斉藤大賀の場合 下.
尿を飲んで戦う話飲尿闘法、後編です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
人生で初めて銀行強盗に出会った大賀は、思考が停止し、その場に凍りついてしまった。それは他の客も同じようで、その場にいた全員が銀行強盗の男たちを見たまま、硬直している。
「よし、静かになったな。お前らよく聞け。この場にいる全員、その場に座れ。怪しい動きはするんじゃねぇぞ」
地方銀行の店舗内には、男の声とシャッターの閉まる機械音のみが響く。脅されていた受付の女性は、指示通りシャッターを下ろす操作をしたらしい。
「早くしろ!!」
戸惑う人たちに、強盗の男は一喝した。その場にいる人間全員が、完全に気圧されている。一人、また一人と、指示に従い床に座っていく。
大賀もそれに倣い、その場に座り込む。冷たく固い床の感触が伝わってくる。
「よし、それでいい。今から俺たちの言うことに従え。変なことは考えるんじゃねぇぞ」
強盗達のリーダー格を務めているであろう男が、周囲を見回しながら手に持ったナイフを見せつけるように左右に動かす。
銀行は緊張感に包まれた。大賀もその雰囲気に呑まれ、自然と鼓動が早まり呼吸が浅くなる。
「お前ら二人はこいつらをまとめろ。俺たちは金を確保する」
リーダー格の男は仲間に指示を出し、強盗達は二手に分かれた。二人は銀行受付の奥へと消え、残った二人は座り込む大賀たちと銀行員の人数を数え出した。
「よし、今からお前らには一箇所にまとまってもらう。全員手を後ろで組め」
大賀たちは指示通り手を後ろで組んだ。強盗の男たちはそれを確認すると、持っていたバッグから何かを取り出し、人質となった人々に近づく。
一人、また一人と、強盗に指示をされ、銀行店舗の中央、受付前へと移動させられる。
「次はお前だ。立て」
いよいよ、大賀の元にもやってきた。大賀は指示に従い、手を後ろで組んだまま立ち上がる。
「動くなよ、手はそのままだ」
自分を落ち着けるために、なるべく息を深く吸い込む。
強盗の男はそんな大賀の後ろに回り込み、手を掴んだ。
強盗がバッグの中から取り出したのは結束バンドだ。それを素早く大賀の親指に括り付け、両手が離れないように固定する。
これではどう頑張っても抵抗できない。
「よし、そのまま進んであっちで座れ」
突き飛ばすように背中を押され、受付前に行くよう促される。大賀は強盗の男を睨んだが、男は既に他の人の下へと向かい、大賀のことなど見ていなかった。
指示に従い、同じように拘束された人たちと一カ所に固まる。
皆、怯えている様子で俯いている。強盗に抵抗するような勇気ある人間は、ここにはいない。
受付の奥からは時折怒鳴り声や何かを漁るような物音が聞こえる。きっと、奥に向かった男たちが現金を探しているのだろう。
待合室に残った強盗二人は、刃物を見せびらかすように持ちながら、大賀たちの周りを巡回している。
銀行の出入り口は閉じられ、拘束された上に、強盗たちの監視、隙を見て逃げるなんてことはできない。
五分ほど経過しただろうか。誰かが警察に通報していれば、そろそろサイレンの音が聞こえてもおかしくはない。
シャッターが閉まっているので外の様子は分からないが、恐らく外の人たちはこの事態に気づいてないか、気づいていても見て見ぬふりをしているのだろう。
ずっと同じ姿勢で座っているせいで、体が痛くなってくる。
皆、大賀と同じ気持ちなのか、各々が身をよじったり姿勢を変えたりしている。この緊張感もあってか、皆一様に疲弊したような顔をしている。
大賀自身も、この状況に疲労を感じてきた。
「おい、お前ら、あんまり動くんじゃねぇぞ!」
強盗の男が、こちらの疲労など知らないという風に怒鳴った。
拘束された人たちは、驚きやため息といった反応を見せながら背筋を伸ばす。
大賀も抵抗する意思はないと示すように、体育座りの態勢をとった。
その時、大賀は右隣から荒い息遣いが聞こえてきた。その方向をみると、強盗が入ってきた際一番最初に脅されていた受付の女性がいた。
髪は短く、大賀と大して歳は離れていないように見える。新卒で今年入った新入行員といった感じだ。
女性の顔は青ざめている。今まで隣にいて気づかなかったが、目は潤み、体が小刻みに震えて、明らかに怯えている様子だ。聞こえてきた息遣いは軽度な過呼吸かもしれない。
