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クレイジーラヴ(前編)

作者: 東風

春まだ浅い日の午後、僕は川沿いの公園にいた。

ベンチに腰掛け、缶コーヒー片手に何気無く求人誌を見ていた。

「山本さん?」

突然の問いかけに前を見ると、自転車に跨った一人の女性がいた。

「やっぱり先輩だ。こんなとこで何やってるんですか?」

目が悪い僕はポケットから淵なしの眼鏡をとりだし、改めて見上げた。

「美紀か?」

「私が美紀以外の誰かに見えます?」

すぐに美紀と分かったが、女の10年は一人の女をいかようにも変化させる。年を追うごとにやつれる者や醜くなる者もいるが、上手に年をとると完熟するというか、酸いも甘いも噛み締めさせ見事に綺麗になる女がいるものだ。美紀がまさしくそれだ。

「久しぶりだな。ホントに俺が卒業して以来だもんな。元気してたか?」

「そりゃもう、お陰さまであれからインターハイまで行きましたよ。」

僕と美紀とはバレーボール部の先輩後輩の関係だった。

当時は男子バレーボール部は毎年と言っていいほどインターハイの常連校だったのに対し、女子の方は県予選でも二、三回戦までしか勝ち上がれない程低迷していて、そこをインターハイ出場までにひっぱった立役者が美紀だった。


「ところで先輩って東京に行ってましたよね。求人誌なんか拡げてるとこみると、辞めて帰って来ちゃったんですか?」

「お前も相変わらずストレートに聞いて来るよな。ああ時代のあおりを受けてな。」

ずっと外にいて体が冷えたらしく、急に身震いをした。

「お前今暇なの?」

「ん、別に用事はないですけど何でですか?」

「だったらすぐそこに喫茶店があるんだけど、よかったら付き合ってよ。」

その問いかけに

「いいですよ。先輩にデートに誘われて断る理由ないですからね。」

「馬鹿、そんなんじゃないよ。寒いから早く行こう。」

僕は内心、嘘でも今の美紀の言葉はうれしかった。本当にデートに誘おうかとマジで考えたくらいだ。

カランコロンと時代遅れの開き戸を開け喫茶店の中に入ると、今日もあちこちで職業安定所帰りみたいな人間がいた。目の前に職安があり、ここは職探しの人間の溜り場になる。いつもは僕もその中の一人だが…

「ホットミルクティー二つ。お前もそれでいいか?」

やがてミルクティーが運ばれ一口飲む。

この喫茶店のミルクティーだけはなかなかいける。本場イギリス産のアールグレイが使ってあるらしく、それに加え濃厚なミルクと、この店唯一のこだわりらしくロイヤルミルクティーさながらだ。

「美味しい。先輩もいい店知ってますね」

本当にうまそうに飲む美紀の顔は、学生時代のあどけなさがまだ若干残っててかわいかった。

「そういやお前の話は何も聞いてないな。彼氏とかはいないのか?」

急に美紀の顔が曇り

「私バツイチなんです。つい最近離婚したばかりなんですよ。」

人間にはそれぞれ歴史があり、美紀にもそれなりの歴史があったんだ。

「そうか…そうだお前鎌田の話知ってるか?」

「鎌田先輩どうしたんですか?」

強引に話題を変えたが、それからはとりとめのない話に二人夢中になり、二時間くらいたったところで喫茶店を出た

「先輩また逢えませんか?」

喫茶店を出た矢先に美紀から言われて、俺は嬉しいやら驚きやらで

「いいけど、どこで逢うんだ?またこの喫茶店ってわけにもいかないだろうし。」

「それは任せて下さいよ。いいお店があるんで今度はちょっとお酒も交えてゆっくりお話しましょ?」

「わかった、また携帯にでも連絡くれよ。」

そしてふたりはその場で別れた

「先輩!」

ちょっと離れたところから大声で

「言っときますけど、今度逢うときは本当のデートだから先輩もそのつもりでいて下さいね!」

 と言って自転車をこいで去って行った。

いくら鈍感な俺でも美紀が俺に好意があるのが分かった。

東京の会社をリストラされて地元に帰って来たときから今日まで失意のどん底にいた俺だったが、なんだか運がついてきた気がして翔び上がるほどだった。今から携帯の着信が気になって仕方なかった。


あれから二日たった。今日もまた職安の帰りにこの喫茶店に立ち寄った。まだ美紀からの着信はない。ミルクティーを持って来たウェイトレスが、

「何かいい職見つかりました?」

この喫茶店でもう一つの売りと言ったら、このウェイトレスだろう。背は低くえくぼのある顔は可愛くでき上がった子だ。何回か店に足を運んだが、話かけられたのは今日が初めてだった。

