19、タイガー
少年は空っぽの袋を背負い、ナイフを腰に差した。そして弾けんばかりの笑顔で言う。
「それじゃあ先生、行ってきます!」
応じる青年は苦悶の表情だ。
「マルコ君、本当に1人で行くつもりですか? あと数日待ってくれれば、私も都合が合うんですよ」
「希少な魔族が出たんです、このチャンスを逃しちゃダメですよ!」
「あなたはそそっかしいから、何かトラブルを起こさないか心配で」
「先生、僕はもう1人で大丈夫です! ガーゴイルの巣も、トロルの廃村でも採集できましたし!」
「いずれも辛うじて、でしたね。ガーゴイルは怒らせて、廃村では呪いの木馬に追い回されて。私の到着が間に合ったから良いものの」
「とにかく何とかしますから! それじゃあ!」
マルコは逃げるようにして出発した。
目指すは嘆きの谷――希少種の魔族ゲイルタイガーが出現したと、冒険者より知らされた。その魔族の持つ白銀毛は、錬金素材として最高品質だ。
(先生にプレゼントするんだ。仕事も捗るに違いないや)
一昼夜過ぎた頃、件の谷に辿り着いた。姿は見えなくとも、響き渡る唸声が腹に伝わるようだった。そして静かすぎた。鳥も虫も、声を殺しているのだ。
「あれが、ゲイルタイガー!」
崖から谷底を覗けば、巨体が寝そべる姿が見えた。今なら先手をとれる。慎重に崖を滑り落ちていった。
白銀毛は、腹の方にあると聞いた。眠りこけている今が絶好のチャンスだ。しかし腹ばいになっていた。
「この態勢じゃ無理だ。起きた瞬間に手早く奪うか……」
マルコは岩陰に身を潜めつつ、小石をなげつけた。大きな鼻に当たる。しかし、かすかに身じろぐだけだ。
「もっと刺激を与えなきゃダメ?」
細心の注意を払いつつ、より大きな石を投げた。またもや起きない。今度は手法を変えて、野草で鼻をくすぐってみる。爆風のようなクシャミが起きたが、眠ったままだ。
思い切って、バケモノの口の端をナイフで切ってみた。次は、崖の上から大岩を落として命中させた「ビンゴ!」
それでも目覚めないのを見て、マルコはだんだん関心が強くなった。瞳も爛々と輝いている。
「ええ〜〜コイツやばいやん。あとは何を試そうかな」
次なる施策を鼻歌交じりに検討した。
マルコの不運は、ここでゲイルタイガーに背を向けたことだ。背中に生臭い風を浴びた。鼻息だと気づいたマルコは、硬直しつつも振り返る。ついにその時を迎えたと知った。
――憤りつつ立ち上がるゲイルタイガー、ひどく眠たいが。
ー完ー