こんな経験、多くの人にとって人生で初めてなので無理はないが、それにしてもかなり動揺しているように見える。
大丈夫だろうか、明らかに正常ではないその様子を大賀は心配そうに見つめる。
さらに五分ほど経過した。何か手間取っているのだろうか。現金を奪いに行った男たちは中々戻ってこない。
「ちっ、あいつら遅いな……」
「おい、早く済ませないと、警察来ちまうぞ」
こちらに残った男たちは、片方はこの状況に飽き、片方は徐々に焦りを募らせた様子で、二人とも集中力がなくなっているようだ。
大賀たち人質も、緊張感を持ちながらも段々とこの状況に慣れてきた。周りを見回したり時計を確認したりする余裕が生まれてきている。
「あの、すみません……」
そんな中、か細い女性の声が耳に届いた。強盗、人質、大賀、その場にいる全員が声のした方向を見る。
声の主は、先程怯え切った様子で青ざめていた受付の女性だ。
「あ? なんだよ」
威圧するように問いかける強盗を、女性はおどおどとしながら見上げた。
「あの、えっと、すみません、お手洗いに行かせていただけないでしょうか」
女性の言葉に、男は意表を突かれた顔をした後、嘲笑うように口角をあげた。
「はぁ? いいわけないだろ。黙ってそこにいろ!」
「でも、もう我慢できなくて……」
女性は強盗が来る前から尿意を感じていたようだ。先程から小刻みに震えたり青ざめていたりした様子は、恐怖に加え徐々に募ってくる尿意も原因だったのかもしれない。
「知らねぇよ! そんなしたいんだったらその場でしとけ!」
男は女性を一喝する。女性は一瞬肩を跳ねさせた後、俯いた。
確かにこの状況でトイレにいけるわけはない。あの女性には気の毒だが、我慢するしかない。
「お前らもあんまりふざけたこと言うんじゃねぇぞ」
強盗は大賀たちを見回すように言う。そして、隣の女性の方を睨んだ。
「分かったなッ!!」
今度は女性に向かって、怒鳴った。
「ひッ!!」
女性は大きく肩を跳ねさせ、顔を強張らせた。
そして、何かの危機を察したかのような顔をした後、目が潤みはじめた。
何が起きたのか分からないが、先程までの怯えた様子とはまた違う、焦りの表情だ。
その疑問はすぐに解けた。鼻につくアンモニアのような匂い、女性の下腹部を見ると、どんどんと液体が滲んでいく。
「だめ、止まってッ……」
波紋のように広がっていく滲みを、その場にいる全員で見つめる。滲みは床まで届き、薄く黄色い液体が床に広がっていく。
失禁だ。
「ははっ、おい、お前マジかよ」
男はそれを見て笑い出した。
「トイレ行きたいって、マジだったんだな。それにしても、普通漏らすかよ。きったねー」
強盗たちは子供のように女性をバカにする。黄色い水たまりの上に蹲る女性は、耳まで赤くして下を向いている。
人質たちの大半はそれを気の毒そうに見つめ、数人は少し軽蔑したような目で見ている。
大賀はあまり女性の恥辱の姿をなるべく見ないように、鼻ではその正体を確実に感じながらそちらに目を向けぬように心がけた。
「まぁ、ションベン漏らしたからって開放しないけどな。くっせーなぁ」
「きったねぇー、後で自分で掃除しとけよ」
男たちは大袈裟にリアクションを取りながら、自然と受付の女性から離れるように歩いてく。女性は相変わらず俯いたままだ。
再び、静寂に包まれる。銀行内には、濃い尿の匂いが充満していく。相当我慢していたのだろうか、黄色い水たまりは、女性を囲むように広がっていた。
失禁した女性の周りにいた人たちは、座りながら遠慮がちに、しかし確実に女性との距離を取った。
それに気づいているのかは分からないが、女性は俯いたまますすり泣いている。
気の毒だ。この場にいる、強盗以外の誰もがそう思っているだろう。
金を奪いに行った男たちはまだ戻ってこない。人質たちは見張られている。変わったことと言えば充満する匂いだけで、希望の無い状況は何も変わっていない。
大賀を除いた全員が、そう思っている。
この銀行内でただ一人、大賀だけはこの状況に希望を見出していた。
武装した男たちに拘束され見張られ、隣には失禁した女性とその尿がある。
この状況を打開できるのは尿人である自分しかいない。そのための力を、自分は有している。
しかし、それを行えば人としての尊厳に傷がつくことは分かり切っている。隣にいる女性の地位も下げてしまうかもしれない。既に慣れた尿の匂いを感じながら、大賀は迷った。