「うーんまぁ中々ね。」

「厳しいですよね。私も今就職活動の最中なんですけど中々いいとこなくて。」

彼女は喋りが非常にスローで、それがまたなんとも心地よい響きを奏でる。

「君学生さんなんだ。そうか、大学生も厳しいね。」

「そうなんですよ。…それより一昨日の綺麗な人って彼女ですか?」

今日はこの店も相当暇らしく、客は僕だけ。たからこの子も暇をもてあましてるらしく、お互いが暇つぶしの相手になってしまっている。

「そんなんじゃないよ。あの子は僕の後輩だよ。」

「そうかなぁ、なんかそれ以上のものを感じましたよ。羨ましいな。」

「ハッハッハ何を言ってるんだか。それより仕事しなくて大丈夫?」

チラッと時計を見た彼女は

「あら、もうバイト終わっちゃった。」

「おいおい、店長に怒られるぞ。」

「いいのいいの、それよりこれから何かあります?」

「俺のスケジュール帳は三年くらい真っ白だよ。」

「じゃあもしよかったら一緒にご飯でもいかがですか?」

おとといの美紀からこんなにトントン拍子でいいのかと思うほど運が上向いてる気がする。こんなに若くて可愛い子から食事に誘われるなんて、夢にも思わなかった。

「分かったじゃあ店出て裏の公園で待ってるよ。」

そう言って会計を済ませ、公園で待ってると程なく彼女はやってきた。

いつも店のユニフォームしか見たことなかったから、ちょっとドキッと胸が高鳴った。

髪はブラウンのロングで服はブーツに黒のセーターとミニスカート白のジャケットという、いつもはかなり幼く見える彼女がかなり大人に変身してきた。

「すいません。じゃ行きましょ?」

「君もそういう服着ると見違えるね。」

「キャッ、誉められた嬉しい。」

そんな他愛ない話をしながら歩くと、

「ここです。」

普通のファミリーレストランだった。

「ここで?」

「え、駄目ですか?」

よく考えるとこの子も学生で外食って言ったらファミリーレストランになるのも無理はない。僕は前の会社からボーナスと退職金があって、懐には余裕があったので、

「今日は僕に任せてくれない?」

「どこに連れてってくれるんですか?」

「海沿いのハンバーグ専門の店があるからそこに行こう?」

タクシーを拾い、その店に向かった。

「わぁ高そう!こんな店大丈夫なんですか?」

「僕も一応大人だし、君と一緒でファミレスってわけにもいかないしね。」

ウェイターに席を案内され、ワインとグラスを二つ頼んだ。

「君も飲めるんだろ?」

「うん大丈夫」

やがてワインが運ばれ乾杯をした。

「あぁ、このワイン凄くおいしい。でも高いんでしょ?こんなワイン飲んだことない。」

はしゃぎ立ててワインを絶賛するところは、やっぱり可愛いと思った。

「値段のことは気にしないで。今日は食事を楽しもう。ところで名前を聞いてなかったね。僕は山本一夫。」

「ごめんなさい名前も名乗らずに。私は阿藤麻耶っていいます。すいません名前も知らない私をこんなところに連れてきてもらって。」

見た目からは想像がつかなかったが、中々礼儀を知ってる子だ。

「いやいや、僕もなんか無理言って連れてきたみたいで悪かったね。かえって気を使わせちゃったし。」

そうしてるとジュージューと鉄板に乗ったハンバーグが運ばれてきた。一口ほうばった彼女は最初言葉にならなかったらしく、それから

「このハンバーグヤバい!今まで食べたハンバーグって何だったんだろう。」

あとは黙々と食べていた彼女も凄く可愛く見えた。最後にワインで流した彼女は手をあわせ

「ごちそうさまでした。山本さん今日は大ヒットでした。ありがとうございました。」

先に食べ終わっていた僕は、ワインを飲みながら、

「どういたしまして、喜んでもらえたら嬉しいよ。」

更に

「ところで今日はなんで僕みたいなオジンと食事しようって思ったの?」

彼女は淡々と

「うちの喫茶店って凄いおじさんとか反対に若い人しか来なくて、山本さんみたいなナイスミドルってかなり少ないんですよね。山本さんって渋いし、私的にはかなり好みだったんでダメ元で声をかけてみたんですよ。だから今日は大正解でした。山本さんもイメージ以上の人だったし。」

