Everyday Life in the Junkyard / 1
リュウはこの空が狭い場所で生まれ、育ってきた。
常に視界に入る無数の配線。増築を重ねた無数の建物には数え切れないほどの住人が暮らし、プライバシーという言葉は殆ど意味を成さない。
下水やドブが混ざったような臭いと、むせ返るほどの湿気。
昼夜絶えず聞こえる換気扇のうなり声と、配管から滴る水の音。
至るところにネズミや害虫が走り、平然と道ばたで薄汚れた人間や機械が倒れている。
こんな掃きだめのような場所でも、リュウにとっては生まれ育った我が家に違いなかった。
「ちっ……またゴミかよ」
路地裏にしゃがみ込み、床に落ちていた小さな端末を拾い上げる。
画面は割れ、電源も入らない。裏返すと綺麗に内部部品も殆ど抜かれていたのでほぼ使い物にはならないだろう。
「こんなジャンクじゃ小銭にもならねえじゃん」
苛立たしげにため息をついた。
薄暗い街に溶け込みやすい黒髪と同じような黒い瞳。日焼けをしらない青白い肌は、この世界では珍しいほぼ非サイボーグの純人間である証だ。
「――んだよ、またゴミ掴まされたのか?」
頭上から声が振ってきた。
顔をあげると、リュウよりも少し年上の二十代くらいの青年が太いパイプに座っていた。
深く被ったフードから覗く金髪。こちらを見る右目は剥き出しの機械のように赤く光を放っていた。
彼の名前はカイ。この街で回収屋をしているリュウの相棒だ。
「毎日飽きもせずちっぽけなジャンク拾って、金になんのか?」
「うるさいな。それが俺の仕事だっつの」
リュウは端末を振ってみる。だがやはり反応はない。
――ただ、微かに、ノイズが残っているように見えた。
この世界では、どんな端末にも誰かの記録が残っている。
ジャンク品に見えるものでも、分解して中を見れば金になる。
内部部品、データ――なんだってこの街では価値があるものに成り得るのだ。
「あとで解析頼めるか、カイ」
「別にそれくらい時間かかんねえよ」
よっ、と軽快にカイが上から降りてきて端末を受け取った。
「コイツァ、ずいぶん旧式の……スマートフォン、ってやつか?」
板状の機械をマジマジとカイは眺める。
彼が指を動かすと、その先から細い端子が現れ、それを端末に突き刺した。
すると右目が強い光を放ち、映写機のように目の前に端末の中に入っているコードを映していく。
リュウにはさっぱりわからない文字の羅列に目を通しながら、カイはふんふんと頷いている。
「――キャッシングの債務情報。あとは…アダルトサイトの購入履歴。残ってんのはこんなもんかな」
「なんだ大した情報じゃねえな」
「いや……待て。コイツ半世紀以上前の作品見てるぞ。どれどれ、濡れ濡れセーラー服――」
「いちいちいわんでいい!」
カイの体をごつんとリュウは小突いた。
かなり体格差がある二人だ。リュウの肘はカイの脇腹に当たる。
「しかしお前もこういう端末にこだわるんだよ。アンドロイドとか新型の部品拾うほうが金になるだろ」
「俺はデータを見るのが好きなんだ」
「他人の人生の盗み見ってこと?」
「……言い方が辛辣すぎるんだよお前は」
カイの手から端末を取り返し、ポケットにねじ込んだ。
「しかし、金にならないとご飯が食べられないなあ……」
「そんな金に困ってる相棒に、良い報せだ」
にやりと笑って、カイが一枚のデータチップを差し出した。
「陸兄貴から仕事だ」
受け取ったチップをリュウは自身の携帯端末に差し込み中身を確認する。
「――旧式媒体の回収?」
「そうそう。その人格ログ入りにブラックボックスを回収しろってさ」
「成れ果てのサイボーグか」
「せいかーい」
呑気に笑うカイにリュウは眉を顰めた。
「アイツらたまに暴走するから面倒なんだよなあ」
「だからこうして高い報酬が貰えるんだろ? まあ、今回はかなり旧式の機体だから再起動の心配はないだろうよ」
「どーだかなあ……」
サイボーグのブラックボックス回収の仕事はよくある話だ。だが、彼らは事切れる寸前の最後の力を振り絞り抵抗してくることがある。
それ故、この手の仕事は高額な報酬がかけられることがある。
この街では金がなければ生きていけない。
今日は大した稼ぎがない。つまり、背に腹は代えられない状況ということだ。
「で、場所は?」
「下層の廃棄場」
カイが指を下に下ろすと、リュウの眉間に皺がよった。
「あそこ臭いキツイから嫌なんだよなあ……兄貴も絶対それで押しつけたろ」
「ははっ、その分報酬は上乗せしておくってよ。オレも手伝うからさくっと終わらせちまおうぜ~相棒」
けらけら笑いながら、カイはリュウの肩を組み仕事に向かうのであった。




