第四話「責任を取れ」
目が覚めると包丁を使う音がした。パンが焼ける匂いも。
俺はしばらく天井を見つめ、昨夜の記憶を呼び起こす。
『さっ、アル!君の家に案内してくれ』
……ロザリーか。
台所へ向かうと、アークリッチがエプロンをつけて、オーブンから黒く焦げたパンを取り出していた。
「……おはよう」
アークリッチはゆっくりと一礼し、また料理の続きを始めた。
ダイニングに目を向けると、ロザリーが奥の椅子から顔を上げた。
「起きたか。もう少しで朝食だ。顔でも洗って来るといい」
「ここ、俺んちだよな!?なぜお前が家主みたいな感じなんだよ!?」
「ふむ、寝ぼけているのか。アル。お前と私の家だ」
前世の記憶を思い出したのは昨日だ。まだ記憶が混濁しているのか、俺は?
「……いつから、俺とロザリーの家になった?そんな記憶は無いんだが」
「昨夜からだよ、アル。ボケたまま転生したのかい?」
やばい、こいつ。一刻も早く追い返さなければ、俺の平穏な日々が無くなる気がする。
「……朝飯食ったら帰れよ」
「アル。私に…私にあんなひどい事をしておきながら、もう捨てるのかい?」
「は!?」
え?ヒドイこと!?ワンナイトしちゃったの俺!?初めてなのに記憶ない……本当に記憶がないのか?ゆうべの俺は酒も飲んでないはず……
「………なあ、俺が本当にな…」
「責任取ってくれ」
「いや、まて。まずは話あ」
「オシリアに相談するか………おーいマリー」
台所からアークリッチがやって来た。マリーって名前なんだ。いや違う。今は、ロザリーをどうにかしなければ……
「いや、オシリアはちょっと待ってくれ!話しあ」
「男なら責任を取れ」
え?マジなの?どっちだ!?でもやっちゃったなら……く、よし。貯金はそれなりにある!
「い、いくら払えばいい?」
「お金の問題じゃない。責任の取り方があるだろ?初めてで痛かったんだよ?」
はい確定!!俺やっちゃった。よ、よ、よ、よし、俺も男だ。
緊張をほぐす為、大きく深呼吸をした。
「……け、け、結婚する…?」
「女の私に言わせるのかい?」
ええーい。こうなったら勢いだ。
「……結婚して下さい!!」
ロザリーがニヤリと笑う。
「はいします。スキル【言質】」
「え?どういうこと?」
「言質を取ったから契約は結ばれた。ああ、破棄は出来んよ」
え!?マジでなに?プロポーズとか初めてだからアンサーが分からん。喜んでとか言うんじゃないの?エルフの結婚は契約必須ですか!?
「アル、君は大胆だな!私の足を初めて踏んだ男の責任の取り方が結婚だなんて……足の痛みが引くまで2日ほど泊めてもらおうと思っただけなんだがな」
「…は?いや、まて無し!……いったああああああ」
「ふむ、先程破棄は出来ないと言っただろ?スキルで縛られてるんだよ。結婚しないのか?」
「いたたたいたた、する!する結婚!」
ハアハア、痛すぎだろ。心臓を握り潰されるような酷い痛みがようやく引いてきた俺は、詐欺師に話しかけた。
「なあ、昨日会ったばかりの俺たちが結婚っておかしいと思わないか?」
「何だ?こんなピチピチの私と結婚できたのに不満でもあるのかい?」
3000歳年上とか姉さん女房すぎるだろ!ピチピチじゃ……え?声出てた?どこから包丁持ってきたの?
「……話を整理させてくれ。昨日、俺はお前の足を確かに踏んだ」
「ああ踏んだな。私は人生で初めて人に足を踏まれたよ」
「………それの責任を取れと言われた」
「言った」
「俺が結婚と言った」
「言った」
「スキル【言質】で契約が結ばれた」
「結ばれた」
「……なんでロザリーの足を踏んだ程度で結婚になるんだよ!意味深な言い方するなよ!?」
こいつは絶対確信犯だ。
俺がジト目でロザリーを睨んでいると、ロザリーは涼しい顔で続けた。
「まあ、痛かったのは事実だ。ああ、君が勘違いしている方のことなら、痛くないと思うぞ?6cmのダイナマイトち◯ち◯ではな。まあ私は経験ないから知らんがな」
俺は黙り決意する。ダイナマイトを作ろうと。そう、ダイナマイトに成れる薬を作ろうと。
そんなことを考えているとロザリーが、微笑みを浮かべながら真っ直ぐ俺を見た。
「アル。前世は一人で死んだろ?私もそうだ。今世こそはとずっと思っていたんだ」
ロザリーはそう言うと、上目遣いで俺を覗き込み……
「ダメ…なのか?」
くっ、急に可愛く迫るのは反則だ。
「……ダメじゃないです」
俺たちの、結婚生活はこうして始まることになったのだ。
そんな時、台所からことりと音がして、アークリッチが焦げたパンをテーブルに人数分並べ始めた。三人分。え?リッチも食事するの?
「……そういえばロザリー。このアークリッチ、名前はマリーでいいのか」
「ああ。本人から聞いた。」
「聞いた?」
ロザリーがテーブルの上の紙切れを俺に向けた。
そこにはくっきりとしたフランス語で、こう書いてあった。
『マリーですわ。よろしくですわ』
「……マジか?」
「ああ、話せはしないがな。筆談はできた」
「そこじゃねー!?フランス語なのに驚いてるんだよ!!」
「おお、確かに!私としたことが気がつかなかったよ。うっかりうっかり」
そう言うと、ロザリーはマリーを見て、たずねた。
「マリー、君は転生者だったのかい?」
マリーがさらさらと紙に書いた。
『マリア・アントニア・ヨーゼファ・ヨハンナ』
フランスの元王妃がここにいた――。
名前:オシリス(オシリア)
別名:ウシル/冥界の王
生没年:神話上の存在のため不明
役職:冥界の王・死者の審判者
知力:★★★★☆
死者の魂を裁く冥界の支配者。死後世界の秩序を保つ知恵を持つ。
威厳:★★★★★
ミイラの姿で玉座に座り、死者たちから絶対的な敬意を受ける。
再生力:★★★★★
身体をバラバラにされても復活した「復活の神」。再生と豊穣の象徴。
影響力:★★★★★
古代エジプトでは死後の世界の中心的存在で、多くの神々の裁きの頂点に立つ。
特殊スキル:
「魂の計量(心臓の秤)」
死者の心臓を羽根と比べ、罪の重さを測ることで来世の運命を決める。