少し照れながら

「それはあんまり買い被り過ぎだよ。」

「そんなことないよ。山本さん自分では気づかないかもしれないけど凄く渋いですよ。」

そのあといろんな話を、特に就職のことなどを話しワインもそこそこすすんだところで店を出た。

「ねぇ、ちょっと歩こう?」

そう言われ海沿いを歩いた。彼女は結構飲んだらしく、フラフラしていた。

「大丈夫か?」

「うん大丈夫だけどちょっと腕貸して?」




そういうと腕を組んだと思いきや、つまづいて転びそうになったので、反射的に抱きかかえた。

「ごめんなさい。」

「やっぱり歩きは無理なんじゃないのか。」

体を起こしてやったが中々離れようとはしなかった。仕方なく堤防を背もたれに二人で腰かけた。彼女はしばらく目を閉じていた。

「なぁ、いい加減タクシー呼ぶぞ。」

「待って。」

「どうした?」

更に目を閉じながら

「キスして?」

耳を疑った。こんなに若くて可愛い子からキスをせがまれ、さすがに普通じゃいられなかった。

そっと唇を合わせた途端彼女が抱きついてきた。

「おねがい。」

そのひとことで完全に理性を失った。

そのままタクシーを拾った俺は麻耶と一緒にホテル街へ向かった。

昨夜の事を思い出しながら両手を見つめ、煙草をくゆらせながら布団でごろごろしていた。

あんなに若い子との一夜なんて初めての体験で、忘れようったって忘れられない。今日は勿論朝帰りで昼過ぎまで寝ていた。別れ際に麻耶からメモを渡された。

『また逢いたいです。』の後に携帯番号とメールアドレスが書いてあった。

「僕みたいなオジンのどこがいいんだろ。」

僕は今年で32歳になる。

携帯を取りだし、麻耶の番号を登録しようとした途端に着信があった。美紀からだ。

「先輩今日の夜は都合つきます?」

「ああ大丈夫たよ。」

「それで今日は当時のバレー仲間も一緒にミニ同窓会しちゃおうって話になったんですけどいいですか?」

正直助かった。昨日の今日でまた美紀と昨日みたいなことになったら身がもたないと思った。

「僕は全然構わないよ。何人くるの?」

「男女合わせて7、8人くらいかな。」

「結構集まるな。」


夜になり居酒屋に集合ってことだったので現場に出かけた。

「山本おせーじゃねぇかよ。」

まず第一声が同級の白川だった。

白川はバレー時代リベロとして活躍した男で、

僕たちの代はこいつがいなかったらインターハイには行けてなかったといわれる程なくてはならない存在だった。その白川と同級は女子の安斉だけ。あとは一つ下に熊田、で、二つ下が女子の兼元、真木、そして時任美紀の計7人だった。同窓会はかなりの盛り上がりをみせ、特に白川が色々絡みまくって大変だった。

「よう安斉。久しぶりだったな。」

「一夫、あんたも変わんないね。」

ビールを酌し合った。ここに入って来たときに美紀より先にこの安斉成美が目に飛込んで来た。高校時代?僕はこの成美と交際していた。

「あれからどうしてた?」

僕は高校卒業後すぐに東京に就職したので、卒業後は二人遠距離になりしばらくは電話や手紙などで疎通をはかっていたがだんだん途絶えだし、自然消滅していった。

「あれからね…あれっきり時が止まった感じ。」

成美の顔が深く沈んだようだった。

「悪かったな。俺もあっちじゃかなり忙しくて、結局あぁなってしまって。」

「それは仕方ないよ。って言ってもしばらく踏ん切りつかなかったけど…」

「先輩!」

美紀が隣から、

「これから私達三人で同窓会の続きすることになったので中座しますね。」

すると、相変わらず白川が妙な絡みをしてきた。

「俺も仲間に入れてくれよ。」

かなり酔ってたみたいで、美紀らは足早に居酒屋を出た。白川はその場で寝てしまっていた。

「お開きにするか?」

熊田に会計と白川を任せ、僕と成美はタクシーに乗った。そして成美と高校時代によくお喋りなどした公園のベンチに座った。

「私、今でもまだ踏ん切りつかないよ。」

成美もちょっと酔っていたのか、酒の力を借りてか、涙を流しながらこんなことを口走った。

「誰かと付き合ってるの?」

成美の質問に改めて考えさせられた。美紀とは付き合ってるのとはほど遠いし、摩耶ともあの日一日のことはあるにせよ僕の中では付き合ってるという認識はなかった。

「今のところは…」

「ねぇ、私達もう一度やり直せないかな?」

そう言うと実は限界だったらしく、抱きついてそのまま僕の胸で号泣した。


僕は初めて気づいた。僕の行為で成美はここまで追い詰められてたんだと。

「今までほったらかしにしてごめんな、成美。」

相変わらず泣きじゃくったまま。首を横にふった。僕は成美をギュッと抱き締めた。今までの空白を少しでも埋められるようにと。

ようやく泣きやんだ成美は、化粧がぼろぼろだった。ポケットからハンカチを取りだし涙を拭いてやった。

「ありがとう。」

その言葉に反射てきにキスをしていた。自分でも驚くほど大胆な行動だった。

成美も僕にしがみつき甘い時間が流れた。もう夜も更けてきたので、成美とはその公園で別れた。

しばらく余韻に浸りながらポケットからタバコをとりだすと、タバコが空だった。

「里川商店があったな。あそこに行ってみよう。」

里川商店はなくコンビニに変わっていた。里川商店ってたばこ屋は昔からの幼馴染みがいたところで、久々に顔を合わせようと思っていたので残念だった。仕方なくコンビニに入ると、奥から品出しをしている店員が、

