その音は俺の音じゃない
宿場町・アンダンテ。
かつては音楽に満ちていたというその街は、今や「音の呪い」によって、枯れた花と耳を塞いで震える人々で溢れていた。
「……よかった。奏者様、あそこです! あの鐘楼から流れる呪いの旋律が、街を侵食しているんです!」
リフレインが必死に指差す。彼女の瞳には、希望の光が宿っていた。
だが、その瞳が見つめているのは、俺(奏)ではなかった。
「さあ、奏者様……いえ、ゼノ様を。ゼノ様の『破壊の音』で、あの忌々しい鐘を粉砕してください!」
「……。……ああ、わかったよ」
俺は少しだけ、胸の奥がチクリとするのを感じながら、あの「赤いシールド」を手に取った。
この数日間、俺がどれだけ指先を硬くしてCコードを練習しても、リフレインは「練習もいいですが、早くゼノ様を呼び出せるようになってください」と笑うだけだった。
彼女が必要としているのは、俺じゃない。
俺の心臓を苗床にして現れる、あの「最強のロックスター」なんだ。
「……来いよ、ゼノ。出番だってさ」
ブスリ、とプラグが心臓に突き刺さる。
意識が急速に遠のき、人格が反転する。
「――ハッ。どいつもこいつも、泣き言ばっかり吐きやがって」
覚醒したゼノが、乱暴にテレキャスターを掻き鳴らす。
呪いの旋律を真っ向から塗り替える、圧倒的な**【不協和音の防壁】。
ゼノが使う低周波ノイズは、単なる大きな音ではない。それは「音の原子」とも呼べる基底振動を、奏の心拍リズムに合わせて不規則に配列し、空間の共鳴係数を物理的に破壊する「位相崩壊波」**だ。
ズ、ドォォォォォォォン!!!
鐘楼が、まるで巨大なハンマーで叩かれたかのように爆ぜた。
街を覆っていた呪いの霧が一瞬で晴れる。
「素晴らしい……! やはりゼノ様は最高です! これこそが世界を救う力!」
リフレインが歓喜の声を上げ、ゼノに駆け寄る。
直後、シールドが抜け、俺――奏は、その場に膝をついた。
心臓が激しく波打ち、全身から脂汗が流れる。ゼノを呼ぶたび、俺の身体は削られていく。
「……はぁ、はぁ……。やった、よ。リフレイン……」
「お疲れ様です、奏様。ゆっくり休んでくださいね。……次はあっちの村です! ゼノ様の力があれば、すぐに片付きますよ!」
リフレインは、俺の体調を気遣いつつも、すぐに次の「ゼノの出番」を話し始めた。
彼女が楽しそうに語れば語るほど、俺の心は冷えていく。
(……俺は、ただの『電池』かよ)
リフレインが食糧を買い出しに行った隙に、俺は一人、瓦礫の山に座り込んだ。
傷だらけの指先で、弦を一本だけ弾いてみる。
――ポーン。
それは、ゼノのような破壊力もない、弱々しくて、でも澄んだ音だった。
ふと見ると、鐘楼の爆発に巻き込まれて泣いていた小さな子供が、その音に顔を上げ、不思議そうにこちらを見ていた。
「……ごめんな。俺には、壊すことしかできないんだ」
俺は自嘲気味に笑い、ギターをケースにしまった。
自分の価値が、自分の中にいない「誰か」に負けている。
その事実が、今の俺には呪いの音よりもずっと、深く胸に刺さっていた。




