第五話「普通にムカつく」
おお、まさかのマリー・アントワネットだった。しかし何でアークリッチになってるんだよ。
「ふむ、赤字夫人と言われたフランス王妃様だったか。その姿は閻魔大王からの罰だったのか」
ロザリーの言葉にマリーが反応し、書いたメモを見せてきた。
『私は多くの罪を着せられましたが、良心において自分を責めることはありません』
「ロザリー、俺も罰じゃないと思うぞ。マリー・アントワネットは時代に翻弄された被害者だ。家族を愛した一人の女性だよ。まあアークリッチになった理由は分からないけどな」
俺がそう言うと、マリーが長々と書いた数枚のメモを俺たちに見せた。
『アルさん、ありがとう。
私はすべての人を許します。そして、私に害を与えた人々にも何の恨みも抱かずに死んでいきます。最後にそう遺し死を受け入れました』
これは、俺がフランス滞在時に読んだことがある。マリーが書いた最後の手紙の内容か。俺たちは二枚目を読んだ。……………。
『恨まないはずないじゃない。やっぱり普通にムカつくわよ。夫殺されて怒らない妻がいる訳ないわ。子どもたちだって……』
…………三枚目。
『だから閻魔様にお会いした時にお願いしましたの。亡霊に転生させて下さいと。害を与えた人々を呪ってやろうと。なのに……あの馬鹿上司。転生先の世界が違うのよ!!』
そんなメモを書いたマリーは、優雅に紅茶を飲んでいる。メモの内容との温度差に俺が困惑していると、ロザリーが口を開いた。
「閻魔大王が上司なのか?」
マリーが紅茶を置き、またメモを書く。
『儂の眷属になれば亡霊になれると言われてなりました。あぁ、ロザリーさん、私があれと連絡がとれるのも眷属だからですわ』
「ああ、マリー。慰めにはならんだろうが、ロベスピエールの最期はクーデターが起きて処刑されたぞ」
マリーはコクリと頷き、台所へと消えていった。
「しかし私の旦那様はやはり博識だな。私は化学一辺倒だったから史実を深く知らなかったよ。ただ…」
「ただ…なんだ?」
「アル……『アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル』のことは誰よりも知っていると自負できるよ。私の憧れだったからな」
あかーん。騙されて結婚させられたこと、まだ納得してないのに……今ので好きになっちゃうやん。いや、結婚はどうせ破棄できないし好きでいいのか。うん、ロザリー好きだ。
「だから、憧れのアルとダイナマイト作るのが夢だったんだ。二人の初めての共同作業はダイナマイト開発だな」
「あぁ、そ………あっぶな!?」
危なかった。もう少しで【言質】をとられて今世でもダイナマイトを作らされるところだった。だが、俺はもう発明を利用されるマヌケではないのだ。
「チッ。少し焦りすぎたか」
「まあ、ダイナマイトは置いといて、人工シルクにフェイクレザーでも一緒に作らないか?発明は好きだからな」
「……今はそれで手を打とう」
よし!転生を思い出してから俺はずっと気になってたんだ。着ている服の素材。チクチクしすぎたろ。ああ、人工ゴムも作ってパンツも作ろうかな。ちんポジも悪いし。
――と、そんな平和な思考に浸っていた、その時だった。
コンコン、と扉がノックされた。
「アル。おるかの?」
グリーンウッドさんの声だ。
「います!どうぞ!」
俺がそう答えると、扉が開いた。そしてグリーンウッドさんは固まった。
「あ、二人が、いること忘れてた」
視線の先には、当然のように食卓に座るロザリー。そして、その隣でエプロン姿のマリーがロザリーに紅茶を注いでいる。
「…アル…説明してもらおうかの」
「えっとですね……結婚しました?」