「いらっしゃいませ。」

と、いかにもその気のない声をかけてきた。詰め所みたいなとこからもう一人のおばさんの店員が出てきた。

「わぁ、かーくんじゃない?」

里川商店の幼馴染みのお母さんだった。

「えーホントだ、かーくんだ!」

奥で品出ししてた子も似たようなリアクションをしてきた。幼馴染みの亜紀子だった。

「二人とも元気してたんだ。店も立派にコンビニなんかにしちゃってさ。おばさんが社長なんだ。」

「社長じゃないけどさ、しかし何年ぶりかねかーくん。」

「軽く10年はたってるよね。途中で一回逢ってるから。」

亜紀子も品出しが終わったらしく、

「お兄ちゃん久しぶりだったね。ずっとこっちにいるの?」

亜紀子は小さい時からよく遊んでやった妹みたいな奴だった。歳は七つ離れてたから25歳くらいにはなってるだろう。

「多分当分はこっちにいるよ。」

「そうなんだ。じゃあたまにはまた皆でご飯食べようよ。ねぇ母さん。」

「そうだね、またかーくんが一緒ならたのしいね。」

このおばさんはいつまでたっても僕を子供扱いする。でも別にいやじゃなかった。

「店はあとやっとくから二人で二階に上がってお喋りでもしてきなさいよ。」

「いいの?!やったー!お兄ちゃん行こ行こ。」

亜紀子に腕を引っ張られ二階へ上がった。亜紀子は25の割にキャピキャピしていた。腕を組まれたときに感じたが、亜紀子の体は出るとこが出ていて幼い頃からは創造がつかない程

女らしい体になっていた。特に胸の張りは外人でもそうそうかなわないほど大きく張っていた。

「あっちゃんさ、ずっとコンビニ一本なの?」

「あっちゃんって呼んでくれるの今お兄ちゃんだけだな。うん高校卒業してからずっと家族で店をきりもりしてるからね。」

そう言いながら奥で着替えたらしいが、その格好がタンクトップに短パンと亜紀子のその体を強調した服で色気ムンムンしてきた。亜紀子にとってはやっぱり僕はお兄ちゃんでしかないのか全く気にしてない様子だった。

「お兄ちゃんビールでいい?」

同窓会でかなり飲んでたぼくは、烏龍茶にしてもらった。亜紀子は相当好きらしくウイスキーをロックで飲んでいる。

「強いなあっちゃん。」

「だってこれしか楽しみがないんだもん。」

その間にもウイスキー三杯は飲んでいた。

「お兄ちゃん何で帰ってきたの?」

「会社辞めさせられたんだよ。」

どうもこの質問には慣れない。

18歳から約14年勤めあげた会社をただ不況というだけで辞めさせられた。自分でもやりがいのあった仕事だっただけに辛い辞令だった。

烏龍茶を飲み干し、

「あっちゃん僕にもちょうだい。」

そう言うと氷も入れずにウイスキーを一杯一気に飲み干し、途端に涙が流れてきた。



「ゴメンねお兄ちゃん。変なこと聞いて。」

心配になったのか亜紀子は顔をのぞき込んできた。

更に亜紀子まで、

「お兄ちゃんが泣いてると私まで悲しくなるよ。」

今度は後ろから抱きつき泣いてしまったようだ。

背中に当たる胸の感触がすぐに涙を止めた。次の瞬間には亜紀子を押し倒していた。

「お兄ちゃん…」

不安な表情を見せた亜紀子に幼馴染みの感覚はなく、

一人の女としてみていた。


しばらくすると亜紀子が

「お兄ちゃんならいいよ。」

そう言うとゆっくり目を閉じた。こうなると僕の欲望もとどまるところをしらなかった。昨日に続き今日も違う女と一夜を共にしてしまった。


また僕はタバコをくゆらせながら、両手を見つめていた。

昨日あの間に美紀からの着信が三件入っていた。摩耶からはメールで

「また喫茶店で待ってます。」

ちょっとヤバい気がした。特に摩耶には後ろめたいものを感じる。

午後から職安に出かけ、麻耶の仕事が終わる三十分前に喫茶店に入った。

「ローズ」

というのがこの喫茶店の名前だが、ローズと言う割には中も外も白い壁でとても店の名前と一致してるようには思えない。

「いらっしゃい。」

相変わらずスローに心地よく飛込んで来る麻耶の声だ。

「この前はありがとう。」

気恥ずかしそうに喋る麻耶に

「どういたしまして。」

「今夜は空いてます。」

今日も客は俺一人に奥にもう一人いるだけだった。

「今日は別の用事があるんだ。ごめん」

「ふーん、別の用事ね。この前の綺麗な人?」

飲んでたミルクティーを吹きだすとこだったが堪えた。図星だった。今日は職安の前に美紀と夜の約束をして来てるから、

「そうじゃないけど、今日は麻耶の顔を見に来たんだよ。あさっては空いてる?」

「明後日は大丈夫だよ。」

ちらっと時計を見たあとに、

「そろそろ行かなくちゃ。またあさってメールするよ。」

「うん、待ってる。」

と、丸いトレンチを抱きながらニコッと笑う麻耶の可愛さはまた格別だった。明後日が楽しみだ。



デパートの前で待ってると美紀がやってきた。

「おまたせしました。こっちです。」

パンツスーツで来た美紀は周りの男から視線を浴びまくっていた。バレーをやっていたせいで身長は170センチはあるし、顔もかなりの美形だ。恐らくミスユニバースにでても遜色はないと思う。その美紀と歩くのはなんとも誇らしかった。

