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飲尿闘法  作者: 藻野菜
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斉藤大賀の場合 上.

尿を飲んで戦う話飲尿闘法、前編です。よければブクマや評価よろしくお願いします。

「じゃ、これで帰りのホームルームを終えるぞ。日直、挨拶」


 担任の教師がそう合図すると、日直の生徒は「起立」と号令をかけた。

 教室中の生徒が一斉に立ち上がる。


「あ、そうだ。斉藤、渡す物があるからこの後取りに来るように」


 担任は手に茶封筒を持ちながら、教室後方にいる大賀(たいが)のことを見た。

 大賀は「またか」と思いながら、了解の意を込めて会釈をする。

 日直の生徒はそれを待ってから、教師に向かって別れの挨拶を告げる。その一拍後、生徒全員が復唱し、ホームルームは終了した。

 多くの生徒が鞄を持って教室から出て行く中、大賀は教壇で書類をまとめる担任の下へと向かった。


「先生」

「あぁ、じゃあこれ、いつものやつ」


 大賀は先程見た茶封筒を受け取り、一応そこに書かれた文字を確認する。

 『飲尿時特異体質発現症に関する検査通知』

 この文字を見ると必ず、大賀の頭の中には小学生の頃浴びせられた言葉がフラッシュバックする。


「いんにょー野郎~!」「お前、汚いな〜」「おしっこが感染(うつ)るぞ! 逃げろ!」


 大賀はそんな記憶を振り払うように乱暴に封筒を鞄に入れ、教室を後にする。

 飲尿時特異体質発現症とは、この世界の限られた人に見られる、ある体質の名前だ。

 この体質は生まれつき持っている先天的なもので、体に害を及ぼすようなものではない。

 飲尿時特異体質発現症を持った人間は、その症名の通り、飲尿をすることで超能力とでも言うべき不思議な力が発現する。

 何故このような体質の人間が生まれるのかはまだ謎なようで、日夜研究が進められているという。

 尿を飲んで空を飛ぶ者もいれば、尿を飲んで超人的な力を発揮する者もいる。そして、飲尿時特異体質発現症の人間は、俗に『尿人(にょうど)』と呼ばれる。

 基本的には人に害を及ぼすような存在ではないのだが、『尿を飲む』という行為へのマイナスイメージから、尿人は腫れ物扱いされ奇異の目を向けられることが多い。

 尿人である大賀は、小中学校時代、理不尽ないじめに遭ってきた。自身が尿人であるということが示される度、その時の記憶が蘇る。

 尿人の子供がいじめられるなんて話は珍しくない。むしろ心身が未発達な子供の間では、それはごく自然な光景だ。

 大賀は稀有な存在である尿人の一人として、ありふれた子供時代を送ってきた。

 掘り起こされた思い出から逃れるように、早足で教室を出る。この気分を変えようと、深く息を吸い込む。

 教室を出てすぐ、壁に寄りかかっていた拓人(たくと)と目が合った。


「おっ、話終わった? 帰ろうぜ」


 大賀と拓人は高校に入学した時から二年連続同じクラスとなり、お互い部活動に所属せず、自宅の方角が同じという関係で仲良くなり、示す合わすわけでもなくいつも一緒に帰っている。