疲弊する人たち、すすり泣く女性、この場において圧倒的な悪である強盗、人としての尊厳を捨てればそんな悪と対立する正義になることができる。
動けるならば動くのが、人として正しい行いだろう。自分の保身に走るのなら、動かないのが正解だ。
何度も思考を巡らし、時間の流れが長くなるのを感じる。
「ちっ、あいつらほんと遅いな。大丈夫なのか」
「おい、待ってんのも暇だし、こいつらの財布でも取っておこうぜ。銀行に来てんだから、こいつら金持ってんだろ」
強盗たちが悪巧みをし始め、人質に近づき出した。
「おい、財布どこにあんだよ。鞄の中か?」
「ちょっと、やめてくださいよ。私のは」
「うるせぇ! 金出せって言ってんだよ、ぶっ殺すぞ!」
身動きの取れない中年男性が、刃物で脅されている。
このままではきっと、この場にいる全員、もちろん大賀の財布も奪われることになる。
そう悟った瞬間、大賀の思いは固まった。
大賀は座ったままこっそりと女性の方に移動し、足元の液体には触れないようにできるだけ近づく。
俯く女性の耳に顔を近づけ、口を開く。
「すみません、この尿、飲んでいいですか?」
大賀が小声でそう言うと、女性は涙目のまま困惑した顔でこちらを見る。
「え?えっと……、え?」
女性の返答を待っている余裕はない。強盗達は今まさに人質の鞄を漁り始めている。
「失礼とは思いますが、すみませんッ!」
女性の潤んだ目を見ながら、意を決して身体を倒す。大賀の頭が向かう方向は、先程女性が作った水たまりだ。
「えっ、ちょっと……」
いきなりの奇行に、女性とその周りにいる人は困惑している。
大賀はなるべく周りの声を聞かないようにしながら、身をよじって口元を濡れた床に近づけ、尿を舐めとった。
強烈な匂いが口内と鼻腔を埋め尽くす。決して食べ物には感じない独特な苦みが、舌と喉を刺激する。
ティースプーン一杯分ほどを飲み込むと、すぐに大賀の身体の奥が熱くなった。
「お、おい! お前何やってんだ! 動くなって言っただろ!!」
それに気づいた強盗達は、大賀の行動に困惑しながらも威圧する。
身体の奥から生じた熱は、どんどんと広がり、身体中を駆け巡る。
大賀の身体が変化していく。爪が伸び、牙が生え、感覚は鋭く、体格は大きくなる。
「な、なんだこいつ!」
「おい、こいつもしかして、尿人なんじゃないか!?」
強盗達は大賀の変化に困惑しながらも、刃物を向けて臨戦態勢をとる。
身体の変化が終わり、完全に人狼となった大賀は、自身を拘束していた結束バンドを易々と引きちぎった。
「こいつ、さっきのションベンを飲んだのか……」
大賀は立ち上がり、目を見開いている男たちを見下ろす。目線の高さが変わるだけで、強盗達に感じていた恐怖心はかなり薄れた。
充満する尿の匂いを、より強く感じる。受付の奥からは先程まで聞こえなかった物音が聞こえてきた。
衣擦れ音と柔らかい物体がぶつかり合う音、恐らく強盗がバッグの中に札束を詰めているのだろう。
「くそっ、やっちまえ!」
目の前にいる男たちが、刃物を振りかざしながら向かってきた。人狼の反射神経ならば、男たちの動きを捉えることは容易い。
大賀は先に向かってきた男の刃物を躱しながら、自らの爪を男の腕に突き立てた。男の腕からは血が飛び散る。
「いっ……てぇ~~~~!!」
男は苦悶の表情を浮かべ、血が滴る腕を庇いながら蹲る。持っていた刃物を床に落としたが、それを気にしている余裕はないようだ。
右手の爪についた返り血と男の表情を見て、大賀は申し訳ないと思ってしまった。尿人として人より強い力を持っているが、人を傷つけるのは初めてだ。攻撃した大賀自身が、血の色を見て少し驚く。
「くそっ、化け物めっ!」
仲間がやられたことにうろたえながらも、もう一人の男が向かってきた。
今度は相手に怪我をさせないように、拳を強く握り、相手の手の甲に打ち付けた。
「いたっ」
男は情けない声を上げ、持っていた刃物を落とし、同時に尻餅をついた。どうやら腰を抜かしているらしい。
ひとまず二人を無力化できたことに、大賀は安心して、大きく息を吐いた。
「おいっ何騒いでんだ! ……って、なんだこいつ!!」
すると、間髪入れずに銀行の奥から残りの二人の強盗が走って来た。
