表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内山、部活やめるってよ  作者: 北塚欅
1/5

木村琉

内山が剣道部を辞めたという話を聞いたのは、朝のホームルームが終わった直後だった。

「え、マジで? 内山くんが?」

「うん。昨日顧問の先生に言ったらしいよ」

「へー、知らなかった」

前の席の女子三人組——永田、高橋、田村——がひそひそと話している。俺は教科書をカバンに詰めながら、なんとなく耳を傾けていた。

内山が剣道部を辞めた。

へえ、と思った。それだけだった。

俺と内山は、同じクラスに一年間いたけれど、たぶん直接会話したことは片手で数えられるくらいしかない。いや、もっと少ないかもしれない。「おはよう」とか「プリント回して」とか、そういう事務的なやつだけ。

うちのクラスは選抜コースで、男女比が極端に偏っている。男子13人、女子30人。圧倒的なアウェー感。最初の頃は女子に囲まれてドキドキしたけど、今はもう慣れた。むしろ女子同士の会話の方が面白くて、聞いてるだけで楽しい。

男子13人は、自然と固まる。昼休みは大体一緒にいる。でも内山だけは、いつも一人だった。

別に内山が嫌われてるわけじゃない。ただ、内山から距離を置いてる感じがした。誰かが話しかけても、必要最低限しか喋らない。昼休みも、自分の席で本を読んでる。弁当も一人で食べてる。

