也を殺めることなどできやしない。地球付近で発動すれば、確実に全生命体を絶滅させることのできる強力なガンマ線の熱量で、肌を焦がすのがやっとだろう。君人はそう考えていた。

 手は、既に打ってある。

 テレポートの応用技術であるアポートで取り寄せるのは、別の星系で同じように作り出した超新星爆発寸前の恒星。この場で作っている時に並行して作り上げており、その数、計二十個。

 その恒星全てを、一つにする。そのような無茶苦茶を、君人はやろうとしていた。超新星爆発で足りなければ、極超新星爆発──ハイパーノヴァのガンマ線バーストで焼き尽くす。君人の超能力は、それを可能にした。


「……そんなモノで、俺を殺せると思ってるのか?」


 将也の不遜な態度は変わらない。大規模なエネルギーの塊を前にしても、その自信は全く揺さぶられることはない。己こそが絶対で最強、そう信じ切っているからこその、絶対性であった。


「まだだ……!」


 二十の恒星を融合させた大天体をそのまま爆発させても、将也の言葉通り効果は薄い。そんなことは君人も分かり切っている。将也を殺す、その意味は自分すら殺す一撃でなければならない。今を超え、超え続けなければ絶対に将也を殺すことなどできやしない。

 頭上に指差した手を、握り潰すように閉める。

 ──瞬間、太陽の約二百倍の質量の天体が一瞬にして、パチンコ玉大の大きさへと一気に圧縮された。

 質量は一切変わらず、手のひらに容易く握り込める大きさに縮めるなど、物理学の分野の方々から真っ向から喧嘩を売っている現象である。しかしこの程度、今更超人同士の殺し合いにおいて驚く事象ではない。


「……へぇ」


 将也が感嘆の言葉を漏らしたのは、太陽の二百倍質量の大天体を極限にまで圧縮させたことではない。極限にまで圧縮された大天体と同じモノが、次々と君人の周りへとアポートされて集まっていることに驚いていた。


「数は……百、いや二百か……」


 パチンコ玉とほぼ同じ直径の球体が二百個、君人の周りを浮かんでいる。そのどれもコレもが太陽の二百倍の質量を持っており、ハイパーノヴァ規模のガンマ線バーストを引き起こせる。

 なんてこともない。これらもまた、さっきと同じように別の星系で同じように作り上げ、同じように圧縮させ、同じように引っ張ってきた。単純な作業を繰り返して行っただけに過ぎない。


「お前は死ね、俺は生きる」


 やろうと思えば宇宙観測史上最大のハイパーノヴァすら可能にできるが、それをやって殺せなければ後に残る手段は数えるくらいしかなくなってしまう上、それ以上の規模になれば君人も何が起こるかわからなくなってしまう。そうなれば、帰る場所である地球もただでは済まない。地球系惑星を作り上げるのは、非常に手間がかかるのだ。

 お前を殺さなければ、俺は生きれない。どちらかが欠けなければ、どちらかが残れない。ならば、お前が死ね。お前が死んで、塵も残さず蒸発すれば、俺が地球に帰れるのだ。


「誰に言ってる。テメェが死ね、蛆虫」


 将也は君人の全攻撃を避けず、防がずに受け止めるつもりでいる。自分が最強なのは揺るぎない事実であるため、格下と見ている君人から避ける理由がない。真正面から叩き潰して殺すことこそ最強たる者の王道。目についた弱者は全て踏み潰す。


「塵どころか、影も残さず蒸発させてやるよ。ゴキブリ野郎」


 君人が腕を振り払うと、周りに浮遊していた全ての恒星は消える。取り寄せるアポートの逆、送りつけるアスポート能力で別の場所へと瞬間移動させた。

 ──頭部、頭蓋骨の内側に五十個。胴体、心臓内部に五十個。四肢にまんべんなく二十五個ずつ。将也の体内に寸分狂いなく埋め込んだ。

 遠隔で容易く心臓を潰すことができる君人にとってはこの程度、児戯に等しい。

 究極に突き詰めたゼロ距離。むしろ、マイナス。外から爆発させても肌を焼く程度にしか通じないのなら、内側から爆発させて木端微塵にすればいい。灰も影も残さない、惨たらしく死んで、少しでも己の溜飲を下げろ。


「爆ぜろ」


 殺意の籠った、爆発の引き金を躊躇いもなく引く。


 ────瞬間、銀河が震える。


 究極超新星爆発──名づけるなら『アルティメットノヴァ』──のガンマ線が届く寸前に、君人は宇宙の最果て──膨張し続ける宇宙の壁の前までテレポートしてその被害から逃れていた。

 自分を殺すつもりでも作り出したモノであるため、君人自身でもまともに爆発を浴びていたらまず死んでいた。

 あのガンマ線バーストは、いずれここにすら到達するだろう。そして、大幅に弱まるとはいえ、あの光は地球にも届きうる。といえども、そんな話は数千億年単位の話題でしかない。