強盗達はまず人狼となった大賀の姿を見て動揺し、その後戦闘不能となっている男たちを見てから、大賀に敵意の視線を向けた。
「お前、やりやがったな!」
強盗たちは刃物を取り出し、臨戦態勢をとった。大賀も本能的に少し腰を落とし、構える。
警戒をしながら、大賀は焦りを感じていた。
先程舐めとった尿の量からして、人狼でいられる時間は五分程度だ。その間に、強盗たちを制圧できるだろうか。
「おい、やっちまえ!」
強盗のリーダー格らしい男が、もう一方の強盗に命令した。
命令された男は頷き、ナイフを持ったまま前に出る。
大柄な男だ。プロレスラーのようにガタイがいい。ナイフを構える仕草も様になっている。もしかしたら、格闘技の経験があるのかもしれない。
「おらぁ!」
大柄な男は勢いよく踏み出し、向かってきた。
大賀は半身となってナイフを躱す。倒した男たちよりは速いが、人狼の反射神経であれば対応できる。
「はぁっ!」
大賀は精一杯の力を込めて、大柄な男の顔に拳を放つ。
放たれた強烈な拳を、男はナイフを持つ手とは逆の手で受け止めた。
まさか受け止められるとは思っていなかった大賀は動揺を隠せなかった。
「おらっ!」
その一瞬の隙を突いて、男は掴んでいる大賀の腕に対してナイフを突き立てた。
「うっ、いっ…たっ……」
右腕に鋭い痛みが走る。大賀は思わず手を引こうとするが、男は大賀の拳を掴んだまま離さない。
格闘技経験も無くまだ高校生だが人狼の大賀、恐らく格闘技経験があり大柄な男、結果的に戦闘能力が五分五分となっている。
一瞬の隙を突かれた大賀は、動揺しながらもその事実を認識し、自身も本気で、相手を殺す気でいかなければならないと自覚する。
腕を刺され、血が滴り、痛みに耐え、周りの人間から見つめられながら、覚悟を決める。
大賀は、左手を男の肩に伸ばし、思い切り掴む。爪が深く突き刺さった。
「いってぇ、この野郎!」
男が抵抗しようとするが、自身も両手が塞がっているため、一瞬の隙が生まれる。
大賀はその隙を見逃さず、口を大きく開け、男の肩に嚙みついた。牙も深く突き刺さる。更に顎に力を込める。
「ぐ、うわぁぁぁ!!」
大柄な男はあまりの痛みに雄たけびを上げた。
牙を通して、血の温かさ、肉が裂かれ筋線維が切れるような感触、吹き出る血の流れが伝わってくる。
あまりにもグロテスクで、すぐにでも口を開けて男を開放したい。
大賀はその気持ちをぐっと抑え、もう一度顎に力を込める。骨の砕ける音がした。
すると、男の口からは、空気が抜けるような音がした。痛みが強すぎて、声を発することも出来ないのかもしれない。
相手が戦闘不能だと判断した大賀は、ゆっくりと口を開き、牙を引き抜いた。引き抜く時、男が一瞬体を震わせた。
大量の血が口内に残っていて、気持ちが悪い。口の端から血がこぼれ、ボトボトと床に零れ落ちる。
返り血を浴び、口元が真っ赤に染まる大賀の姿は、怪物と呼ぶに相応しい。
あとどれくらい人狼の時間が残っているか分からない。大賀は残ったリーダー格の男の方を向いた。
「ひっ」
先程まで強気に声を上げていた男は怯えた目で大賀を見る。
大賀が一歩を踏み出すと、男は札束が詰まっているであろうバッグを床に落とした。
「こ、降参だ。もう何もしない。悪かった」
強盗の男は今にも泣きだしそうな目で大賀を見ながら、両手を上げて無抵抗の意思を表した。
そのタイミングで、大賀の身体が元に戻り始めた。
少し拍子抜けしたが、助かった。何とか、制圧はできたようだ。
大賀は口元の血を拭いながら、一応落ちていたナイフを拾う。強盗の男はもう抵抗する意思は無さそうだが、念のためだ。
強盗を制圧することに成功し安心した大賀がふと周りを見ると、拘束された人たちが全員、こちら見つめていた。
その目線は、感謝ではなく、恐怖や怯え、少しの軽蔑が混ざったような視線だ。
大賀はガラスに映った自分の姿を見る。右腕からは血が滴り、手と身体は返り血で染まっている。口の周りにも血がべったりとこべりついている。口の周りの血液が乾いて固まっていくような感覚がある。
数十秒前まで人狼の怪物に変身していた全身血だらけの男、傍から見たら恐怖の対象だ。
大賀はそのことを自覚し、精一杯無害そうな表情を作る。刺された右腕が痛むので、表情がぎこちなくなる。
「あの、とりあえず皆さんの拘束外していくので、誰か警察と、救急車を呼んでいただけますか?」
大賀がそう言うと、戸惑いながらも数人は首を縦に振った。