 今日も走り続ける陸上部を横目に、二人は帰路につく。


「今週の土曜、一緒にクエストいかね? この前追加されたやつ一人だと厳しくてさ」


 二人は趣味が合い、同じゲームをプレイしている。仲良くなったきっかけも、ゲームの話だった。


「あーごめん、土曜日は病院行かなきゃだから、できないかな」

「そっかー。病院って、どこか悪いの?」

「いや、ちょっと」


 大賀は、少しだけ言い淀む。


「検査で」

「あー」


 拓人の相槌は迷うようにふらふらと空中に消えた。

 拓人を含め、通っている高校の同級生ほぼ全員が、大賀が尿人であることを知っている。

 尿人は定期的に特殊な検査を受けなければならない。それは世間的にも広く知られていることであり、もちろん拓人も知っている。

 相槌を最後に、会話が途切れた。

 拓人は優しい。大賀が尿人だと知りながら、そのコンプレックスには一切触れない。


「そういえば、駅前のコンビニだったところ、何になるか知ってる?」

「いや、知らない」

「ジムになるんだってよ。最近、ジム増えすぎだよなー」


 明らかに、話題を逸らすための話題を提供してくれている。

 大賀はそんな拓人の優しさに、少しの申し訳なさと大きな感謝をいつも感じている。


 土曜日、大賀は母親の車で市立病院へと向かった。


「じゃあ、終わったら連絡して。近くで色々用事済ませてるから」


 大賀を下ろした母親は、そう言い残して走り去っていく。

 大賀も母親も、こうして定期的に病院に通うことには慣れ切っている。大賀はルーティーンのように軽く手を振り、最後まで車を見送らずに、病院の中へと向かった。


「すみません、定期検査で来ました」


 担任から受け取った封筒を受付の女性に渡す。乱暴にしまったせいで角が折れてしまっている。


「番号でお呼びするので、待合席でお待ちください」


 大賀は番号札を受け取り、診察室へと続く通路の近くのソファに座った。何度も通ううちに、待合室で大賀の座る場所は固定化された。

 入り口から見て左の、前から二列目の左端、ここは呼び出し番号を表示するモニターがよく見える且つスムーズに診察室に向かうことができる。


『72番、の方。4番診察室、にどうぞ』


 不自然な文章の区切り方をする機械音声が待合室に響き、モニターの画面が切り替わる。

 自分の番号札を確認する。72番。

 大賀は一度伸びをしてから立ち上がり、診察室へと向かう。


「失礼します」


 白い扉を開けると、中にはパソコンの画面を見る初老の男性とその後ろに立つ中年の女性がいた。

 医者の男性は扉が開くと素早く大賀の方を向き、女性は奥の方へとはけていった。


「はい、斉藤さんですね。お待たせしました。こちらに座ってください」


 言われた通り椅子に座り、医者の男性と向かい合う。目の前のデスクの上には先程受付で提出した封筒とその中身が広がられていた。


「今日はいつもの飲尿時特異体質発現症の定期検査ですね。早速始めていってよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 小学生の頃から何度も行っている、慣れたやり取り。二人は台本を読むかのように、すらすらと進めていく。


「前回の検査から何か変わったことはありますか?」

「いえ、特に」

「食生活や睡眠は特に乱れていませんか」

「はい」

「自身の体質について、何か悩みはありますか」

「特にありません」


 医者は大賀の回答を問診票にすらすらと書いていく。お互い、何を質問されるか、どういう答えが返ってくるのか、完全に把握しているようだ。


「無性に飲尿をしたいと思うことはありますか」

「ありません」


 そんなこと、ある訳はない。

 大賀の身体は、尿を飲むと特別なことが起きてしまうだけだ。わざわざ飲みたいとは思わないし、そんな体質が得だと思ったこともない。


「前回の検査以来、検査目的以外で飲尿をしたことはありますか」

「ありません」


 大賀が答えると、医者はペンを置いて大賀の回答を一通り見直す。


「はい、結構です。問診はこれで終わりなので、次は飲尿検査に移ります」


 大賀は心の中で大きなため息をついた。

 検査にはこれがあるから憂鬱だ。


「じゃあ、準備をお願いします」


 医者が診察室の奥に向かって言うと、先程の女性の看護師がワゴンを押しながら戻ってきた。銀色のワゴンにはティッシュや脱脂綿などの名前が分かる物から何に使うのか分からない器具まで様々なものが乗っている。


「それでは、こちらをお願いします」


 看護師の女性はショットグラスのような容器を大賀に渡した。

 そして、蓋のついた試験管のような容器をワゴンから取り出した。中には黄色い液体が入っている。


「失礼します」


 その液体が、大賀の持つ容器に注ぎ入れられる。

 注ぎ終えた看護師の顔をチラリと見ると、憐れむような目と誰かを元気づけるように口角の上がった口が組み合わさり、アンバランスな表情をしていた。

 病院の看護師は、毎回この顔で大賀のことを見る。小学生の頃から今まで、どの看護師もこの顔をしている。マニュアルで決まっているのだろうか。


「それはこちらで用意した衛生的な尿です。飲んでも体に支障はないので安心してください。今からその尿を飲んでもらって、飲尿時特異体質発現症の検査測定を行います。飲んでから体に変化が現れるまで座って待機してください。こちらの指示があるまで動かないでください。それと」


 医者は台本を読むようにダラダラと話す。検査のたびに、何度も聞かされた説明だ。医者の言葉は右から左に流れていく。

 この説明の、最初の部分だけはいつも引っかかる。『衛生的な尿』とは、一体何なんだ。

 誰からどうやって採取しているのか、どういう処理をしているのかも謎だ。それに衛生的だと言われたからって飲むことへの抵抗がなくなるわけでもない。尿であるのなら飲みたくはない。

