第三話「ないなら作れ」
「異議あり!! 三つは多すぎる! せめて一つにしてくれ!」
閻魔大王が、悲痛な声で叫んだ。異議を唱える相手の前で土下座しながら。
冥界の裁判官、これでいいのか?
「……ふむ」
ロザリーは無言でアークリッチの胸ぐらを再び掴んだ。
「ちょっ、待て待て! 分かった! 三つでいい! 三つで!!」
閻魔大王が即座に撤回した。土下座の姿勢のまま、額を地面に擦り付けながら。
俺はその様子を眺めながら、ふと疑問が湧いた。二つほど。
「……なあロザリー。一つ聞いていいか」
「何だ?」
「なんでアークリッチはそんなに従順なんだ?最高位の死霊だろ。」
ロザリーは胸ぐらを掴んだまま、当然のように答えた。
「ビッチなウィッチがリッチになっちまったからだYo。アンダースタン?」
「…………」
俺はその変なノリの言葉を三回頭の中で繰り返した。
「…………全く分からんYo!?」
「ノーベルは音楽にも精通してると思ったんだがな」
今のが分からないの音楽関係なくない!?俺の不満は届かなかったが、ロザリーは「ヤレヤレ」と言いながら、教えてくれた。
「こいつな、生きてる頃は魔女だったらしいんだよ。それもドМの。リッチなってから……」
「本当は?」
俺はジト目でロザリーを見つめた。
「偶然見つけた研究対象だ。錬金薬で手懐けた。ここで飼ってる」
俺の疑問が一つ解消された。もうお腹いっぱいなので、2つ目の疑問は聞かないことにした。
「ふむ、では要求を言う」
ロザリーが指を一本立てた。
「一つ目。こいつにスキルを渡せ。【錬金化学】だ」
「……そんなスキルは存在せん」
「ないなら作れ」
「作れと!? スキルというのはな、長い歴史の中で――」
「作れ」
閻魔大王は三秒沈黙した。
「……善処する」
ロザリーが指を二本立てた。
「地球の科学者をもっとこの世界に送れ。人手が足りん」
「それは無理だ。別世界への転生は簡単ではない」
「それでもだ。地獄に置いておくには厄介な奴らが何人かいるだろ」
閻魔大王が、一瞬だけ目を泳がせた。
「……裁定は覆せん」
「ふ〜じこちゃーん」
「……善処する」
何で?ふじこちゃんがどうしたの!?
ロザリーは更に続ける。指を三本立てた。
「ノーベル賞をくれ」
「……儂に言われても」
俺は思わず口を開いた。
「待ってくれ。ノーベル賞って、ちゃんと作られたのか?」
「……作られた。1901年に第一回が授与された」
俺は、なぜか目頭が熱くなった。
「……そうか。遺言は、守られたんだな」
墓場に、しばらく静寂が流れた。
ロザリーが小さく鼻を鳴らした。
「……私はもらえなかったがな」
「え?」
「DNAの二重螺旋構造の解明に貢献したのに、ノーベル賞をもらえたのは私じゃなかった。……まあ、死んでたから仕方ないが」
何言ってるかよく分からんかったが、ロザリーも化学者だったんだな。
「……くれないのなら、三つ目は変更だ。私が死んでから100年後までの歴史的偉人の辞書をくれ。名前、生没年、専門分野、主な業績。それだけでいい」
「……それ必要?」
「オシリアに繋いでもらおうか」
「分かった分かった!!」
閻魔大王はしばらく唸った後、懐からごそごそと分厚い帳面を取り出した。
表紙には、でかでかとこう書いてあった。
【部外秘 閻魔帳 地球著名人編】
「……レンタルだ。1週間で返せ。それで勘弁してくれ」
閻魔大王の目が、うっすらと潤んでいた。
「ありがとう、大事に使うよ」
ロザリーは帳面を受け取り、パラパラとめくった。その目が、みるみる輝いていく。
「……ふむ。ふむふむ。なるほど。あいつがこんなことを……へえ、こいつもか……」
「ちょっと待て! そんなに食い入るように見るな! 部外秘と書いてあるだろ!!」
閻魔大王が頭を抱えた。
ロザリーはページをめくる手を止め、ある箇所を指差した。