大賀は自分に近い人から順番に、ナイフを使って両手を縛る結束バンドを切っていった。解放された人たちは、別の人を開放し、無傷な強盗達を動けないように拘束していった。
大賀は全員解放されたことを確認し、ナイフを置いた。
咄嗟のことだったけれど、何とか良い方向にもっていくことができた。まだ誰からも感謝はされていないが、心の中で、自分のことを褒める。
ふと周りを見ると、失禁をした女性が端の方で気まずそうに立っていた。
あんなことがあったのだから無理はない。大賀は謝りたい気持ちが芽生えたけれど、何をどう謝ればいいのかも分からない。
そんなことを思っていると、女性と目が合った。大賀は急いで目線を逸らす。
数分後、サイレンの音が近づいてくる。誰かが通報してくれたらしい。
警察と救急車が到着してからは、強盗達がテキパキと運び出され、いつの間にか規制線が張られ、大賀たちは軽い事情聴取だけされてすぐに解放された。
警察は大賀の話を訝しみながら聞いていたが、大賀が尿人であると言う事を知ると、すぐに話を信じた。
連絡先を伝え、大賀は治療を受けるために病院に運ばれた。傷の完治に二週間はかかるそうだ。
「大賀、この前強盗に襲われたんだって?」
事件から一週間後、包帯を巻きながら学校生活を送る大賀に、拓人が言った。
「うん、でもそのことは警察の人にあんまり話すなって言われているんだ」
「そうなんだ、でももう結構広まってるよ。色々聞きたいなぁ」
「広まってるんだ……。今日の午後早退して現場検証に行かなきゃならないから、その後だったら色々話していいかも」
「マジ? じゃあ一番に俺に聞かせてよ」
拓人は強盗事件について興味津々な様子だ。大賀としてはあまり話したい内容ではないが、拓人個人にならいいとも思っている。
その日、大賀は学校を早退し、事件のあった銀行へと向かった。
そこには既に何人かの警察と銀行員が待ち構えていた。
「おっ来たね。じゃあ中に入って」
大賀は促されるまま、銀行の中に入る。中は事件当日のほぼそのまま、床には血痕がこべりつき、大賀が座っていた場所の近くの床には、広がった染みが残っている。
「じゃあ、事件当時のことを聞かせてもらえるかな」
警察に求められ、大賀は応じた。自分が尿人であること、どのようにして人狼になったか、どうやって制圧をしたか、時々警察に質問を受けながら、事細かに話していく。
「なるほどなるほど、状況は分かりました。ただ君ね、仕方がなかったとはいえ、尿人が勝手に飲尿することは禁止されている、それは知っているね? 今回はギリギリ正当防衛の範囲内で処理されるみたいだけれど、君が人に怪我をさせたことは事実だから、今後はこういうことがないようにお願いしますよ」
「はい、分かりました」
大賀は多少の理不尽さを感じながらも、警察の言葉を受け止めた。
自分だってやりたくてやったわけではない。
「じゃあ、これから別の人に話を聞きに行くから、君は検証が終わるまで待機でお願いします」
警察はそう言って、銀行員たちの方に向かった。その先を見ると、あの日失禁した女性もいた。
大賀が見ていると、女性と目が合ってしまった。不可抗力とはいえ、尿を飲んでしまった相手に会うのは気まずい。
大賀は目を逸らし、その日はそのまま言葉を交わさず目を合わせないまま終わった。
大賀が巻き込まれた強盗事件は、事件当日と検証が行われた今日、夜の全国区のニュースで報道された。地元の高校生が事件を解決したということが大々的に報じられていたが、どのように解決したかは一切説明がなかった。
尿人が尿を飲んで事件を解決したなんてことは、報じられない。それは当たり前のことだ。
「腕の傷はまだ痛む?」
ニュースを見ていると、母が夕飯を配膳し始めた。
「うん、まだ結構」
「そっかぁ、今回は災難だったねぇ」
母はそう言って配膳を続ける。心配はしてくれるが、あまり深くは聞いてこない。
現場検証まで済み、強盗事件関連のことはひと段落ついた今日の夕飯は、ステーキだった。
普段は出ないご馳走だ。さらに、大賀の肉が、明らかに大きかった。
母からのお疲れ様を、大賀は噛み締めて食べる。
少し、あの日噛んだ強盗の肩の感触を思い出してしまい、複雑な気分になった。
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