「ここです。」

そこは古い時代のアメリカを思わせる、落ち着きのある店だった。

「お前にこういうセンスがあったとはな。」

「なにそれ!どうせ私はセンスないですよ。」

軽い冗談を交わし、乾杯した。二人は食前酒にマティーニを飲んだが、美紀はすぐに顔を赤らめた。

「お前そんなに弱いの?」

「うん、こんなに強いお酒は初めてですよ。」

色白の美紀はさくら色に変色していた。

「いつもは友達とお喋りに来るからお酒はあんまりすすまないんです。」

カウンター越しからマスターが、

「美紀ちゃんいつもはうすーい焼酎なんですよ。マティーニなんて飲めるとは思えなかったけどね。」

グラスを拭く手を休み休み、笑顔で話してくれた。美紀はホントにここの常連らしい。

僕はマティーニを二杯、美紀はカクテルグラス半分飲んだところで料理が運ばれた。店の雰囲気はアメリカンだが料理は多国籍といったところで、パスタ、ピラフ、エビチリ等々色々な料理があるなかで、二人ともなぜかパスタを選んだ。食事も手早く済ませ、また酒を飲みながら語り始めた。美紀はさすがにいつもの焼酎にした。

「私、中々子供を生めない体なんです。」

それが元で旦那とズレ始め離婚に至ったらしい。

「そうか、お前も大変だったな。」

「先輩こそ東京で色々あったでしょう?私なんかよりずっと辛かったでしょうに。」

傷の舐めあいだった。

「昨日あれからどうだったんですか?」

急に話がとんでビックリした。

「昨日真木から初めて聞かされたんですけど、先輩って安斉先輩と付き合ってたんですって?」

当時は安斉との交際は非公開だったから部員の中でも知ってる者は少数だった。どうやら美紀は知らなかったらしい。

「まぁ昔はな。」

「今はどうなんですか?」

「今は微妙だな。」

昨日交際の再開を安斉に求められてるから、はっきり言うわけにはいかなかった。

「私今日ハッキリ言います。私高校時代からずっと先輩のことが好きでした。」

人間には

「モテ期」というのがあると何かのメディアで聞いたことがある。今の僕は確実にその周期にいるのだろう。

少し考えた後、

「美紀さ、凄くうれしいよ。けど僕はつい最近帰って来たばかりで再就職しなきゃなんないし、自分のことも少し考えたいし、その返事をすぐに出すわけにはいかないんだ。」

美紀もワンクッション置いて答えた。

「私もすぐに結果は求めないです。今日のところは告白出来ただけでよかったんですよ。」

その後しばらくは無言で酒をのむだけだった。

「出ましょうか?」

「そうだな。」

店をでるときにマスターが、

「美紀ちゃんはいい子だからこれからもよろしくね兄さん。」

と、声をかけてくれた。

店を出て歩きながら色々喋った。美紀と僕のアパートの分岐点で、

「先輩今日はありがとうございました。」

「いやいや、こちらこそ。」

「じゃあ。」

とわかれようとしたが、

「美紀!」

こっちを振り返る美紀に、

「今日は嬉しかったよ。」

「私も。じゃあまた今度。」

どこかのドラマで絶対に使われてそうなシーンだった。

この日だけは美紀に気持ちが傾きかけていた。と、思いきや…

アパートに帰る途中、昨日成美と話した公園を通った。

「成美か?」

安斉成美がベンチに座っていた。

「一夫、待ってた。」

もう三月だというのにニュースで

例年をかなり下回る気温と言うだけあって、ずっと冬日が続いていた。その寒い夜に待ってたらしく、成美はガタガタ震えていた。

「馬鹿、何でこんな日に、風邪ひくだろう!」

「だって…」


昔から泣き上戸の成美は体を震わせながら泣いていた。

「僕のアパートそこだから来いよ。」

部屋に入れてやり、ストーブと毛布で成美を暖めてる間に僕はコーヒーを入れてやった。

「どうだ、まだ寒いか?」

手足を擦るように暖めてやり、

「何もこんな日に外で待つことないじゃないか。」

また泣き出した成美をそっと抱擁してやった。

「寒いなか待った甲斐があったな。体よりも心が暖まる感じ。」

僕も成美との距離が縮まった気がした。

「やっぱ一夫じゃなきゃ駄目みたい私。」

美紀と成美を天秤にかけている自分がいた。

「私達、高校の頃って一度も無かったね。」

「何が?」

その時には既に成美の方からキスをしてきた。あんなに奥手だった成美からされるとは思ってなかった。それからは上手の僕のペースにもちこみ、またまた違う女と一夜を共にした。