「焦熱地獄に面白いのがたくさんいるじゃないか」
「き、気のせいだ」
「持て余してるんだろ」
閻魔大王の額に、じわりと汗が浮かんだ。
「……な、何のことだか」
「二つ目の要求はこれだ。焦熱地獄の厄介者をこの世界に転生させろ」
「そ、それは……」
長い沈黙だった。
閻魔大王は額を地面に擦り付けたまま、絞り出すように言った。
「……善処する」
「善処じゃなくて確約しろ」
「……はい」
そして最後の要求。閻魔大王が観念したように立ち上がり、虚空に手をかざした。魔力が集まり始め、光が渦を巻く。
「……いいだろう。【錬金化学】、今から作る。少し時間をくれ」
その瞬間だった。
墓場の空気が、さっとあたたかくなった。
花の香りがした。
「あなた、何をしているのかしら?」
穏やかな、しかしどこか有無を言わさない声だった。
振り返ると、そこに立っていたのは、夜の墓場に全く似合わない、上品な微笑みをたたえた女性だった。
閻魔大王が石になった。
「お、オシリア!? 何故ここに!?」
「あなたが急に転移…仕事を放棄したと獄卒から連絡があったから来たのよ。……あら、あなたたちは?」
オシリアの視線が俺たちに向いた。オシリアの圧に負け俺は後退る…「あっ、ごめん」ビビり過ぎてロザリーの足を踏んでしまった。
そんな俺とは裏腹にロザリーは臆する様子もなく、淡々と答えた。
「ロザリンド・フランクリン。こいつに三つ要求をのませた。今スキルを作らせているところだ」
「まあ」
オシリアは穏やかに微笑んだまま、続けた。
「口約束じゃなくて、しっかり契約で結ばれているのね?」
「契約?」
俺は思わず聞き返した。
「いつの間にそんなものを……」
「フフ、口約束は合理的じゃないからな」
とロザリーは肩をすくめた。
オシリアはしばらく俺たちを眺め、それからくすりと笑った。
「しかたないわね。……ねえ、一つ聞かせてくれる? うちの人にそこまでさせる秘密が何かあるんでしょう?教えてくれたら、私が最高のスキルを付与して上げるわ」
俺が何も言えずにいると、ロザリーがさらりと答えた。
「そいつ、浮気してるからな」
「は!?」
俺は目を丸くした。二つ目の疑問が意図せず解けた。
「何で知ってるんだよ、そんなこと」
「地獄の審判でスキルを選んでいたら時間がかかりすぎてな。待ってる間に閻魔が居眠りして、寝言で全部しゃべった。おかげで本来スキルを一個のところ、十個もらえたよ」
閻魔大王が、音もなく青ざめた。
オシリアの微笑みが、数ミリだけ固まった。
「……あらあら」
ゴンッ。
無言のゲンコツが、閻魔大王の頭に炸裂した。ああ、あれは逝ったな。
オシリアはパチンと指を鳴らし、
「スキルは付与しておいたわ、ノーベルさん。うちの人が迷惑をかけたわね」
閻魔大王の襟首を掴み、引きずりながら転移門へと歩いていった。
転移門が閉じ、墓場にはまた静寂が戻った。
俺は呆然と立ち尽くしたまま、ようやく一言絞り出した。
「……帰っていいか?」
「ハッハッハ、いいとも帰ろうか」
あっさりとOKが出た。良かった。今日はもう風呂に入って寝たい。
「さっ、アル!君の家に案内してくれ。私の家は吹き飛んだからな」
ダイナマイトよりも危険な女。ロザリーとの共同生活が幕を開けたのだった。
名前:閻魔大王
別名:閻魔王/ヤマ
生没年:神話上の存在のため不明
役職:冥界の王・死者の裁判官
知力:★★★★★
死者の生前の行いを見抜き、公正に裁く。
威圧力:★★★★★
恐ろしい姿で、亡者や鬼を従える冥界の支配者。
公平性:★★★★☆
善悪に応じて天国や地獄の行き先を決める。
影響力:★★★★★
仏教や日本の民間信仰で、死後の裁きの象徴とされる。
特殊スキル:
「死者の審判」
生前の行いを記録した帳面や鏡を使い、死者の行き先を決定する。




