公害レベルの救世主
「う……あ……。天国で、悪魔が合唱してる……」
白目を剥いて倒れていたリフレインが、ようやく意識を取り戻した。
「おい、大丈夫か!? 急に倒れるからびっくりしたぞ」
「奏様……お願いです、二度と……二度と鼻歌を歌わないでください。あなたの声は、もはや精神攻撃魔法の域です」
「……そこまで言わなくてもよくない?」
俺はシュンとして、ボロボロのテレキャスターを抱きしめた。
鑑定の石碑に刻まれた【歌唱力:公害】の文字が、夕日に赤く輝いている。
「いいですか、奏様。あなたのその楽器……『テレキャスター』でしたか? それがあなたの心臓と繋がった時、あなたの中に別の魂……『ゼノ』が降りてくるようです。今のあなたでは勝てませんが、ゼノ様なら世界を救える。だから――」
リフレインが、ゴミ袋から真っ赤なシールドを取り出し、邪悪な笑みを浮かべた。
「練習しましょう。あなたがゼノ様を『使いこなせる』ようになるまで」
「ちょ、待て! それ、刺すと痛いんだよ! 心臓に悪いってマジで!」
「問答無用です!」
カチリ、とシールドがギターに刺さる。
リフレインがもう片方のプラグを、俺の胸に突き立てた。
「ぎ、あああああああぁぁぁぁ!!!」
――視界が爆ぜる。
臆病な瀬能奏の意識が、熱い奔流に押し流されていく。
「……チッ。またこの薄汚い空の下かよ」
顔を上げたのは、ゼノだった。
鋭い眼光、不敵な笑み。彼はリフレインの手からシールドをひったくると、自らの心臓へ深く押し込んだ。
「おい、女。俺を呼び出したってことは、ぶち壊したい標的があるんだな?」
「はい、ゼノ様! この森の奥に、村の水を枯らしている『音喰らいの岩精』がいます。奴の外殻は物理攻撃を弾きますが、内部の共振を叩けば……」
「能書きはいい。……俺の音で、砂にしてやるよ」
ゼノはギターを肩に担ぎ、悠然と歩き出した。
その後ろ姿は、紛れもなく伝説のロックスターそのものだ。
だが。
「……ねえ、ゼノ様? そっちは崖です。逆方向です」
「……。……わかってらぁ。リハーサルだ、リハーサル」
ゼノになっても、奏の「方向音痴」と「初心者ゆえの不器用さ」は完全には治っていなかった。
ギターを構えるポーズは完璧なのに、コードを一つも知らないゼノは、相変わらずデタラメにペグを回している。
「いいか、よく見てろ。これが『本物』だ」
森の奥、巨大な岩の怪物が現れる。
ゼノは、唯一の必殺技――魂のダウンピッキングを繰り出すべく、右手を高く掲げた。
「死ね。――ズ、ドォォォォォン!!!」
空間が歪むほどの重低音。
だが、岩の怪物は一歩も引かなかった。それどころか、ゼノの放った「ズレた音」を吸収し、さらに巨大化していく。
「なっ……!? ゼノ様、ダメです! 今の音は奴の『好みのピッチ』に合ってしまいました! もっと……もっとこう、美しく、かつ破壊的な変化をつけないと!」
「変化だと……? 俺に注文をつける気か!」
ゼノが毒づく。だが、シールドを通じて繋がっている奏の意識が、リフレインの言葉に反応した。
(……変化って、何だよ! 俺、ジャカジャカやるしかできねえよ!)
その時、奏の脳裏に、YouTubeで見た「スライド奏法」の動画がよぎった。
「ケッ……素人が、余計な知識を流し込みやがって……。だが、面白い。やってやるよ」
ゼノは落ちていた空き瓶を拾い上げ、左手の指に差し込んだ。
そして、弦の上を滑らせながら、全力でピッキングを叩き込む。
――ギュウゥゥゥゥゥイィィィィィィィン!!!
科学的な根拠? そんなものはない。
だが、奏の心臓が発する「熱」が、空き瓶と弦の摩擦を通じて、未知の高周波ノイズへと変換された。
それは岩の怪物の共鳴周波数を一瞬で超え、内部から「構造欠陥」を引き起こす。
パラパラと、岩の身体が崩れていく。
「……ハッ。どうだ、最高のソロだったろ?」
ゼノが勝ち誇った瞬間、シールドの光が切れた。
「……ひえぇぇ、怖かったぁぁ! 岩! 岩が喋ったぁぁ!!」
元の情けない姿に戻った奏が、砕けた岩の破片を見て震え上がる。
リフレインは、そのギャップに頭を抱えながらも、確信していた。
「……音感ゼロ、リズム感マイナス。でも……この不協和音こそが、この世界の歪んだ平和を壊す唯一の武器になる」
こうして、世界一ヘタクソな救世主と、苦労人巫女の旅が本格的に始まった。