グリーンウッドさんは額を押さえ、ロザリーを見た。
「ロザリー、説明してくれんかの?」
「アルに、酷いことをされてな。責任取ってくれと言ったら求婚された」
「!?ロザリー!!!言い方ー!誤解を招くだろー!」
グリーンウッドさんの顔がドン引きしてるじゃないか。俺は慌てて経緯を説明したが、時すでに遅しだった。
「……アル、言い訳は見苦しいぞ。ロザリーを幸せにしてやるんじゃぞ」
そして、マリーに目を向ける。
「アークリッチよ。今は良いが、夜の墓場見回りは頼むぞ」
「え?グリーンウッドさん。マリーを知ってるんですか?」
「ここ、百年ほどの知り合いじゃ」
マリーもメモを見せてきた。
『ロザリーさんに出会う前に、墓守りを頼まれましたの。私がいれば悪霊は来ませんし』
「子どもが夜遊びせんように、いい怪談にもなるじゃろ?だから墓守を頼んだんじゃよ」
グリーンウッドさんはドヤ顔で説明してきた。百年来の知り合いってどういうことだよ、とツッコもうとしたところで、長老の表情が変わり―――。
「まあ、今は本題じゃ」
集会の議事録が、テーブルに置かれた。
「最近、村の若いエルフが数人、行方不明になっておる」
空気が変わった。
「……拐われてるのか?」
「その可能性が高い。争った形跡もあるしの。相手は力任せの集団じゃ。頭は使わんが数だけは揃えてくる。お主らも何か対策を考えてほしいんじゃ」
「私に任せろ」
ロザリーが即答した。
「村の周囲をダイナマイトで囲んで────」
「却下!!」
「……ふむ」
ロザリーがこちらを見てくる。上目遣いで。
「愛する妻の私が拐われてもいいの?私……こわい」
なんて卑怯なんだ。その目に俺は勝てん。
「……嫌に決まってるだろ」
「ふむ、嫌か。なら拐われて囮になるのもありか。興味深いし」
「ありじゃねーよ、考えるから待て」
俺は腕を組んだ。力任せの集団。数で押してくる。エルフは個々の戦闘力は高いが数で負ける。ならば────。
「ロザリーの錬金薬で魔物を手懐けて、村の周囲に配置すれば……」
「ふむ、案は良いが無理だな。マリーに使った錬金薬は万能じゃない。というかただの甘い飴だ」
「…………錬金薬で手懐けた話は何だったんだよ」
「嘘ではないぞ?錬金術していたらできた副産物の飴だからな。マリーは甘いものが好きなんだ」
マリーもメモを見せてくる。
『甘いは正義ですわ』
グリーンウッドさんが立ち上がった。
「まあ、何かいい案が出たら教えてくれ」
そう言って帰っていった。
残された俺とロザリーはその後も言い争いを続けた。ダイナマイトが駄目なら無煙火薬はどうだ、使い方次第では同じことだ、と堂々巡りになりかけたその時。
マリーが静かにメモを差し出してきた。
『エルダートレントに知り合いがいますわ』
「ふむ、興味深いね」
この時、森の奥に行くのを止めなかったことを俺は後悔するのだった。
名前:マリア・アントニア・ヨーゼファ・ヨハンナ(マリー・アントワネット)
別名:オーストリア女/最後の王妃
生没年:1755年 − 1793年(享年37)
出身:オーストリア
役職:フランス王妃
知力:★★★☆☆
政治的知識より感性で動いた王妃。晩年は困難な状況でも気品を保った。
優雅さ:★★★★★
ファッションや芸術への造詣が深く、ヴェルサイユ宮廷の華と称された。
忍耐力:★★★★☆
革命の嵐の中、処刑台に至るまで王妃としての誇りを失わなかった。
悲劇度:★★★★★
フランス革命 により王政が崩壊し、処刑されるという劇的な最期を迎える。
特殊スキル:
「王妃の矜持」
どんな状況でも優雅さを失わない。ただし本音はメモにしか書かない。