またまた両手を見ながらたばこをくゆらせていた。もう昼だが、隣では成美が気持ち良さそうに、しかも満足気に寝ている。


周りには血のついたティッシュが散乱していた。驚いたことに成美は今まで女の喜びを知らないままこの歳まで生きてきたらしい。

「最初は一夫に奪って欲しかったの。」

最中に言われた時は嬉しかったが、いまはなんだか複雑な心境だ。

成美を起こしアパートを一緒に出て見送ったその足で職安に向かった。

もう何日もここに通ったが、昨日まで希望の企業は皆無だった。最近はサジを投げつつあったが、今日は一件該当した。

東京に18で就職した建設会社では二十歳まで現場にいて、それ以降は設計士の資格をとりずっと設計をしていたため、こっちでもその経験を生かすために探していたが、今日ようやくみつかった。「明日の15時に面接出来るそうなので、この住所に行って下さい。」

係の人に連絡してもらい必要事項を書いた紙を渡された。

その紙に目を通していると、

「かーくん!」

肩を叩かれ振り向くと、亜紀子がいた。

「見つかったんだ、かーくん。」

あの日を境に亜紀子はお兄ちゃんとは呼ばなくなった。

「亜紀子こんなとこで何してんだ?職探しか?」

僕もあっちゃんと呼ばなくなった。「じゃなくて求人に来たんだよ。さすがにお母さんと私じゃきつかったからね。なんならかーくんが来てもいいよ。」

「そうだな、明日の面接がだめだったら雇ってもらおうかな。」

二人で職安を出た。この職安の向かいが麻耶のいるローズだ。

「かーくん今夜うちに遊びに来ない?」

「今夜かぁ。」

少し考え

「迷惑じゃないのか?」

「迷惑だったら呼ばないよ。じゃあ色々用意して待ってるね。」

 



夜になり、僕は里川商店に訪れた。

「かーくんいらっしゃい」

最初に声をかけてくれたのはおばちゃんだった。

「今亜紀子が二階で支度してるとこだよ。私も後から来るから上がってて。」

今日はこの日の為に間に合わせるように、バイトを入れたらしく新入りの大学生が入っていた。

外階段から二階に上がると、亜紀子が支度していた。

「へえ、スキヤキかぁ。何年も拝んでないよ。」

「お母さんがね、かーくんはこういうのが喜ぶんじゃないかって」

「よく分かってるなぁ、さすがおばちゃん」

「ちょっと!お母さんだけじゃなくて用意した私も誉めてよ」

外階段を上がってくる音がした。

おばちゃんも揃ったところで乾杯し三人ともビールを飲み干した。

「だけど不思議だねぇ、かーくんとこうしてお酒を飲むなんてさ」

「俺は嬉しいよ。おばちゃんと酒を汲み交せるなんてさ。」

「あら!かーくんは東京に行ってる間に口がうまくなったねぇ。」

三人で酌をしあいながらビールびんが二本空になっていた。

それからスキヤキをつついたりして一時間近くたった頃、下の店のほうから呼び出しのインターフォンが鳴った。亜紀子が店の方に行こうとしたのを、

「お母さんが行ってくるから、亜紀子はかーくんとここにいて」

亜紀子は結構な量を飲んでいて、とても店に出れる状態じゃなかった。

部屋に亜紀子と二人になった。と言っても昔は二人きりでこの部屋でしょっちゅう遊んでいた。俺も亜紀子も一人っ子だったこともあって、二人は実の兄弟姉妹のように慕っていた。酔った亜紀子は僕の肩に寄りかかってきてコトンと寝てしまった。