 君人の苛立ちは限界を超えていた。超人同士、お互いが関わる事柄となると怒りの沸点が異常に低くなるが、その怒りの矛先には自らにも向けられていた。


「……あの野郎!」


 生きてやがる。確か過ぎる超人の直感は、殺す矛先の対象に関して言えば絶対の精度を誇っている。それが究極超新星爆発の爆心地そのものと化した黒城将也だろうと、間違いなく生きていると確信させていた。

 証拠に、あの小学校の入学式の日にあったあの頭痛、苦痛が蘇っていた。二人の距離が離れれば離れるほど痛みは酷くなり、殺意が、憎悪が沸きたてる。この症状は超人の本能が超人との戦闘を強制させるものだと二人は考えているが、細かい考察は必要のないものであった。最終的には一人にならなければならないのだから、答えを求める意味はゼロだった。

 ──何が究極超新星爆発だ。何が自分を殺すつもりで作り上げた、だ。結局のところ、直接仕留めなければ意味がない。殺意を向けるべき方向は、いつだって決まっていたはずだろう。

 己の不甲斐なさ、救えなさ、惨めさに悲しさすら覚える。ああ、ちくしょう。いつからこんな腑抜けになった?

 そんな己の罪に対する罰のつもりなのか──完全に回復しきって、先ほどまでとは比べものにならない力を振りまく将也の拳をそのまま腹部に受ける。

 その拳の一撃は、究極超新星爆発すら超えてしまう物理的エネルギーを発していた。速度は光を超え、膨張する宇宙の壁すら凹みを残すほどに。

 全身が、一度、抹消された。君人はそう思ってしまうほどの衝撃を受けた。真実、体全体が素粒子単位で分解される寸前であった。それを押し留めたのは、君人の祈りである『黒城将也を圧倒する力』を欲する念が、死を押し返した。

 もしもの時に残しておいたパチンコ玉大の大天体──太陽の二百倍の質量物質を、また再び将也の頭蓋の内側にアスポートさせる。転送は間違うことはない。寸分の狂いなく、正確に瞬間移動させる。……そのはずであった。

 同じ手には何度も通じない。体内で発生させられた超新星爆発を乗り越えた将也の祈りはさらに強固に、純度を増していた。『唯一絶対最強』、それのみを体現する存在へと成り果てた黒城将也は存在自体が歪みとなり、アスポートの座標を狂わせられた。

 出現した場所は将也の口内。入り込んだ異物を舌で舐めまわして、味を確かめる。……苦い、食えたものではない。サルミアッキの方がマシに思えてしまう。

 奥歯に挟まれ、まるで飴玉のように噛砕かれる。ガリガリと、真空で音が聞こえないにも関わらず、そう鼓膜を震わせて聞こえてくる。

 そして、粉々になった天体だった物を不味そうに吐き出した。同じ超人であるはずの君人でさえ、大きく引いてしまうような光景であった。あり得ない。デタラメが服を着て歩いている。

 だからこそ、なのだろう。君人の戦意が、殺意が、憎悪が、落ちていくどころか増す一方になってしまっている。気持ちが悪いのだ。触れたくもない、こんな存在が居ることに何よりも我慢ならなくなってしまっている。

 生かしておけない。視界に入るな。臭いぞ、汚らしいぞ、即時即決即刻消えてなくなれ。害虫の分際で、誰が存在して良いと許可を下ろした。己は貴様を殺すモノだ。……祈りが応え、君人もまた力を得た。

 己より上を許さない。最強は己のみだ。頂点は唯一であり、その座は自分のモノである。純粋な渇望が膨れ上がる君人の力を察知し、それを追い超さんとしてまた将也も力を増大させる。

 相乗効果が無限に力を与えていく。際限ない力を。いずれは、宇宙そのものを壊す力を。それでも彼らは止まらない。誰もブレーキをかけることなどできやしない。祈りを止めない限り、殺意が途切れない限り、憎悪が止まない限り──戦闘本能は加速し続けていく。











 目の前の存在を殺さなければ生きていけない。────ならば、お前は死ね。彼らは、その選択を選んだ。

 膨れ上がる嫌悪。素粒子の一片すら残す価値はなく、絶滅させなければ気が済まない。殺意を、憎悪を、祈りを食って力になる。それが超人。それが、黒城将也と白谷君人。


 (まさや)(きみと)は、オセロのように力で宇宙という盤上で埋め尽くしていく。無限というものが存在しないように、限られた盤の上で戦い続けていく。升目がなくなれば、盤を壊してその盤外で。壁があるなら、壁を壊してその先へ。敵を絶滅するまで、どこまでも、いつまでも。


 ────その果ての末がどうなったのか、今後一切明らかになることはないだろう。


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