不協和音の残響
洞窟から戻り、アンダンテの街の広場で手当てをしていた。
俺の右手の指は弦の摩擦でボロボロになり、リフレインがその指に包帯を巻いてくれている。
「……あんな無茶をして。本当に、奏はバカなんですから」
「へへ……でも、リフレインが無事でよかったよ」
リフレインは少し顔を赤くして視線を逸らす。その横顔が、以前よりもずっと近くに感じられた。
ゼノの力に頼らず、この手で彼女を守れた。その事実が、今の俺の心に静かな自信を灯していた。
――その時、街の空気が凍りついた。
広場の入り口に、重厚な黒鉄の鎧を纏った騎士が立っていた。
その鎧の表面には、不気味に脈動する赤いシールドが血管のように張り付いている。
「……見つけたぞ。『偽り』の奏者よ」
騎士が低く、地の底から響くような声で呟く。
「誰だお前……?」
「私はディソナンス。かつてゼノ様を封印した『沈黙の騎士団』の長だ」
ディソナンスは腰の剣を抜く。しかし、それは剣ではなかった。細長いギターのネックが、そのまま刃の形をしていた。
「騎士団……? リフレイン、知ってるのか?」
「……嘘。なぜここに……」
リフレインが青ざめる。
「奏者様、逃げてください! ディソナンスはゼノ様を再び封印し、この世界を『沈黙』させようとする最悪の敵です!」
「ふん、違うな。封印は過去の話だ」
ディソナンスが剣を振るう。
空気が鋭く裂け、真空の刃が俺を襲う。
ガァァァン!!
俺は必死にテレキャスターのボディでそれを受け止めた。衝撃で腕が痺れる。俺の力では、この騎士には到底敵わない。
「脆いな。貴様の心根と同じだ」
「くそッ……!」
「貴様の中にいるゼノは、孤独で破壊的な不協和音のはず。それが今や、軟弱な人間の心に調教され、牙を抜かれている……! 不愉快極まりない!」
ディソナンスが再び剣を振り上げる。俺のテレキャスターが、彼の剣の振動に耐えきれず、メキメキと音を立てる。
「……奏!」
リフレインが叫ぶ。彼女の声が、俺の心に再び火をつけた。
ここで負けたら、また彼女を危険に晒してしまう。
(……ゼノ、じゃない。俺の音だ!)
俺はダルダルに緩めた弦を、もう一度、今度は感情を込めてかき鳴らした。
――ポーン……ベイン!!
不格好で、ズレまくった音。しかし、それは俺の必死の抵抗だった。
その音はディソナンスに届き……驚くべきことに、騎士の鎧の脈動が一瞬、止まった。
「……なっ? 貴様のその……『慈しみ』の込められた音だと……!?」
ディソナンスが目を見開く。
「調和? 創造? ……馬鹿な。ゼノ様は『破壊』そのもののはず……!」
騎士は混乱し、剣を引いた。その隙に、俺はリフレインの手を引き、広場から逃げ出した。
安全な場所に隠れ、俺は肩で息をしながら、冷たいシールドを見つめた。
「リフレイン。ディソナンスの言ってたこと……ゼノは孤独で破壊的……?」
「……はい。ゼノ様は『調和』を求める世界に排斥された不協和音の意志。孤独で、壊すことでしか自分を証明できなかった……」
「もし、俺が創造の力を手に入れたら、ゼノは消えちゃうのかな」
リフレインは何も言えず、俺の手を強く握りしめた。
俺の音は、ゼノを救えるのか、それとも殺してしまうのか。
その時、俺の胸の中のシールドが、ほんの少しだけ、熱を持った。
それは、破壊のゼノからの、孤独な拒絶のようでもあり、微かな、だが確かな反応のようでもあった。