最初の頃は気を遣って声をかけたりもした。「内山、一緒に飯食わね?」とか。でも内山は「ありがとう、でも一人でいい」って断った。それ以来、誰も誘わなくなった。


「木村くん、内山くんと仲良いの?」

永田が振り返って聞いてきた。

「いや、全然。同じクラスなだけ」

「そっかー。でもさ、なんで中3で剣道部入ったんだろうね」

「さあ?」

俺は正直に答えた。本当に知らない。

内山が中3の春に剣道部に入ったとき、クラスの男子全員が驚いた。それまで帰宅部だった奴が、しかも中3になってから部活に入るなんて。


それから約10ヶ月。

で、辞めた。

「飽きたんじゃない?」と高橋が言った。

「それか、受験勉強?」と田村が言った。

「でもうち中高一貫だよ?」

「あ、そっか」

女子たちは笑った。

そのとき、隣の席の安藤が小声で言った。

「なあ、木村」

「ん?」

「内山、今日休みだよな」

安藤が顎で教室の後ろを指した。

窓際の一番後ろの席。内山の席。

誰もいない。

あ、本当だ。

朝のHR、出席確認のとき、内山の名前が呼ばれたっけ。

思い出そうとしたけど、思い出せない。

「体調不良かな」と安藤が言った。

「かもな」

俺はそう答えた。

でも、なんとなく、違う気がした。

部活を辞めた次の日に、休む。

偶然かもしれない。

でも、なんか、意味がある気がした。


チャイムが鳴って、次の授業の準備が始まった。国語。俺は国語が苦手だ。特に古文。何を言ってるのか全然分からない。

授業が始まる。先生が『源氏物語』について話し始める。

俺は教科書を開きながら、また内山のことを考えていた。

内山は国語が得意だった。いつもテストで80点以上取ってる。授業中の発表も、的確で、先生によく褒められてた。

本を読むのが好きなんだろう。休み時間、いつも文庫本を読んでる。何を読んでるのか、一度見たことがある。東野圭吾の『マスカレード・ホテル』だった。

中3で東野圭吾。渋い。

俺なんて、最近読んだ本はライトノベルくらいだ。

授業中、ふと窓の外を見た。

校庭で、体育の授業をしている学年がある。サッカーをしてるみたいだ。

剣道部は、今頃何をしてるんだろう。

内山がいなくなった剣道部。

誰か気づいてるのかな。

それとも、誰も気にしてないのかな。


購買は混んでた。混むまでトイレに行って待つ間、スマホをいじる。

ボードゲーム部のグループLINEに、先輩からメッセージが来てた。

「今日の部活、新しいボードゲーム持ってくるから楽しみにしてて!」

俺は「了解です!」ってリアクションをした。

ボードゲーム部は、週2回の活動。主にその名の通りボードゲームをやる。カタン、カルカソンヌ、ドミニオン、いろいろ。最近は人狼ゲームにハマってる。

部員は10人くらい。中1から高2まで、幅広い。男女比も半々くらいで、雰囲気がいい。

俺は中1のときに入った。最初は将棋部と迷ったけど、将棋部は真剣すぎて怖かった。シミュ研は、もっと緩くて、楽しい。


トイレから出て、カレーパンを買って教室に戻る。

男子の何人かが、廊下側の席に集まって、弁当を食べていた。

「木村、遅い」

「購買混んでたんだよ」

俺も輪に加わる。

弁当を開けながら、ふと、窓際の席を見た。

内山の席。

誰もいない。

いつもなら、内山が一人で、弁当とかを食べてる時間だ。

「なあ、内山って今日なんで休みなんだろうな」

俺は何気なく言った。

安藤が肩をすくめた。

「知らん。風邪じゃね?」

「この時期、インフル流行ってるしな」

別の男子、確か山本が言った。

「でもさ、内山って、あんまり休まないよな」

俺がそう言うと、みんな「あー」って納得した。

本当だ。内山、ほとんど休んだことがない気がする。

遅刻もしない。いつも始業時間の10分前には教室にいる。

真面目な奴だ。

「部活辞めたのと関係あんのかな」

山本が言った。

「どういう関係?」

「いや、知らんけど。なんか、落ち込んでるとか」

「落ち込むようなことか? 部活辞めるって」

安藤が笑った。

「まあ、確かに」

俺もそう思った。

部活を辞める。別に珍しいことじゃない。合わなかったら辞める。普通のことだ。

でも、内山の場合は、ちょっと違う気がした。

中3で入って、10ヶ月で辞める。

その10ヶ月、内山は何を思ってたんだろう。


昼休みが終わって、午後の授業が始まった。

5時間目は数学。俺の一番嫌いな科目。

先生が黒板に数式を書いていく。俺はノートに写す。意味は分からない。

隣の安藤も、同じような顔をしている。

ふと、内山の席を見た。

やっぱり、誰もいない。

内山なら、この問題、すぐ解けるんだろうな。

数学も得意だったから。

なんで内山のことばっかり考えてるんだろう。

俺、内山と仲良くもないのに。


放課後、部室に向かった。

ボード部の部室は、校舎の3階、一番奥にある。小さい部屋だけど、窓が大きくて明るい。

部室に入ると、先輩たちがもう来ていた。

「木村、来た来た!」

高2の先輩、藤田さんが手を振った。

「こんにちは」

「見て見て、これ!」

藤田さんが箱を開けた。

『アグリコラ』。

「うわ、本格的なやつじゃないですか」

「でしょ! 今日はこれやろう!」

ルール説明が始まる。

農場を作って、作物を育てて、家畜を飼って、家族を増やす。

複雑だけど、面白そうだ。

ゲームが始まった。

俺は、木材を集めて、畑を耕して、羊を飼った。

藤田さんは、石を集めて、家を増築して、牛を飼った。

みんな、それぞれの戦略で、自分の農場を発展させていく。

楽しい。

部活って、こういうものだよな。

みんなで何かをして、笑って、楽しい時間を過ごす。

内山は、剣道部で、こういう時間を過ごせたんだろうか。

ふと、そう思った。


ゲームが終わって、片付けが始まった。

藤田さんが俺に聞いた。

「木村、クラスに内山くんっているでしょ?」

「あ、はい」

「あの子、剣道部辞めたって聞いたんだけど」

「そうらしいです」

「なんで?」

「知らないです。僕、内山とあんまり喋らないんで」

「そっか」

藤田さんは少し考えるような顔をして、それから笑った。

「まあ、いいか。本人が決めたことだし」

「そうですね」

部活が終わって、校舎を出た。

空が、オレンジ色だった。


今年、高校生になる。

内山は、高校で、何か変わるんだろうか。

それとも、変わらないんだろうか。

知らない。

でも、ちょっとだけ、気になった。

家に帰る道。

コンビニに寄って、肉まんを買った。

温かい。

冬の夕方は、寒い。

でも、嫌いじゃない。

この季節の、この空気が、なんか好きだ。


家に着いて、ドアを開ける。

「ただいま」

「おかえり」

母親の声。

晩御飯まで少し時間がある。

部屋に上がって、制服を脱いで、普段着に着替える。

机の上に、数学の宿題がある。

やらなきゃ。

でも、やる気が出ない。

ベッドに寝転がって、天井を見た。

内山、明日は来るのかな。

来るんだろうな。

内山は、そういう奴だから。

休んだ分の授業、ちゃんとノート借りて、授業に追いつくんだろうな。

真面目だから。

俺も、もうちょっと真面目にならなきゃな。

そう思った。

でも、たぶん、無理だな。

そうも思った。


スマホを見る。

LINEに、ボード部のグループから通知が来てた。

藤田さんからの写真。今日の『アグリコラ』の盤面。

みんな、いいねを押してる。

俺も押した。

そして、なんとなく、内山のLINEを検索してみた。

あった。

プロフィール画像は、デフォルトの灰色のアイコン。

ステータスメッセージは、何も書いてない。

最後にやりとりしたのは、いつだっけ。

スクロールすると、去年の4月だった。

「プリントありがとう」

内山からの短いメッセージ。

俺は「おう」って返してた。

それきり。

画面を閉じた。

明日、内山に、何か話しかけてみようかな。

そう思った。

でも、何を話せばいいんだろう。

分からない。

とりあえず、明日、考えよう。

そう思って、俺は目を閉じた。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