「お父さん…」

亜紀子の寝言にふいに昔が蘇ってきた。仏壇の上の一枚の遺影にはおじさんが写っている。つまり亜紀子のお父さんだ。

「あれから何年になるかな?」


中学三年の夏だった。当時はまだタバコ屋だった里川商店は通学路だった。いつも店番をしていたおじさんに

「おはよう、おじさん」

「おう、おはようカズ坊」

帰りも毎日あいさつをして帰っていた。


ある日の帰り里川商店は様子が違った。

喪服を着た人達が出入りしているのを見て慌てて階段を駆け上がり部屋に入ると

おじさんの変わり果てた姿の横におばちゃんと亜紀子が座っていた。

車にはねられたおじさんはほぼ即死で運ばれたらしい。

「かーくん」

「お兄ちゃん」

泣き崩れるおばちゃんと亜紀子を抱いてあげたその日からは、ただの友達としてではなく家族のように、特に亜紀子には自然と兄のように接していた。




亜紀子の頭を撫でながら、

「ごめんな、寂しかったな」

布団を敷いて亜紀子を抱えて寝かした後部屋を出た。

下に降りると店ではおばちゃんが品出しをしていた。

「おばちゃんも大変だったろうな」

しばらくおばちゃんの後ろ姿を見た後店に入り、

「おばちゃん、帰るわ」

「かーくん、もう帰るの?ってか亜紀子は?」

「亜紀子は寝ちゃったよ。多分、疲れたのかな」

「もう、ごめんね。またいつでもいらっしゃいよ。」

「いやいや、何言ってんだよおばちゃん、今日はたのしかったよ。じゃまた」

「あ、ちょっと待ってかーくん」

そう言われると、奥のスタッフルームに入れられた。品出しの続きはアルバイトの子が引き継いだ。

「ねぇかーくん、かーくんさえ良かったらこの店継いで貰えないかな」

突然のことでしばらく意味をつかめないでいた。おばちゃんは僕の手を掴んで続けた、

「私はね、かーくんのことを今でも家族だと思ってるんだよ。そして亜紀子をかーくんに貰って欲しいんだよ。」

「ちょっ、ちょっと待っておばちゃん。」

そういうと僕は深呼吸して気分を落ち着かせた。

「ごめんねかーくん突然こんな話して」

幾分落ち着いた僕は、「おばちゃん、話はわかった。ただ…」

「ただ…?」

「僕は明日設計事務所に面接に行かなくちゃならないんだ。」

「えっ、じゃあ無理…」

「心配しないでおばちゃん。もし面接に受かったとしても三年働いたら辞めてちゃんと店を継ぐよ。」

おばちゃんの表情は満面の笑みになった。

「はぁ良かった本当に三年たったら継いでくれるんだね?」

「まあ、明日の面接次第であさってからになるかもしれないけど」

「うちはいつからでもいいよ」

話が一段落したところで里川商店をあとにした。

「それもいいかもな。」

複雑な気持ちではあった。

タバコに火をつけアパートに帰ろうとしてギョッとした。

横に視線を向けると美紀がこっちを見ていた。驚くってことは自分に後ろめたいことがあるからなんだろう。

「美紀、待ってたのか?」

しばらく睨むようにこっちに視線を置いた後、プイッと振り返り無言で去って行こうとした。僕は美紀を追い掛け手を捕まえようとしたところ、拍子に美紀がつまづいて膝をついてしまった。

「わっ、大丈夫か!?」

相当痛かったらしく、その場にしゃがんで膝をさすっていた。

「どうしたんだよ、一体なんだってんだよ」


「先輩、あの女の子とどんな関係なんですか?」

面倒臭かったが、幼い頃からの里川家との経緯を話した。そしたらようやく納得してくれたようで、美紀の表情も和らいだ。

「すみません先輩、早トチりしてしまって。」

相変わらず膝をさすっている。よほど強くぶつけたらしく膝から血を流している。

「こっちこそごめんな。いたかったろ、立てるか?」

手を引いて立ち上がらせた時、美紀がよろけたところを反射的に抱きかかえた。

すると美紀の顔がすぐ目の前に、鼻がくっつくくらいのところにきた。

「いいか?」

美紀がコクッと頷くと、そっと唇を重ねた。一分程のねっとりとした時間が二人を包んだ。唇を放し美紀を見ると口を半開きにしたまま、目をトロンとさせていた。僕等の次の行動は決まっていた。

「僕のアパートで膝の治療をしないとな」

「うん」

今日の月は厚い雲に覆われ、ネットリと絡みつくような夜だ。



今日もまたタバコをくゆらせている。

美紀は仕事で朝早くから出ていったらしく、起きたら一人だった。今日は珍しく目覚まし時計で起きた。時計の針は12時30分を指している。

軽くシャワーを浴びて、何ヶ月振りかにスーツに袖を通した。ネクタイを締めてるときに、

「とうとう美紀まで抱いたか…」

それとおばちゃんと亜紀子の顔もほぼ同時に浮かび、後ろめたさに一瞬肩に何かのしかかったような重みを感じた。

「いかんいかん!」

今日は面接に集中しないといけない日だ。



「あ、どうもどうもお待たせしました。」

面接に会議室に入ってきた面接官はすぐに名刺をくれた。

専務をしているという彼は50代後半くらいの男だった。

僕の履歴書に軽く目を通すと、

「じゃあ来週の月曜から来てもらえますか?」

あっけなく再就職が決まってしまった。

 設計事務所を後にした僕は、適当なカフェを見付けて入った。就職活動も一段落した僕はなんだか気分が軽かった。

タバコに火をつけるとふいに昨日の美紀のことがよぎった。

昨日は深くは話さなかったが、どうにも引っ掛かっていた。

「何で美紀は亜紀子のことを知ってたんだ?」

とか、昨日は一体いつから待ってたんたろうとか、考えるほどややこしくなる。

「ケセラセラ…でいいかな」

カップのコーヒーを飲み干すと、まるで美紀のことまで飲み込んだようにどうでもよくなった。

スーツの内ポケットの携帯電話が震えた。メールがきたようだ。麻耶からだった。

「そうか、忘れてた。」

時計を見ると5時を過ぎていた。

『忘れちゃった?』

と書いてある。

面接が長引いたと適当にごまかし、ついでに公園で待っててと返信した。

「あぶないな」

と、呟いて店をでようとタバコを消すとき、

「あらっ?」

カフェに入って1時間程たっているが、灰皿には吸い殻が12本になっていた。

「吸いすぎだな」

時間が無かったので、それもあまり気に止めず店を出た。元々性格がケセラセラなのだ。



公園につくと、麻耶は驚いたような顔をしていた。

「今日はスーツ?」

「え、だって今まで面接だったから…」

「あ、そっか。メールに書いてあったね。」

オイオイと返した。麻耶はジロジロ見ている。

「どうした?」

「ううん、なんかスーツを着ると雰囲気違うな」

「え、どう違う?」

「…かっこ…いいなって…」

そのときの上目使いの表情がたまらなかった。恐らく麻耶の表情の中ではピカイチに違いない。




寿司屋に入った。

麻耶は不安な表情をしていた。

「ねぇ、このお寿司やさん回らないとこみたいだよ。」

「回らないって?……あぁ!ハイハイ」

回転寿司のことを言ってるようだ。

「心配せずに、何でも好きなもの食べなよ。」

「一夫さんってなんだか本当に違う世界の人みたい。」

今時寿司くらいでと吹きだすのを堪え、

「いや、今日は僕自身の就職祝いも兼ねてさ」

「え、じゃあ…」

「来週の月曜からまた設計三昧だよ。」

「そっかぁ、おめでとう一夫さん。じゃあ乾杯しよう」

丁度ビールとグラスが運ばれ、互いに酌をしあい乾杯した。



その後は二人で心行くまで、寿司を堪能した。

「ハァ、食ったなぁ。」

「美味しかった。ごちそうさま。」

麻耶はビールをちびちび、僕は焼酎を飲みながら暫く喋ってると、

「えっ、マジ?」

「やっぱまずかった?」

昨日職安から亜紀子と出てきたところを麻耶が見ていたらしい。まあそこまではいい。麻耶が働く喫茶店から職安の玄関は丸見えだからしょうがないとして、その後だ。なんと喫茶店に美紀が来て、若い子と僕が歩いてるところを見たと、麻耶が漏らしてしまったらしい。

なるほど、ようやく昨日の美紀の行動に合点がいった。

「あの子は、僕が小さいころから慕ってた幼馴染みだよ!」

僕は少し苛立っていた。

軽々しくそんなことを漏らした麻耶にイライラしていた。

なんだか場も湿っぽくなった。

「ごめんなさい。」

「…もう過ぎたことはしょうがないよ。出ようか」

怒りたいのは山々だが僕も麻耶には後ろめたい。亜紀子とだって一線を越えてたぼくには、麻耶を責める権利は無いのだ。


店を出た。

先に出ていた麻耶はうつ向いていた。

「ごめんな麻耶、急に湿っぽくなって」

「こっちこそ、せっかくの就職祝に…」

「いいよそんなこと、それより次どこ行こうか?」

僕の中では当然の様に麻耶と一夜を共にするつもりだった。

連日連夜の事に感覚が麻痺していたのかもしれない。

「ごめんなさい、なんだか今日は気分が乗りそうもないの」

「は?」

その一言に、静まりかけていた苛立ちが再燃してきそうだった。これ以上一緒にいると麻耶に何を言ってしまうか知れたもんじゃない。

「そっか、気を付けて帰れよ。じゃあな」

僕はその場を立ち去った。

イライラしながら歩道を歩くと、タクシーが横に停まった。麻耶が乗っていた。窓が空いて麻耶が一言、

「冷たい人だね」

と、冷めた顔で言った後タクシーは走り去った。

「誰のせいだと思ってんだ!!」

怒りをぶつけるところもなく、とにかく気を落ち着けようとタバコを取り出すと一本しかなかったが、その一本も折れていた。

「クソッ!」


タバコの空を地面に叩き付けた。

その時携帯電話が鳴った。メールが来たようだ。

麻耶からだ。

『今日はごめんなさい。でも貴方がそんなに冷たいって知らなかった。』

「このクソガキが!」

ボロクソに文句を返信するつもりで、ふと我に返った。安斉成美からその少しまえにメールが入っていた。

『その子誰?』

背筋が凍った。

「見られてたのか?」

辺りを見回しても成美の影すらない。

また成美からメールが来た。

『残念だったね、あの子と決裂?』

とっさに叫んだ。

「成美、成美どこにいるんだ!?」

急に怖くなり逃げるように走り去った。

頬に冷たいものが刺した。途端にスコールのような土砂降りになった。

走ってアパートに帰り玄関を開け靴を脱いだ時に違和感を感じた。革靴の靴ひもが切れていた。

悪い予感がする。

「まさか」

とおもったが、とにかく濡れた服を脱いでタオルで体を拭いているとメールが入った。

「どっちからだ?」

成美でも麻耶でも気が重かった。

「なんだ美紀か」

と、安心したのも束の間、

『私は貴方を許さない』

同時にパンという音と共に石ころが転がった。窓ガラスの割れた音だった。

「ヤバい!」

恐怖の波が押し寄せて微妙に震えがきた。



ただ




これは、僕がこれから受ける報いの序章に過ぎなかった。

読者の皆さん。最後まで読んで頂きありがとうございます。

後編の方は反響次第という感じで、好評なら筆をとらせてもらいます。悪しからず。


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