 かといって大賀は自分に拒否権が無いことも分かっている。尿人には定期的に検査を受けることが義務付けられており、検査では必ず尿を飲まされる。

 大賀は医者の説明を聞き流しながら、もう一度心の中で大きなため息をついた。


「それでは、準備がよければ、お願いします」


 説明を終えた医者はまっすぐとこちらを見た。看護師は先程と同じ顔をして大賀を見ている。

 手元の尿は、大賀の手の動きに合わせて波打っている。正体を聞かされなければエナジードリンクか何かと思えるような明るい黄色だ。

 大賀は一度小さく息を吐いてから、一気に飲み込んだ。

 口から喉に、液体の広がりを感じ、直後に鼻をつく香ばしさも感じる独特な臭いと微かな苦味が口内と鼻腔に広がった。

 この刺激には慣れたものだ。不快ではあるが、何も驚くことはない。不快さもすぐに消えていく。流石は病院が用意した衛生的な尿だ。飲んだことはないが、恐らく通常の尿ではこうはいかないだろう。


「ありがとうございます。では、そのまま待機で」


 看護師が黙って近づき、空になった容器を回収していった。手にはいつの間にかゴム手袋をしている。

 あのゴム手袋が、自分が飲んだ物の本質を表しているような気がする。自分がが飲んだ物は、やはり他人が忌避するようなものなのだ。

 尿を飲み干してから十秒と少し、大賀は自身の腹部あたりが熱くなっていくのを感じた。

 その数秒後、体の形状が変わり始める。肩から前腕にかけて、どんどんと毛が生えてくる。爪は硬く鋭く伸び、爪の根本まで毛に覆われる。

 首から上も同様に毛に覆われ、鼻と口の形状が変わっていく。鼻は前に伸び、口は耳元に向かって広がる。平坦だった歯は鋭くなっていき、大きな犬歯が伸びてくる。

 人間の耳はどこかに引っ込み、その代わりに頭の上に尖った獣の耳が生える。その瞬間から、廊下を歩く人の足音までよく聞こえるようになった。

 一通り体の変化が終わり、大賀は深呼吸をする。

 毛の生えてきた皮膚が少しだけ痒い。医者と看護師の体臭がここまで匂ってくる。


「よし、終わったかな。斉藤さんの飲尿時体質は“人狼(じんろう)”と、今までと特に変わらないみたいだね」


 医者は手元の資料と大賀を見比べながら言った。


「何か、自分で感じる変化とかはあるかな? 今までと違う違和感とか」

「いえ、特には」


 大賀は自らの身体の変化には慣れ切っている。

 飲尿時特異体質発現症によって現れる体質は、人によって様々だ。今のところ、規則性や傾向のようなものは一切見つかっていないらしい。

 大賀の体質は、人狼。尿を飲むと一定時間、狼と人間が組み合わさったような異形となる。


「じゃあ、これから能力検査に移ろうか。えーっと、今までの検査によると、人狼になった時は主に聴覚と嗅覚、身体能力全般が大幅に向上するということだけど、間違いないかな?」

「はい、そうです」

「じゃあ、簡単に身体能力の検査だけしようか。握力計を渡してもらえるかな」


 医者が指示を出すと、看護師の女性はワゴンの中から握力計を取り出し、大賀に差し出した。学校の体力テストで使う物と比べて、二回りは大きい物だ。


「今回は握力と、身体測定くらいでいいかな。じゃあ、お願いします」


 毎年この検査を受けているが、最近はこういった簡易的な検査のみの場合が多い。噂によると、毎年しっかりと検査を受けている尿人ほど段々と検査が簡易的になっていくらしい。

 大賀は一度大きく息を吸ってから、右手に握った握力計を一気に握りしめる。

 数秒握った後、数値を確認すると、『140kg』と表示されていた。リンゴを握りつぶすことのできる握力は80kgだと言われる。やったことはないが、今の大賀ならパイナップルだって握りつぶせるかもしれない。

 大賀は人狼となった自分の能力を数値でしか知らない。日常で飲尿をする機会はなどなく、そもそも今日のような検査以外で尿人が尿を飲むことは基本的に禁止されているからだ。


「はい、140ね。ありがとう。じゃあ、次は身体測定ね」


 看護師に促され、検査着に着替えてから身長や体重、腕の長さ、犬歯のサイズまで、入念に測られる。

 人狼となった大賀の身長は190cm超、先程まで目が合っていた看護師のつむじが見えた。


「はい、これで検査は終了です。待合室にスペースを用意してますので、身体が戻るまではそこで待機していてください。戻ったら受付に伝え、ご帰宅なさって大丈夫です」

「分かりました、ありがとうございました」


 大賀は検査着のまま診察室を出て、待合室へ戻る。

 廊下ですれ違う人は皆、こちらに驚いた顔を向けてから、あからさまに視線を逸らす。


「まま~見て、オオカミさんいる」


 四歳ほどの女の子が、こちらを指さしている。母親らしき女性は大賀のことを一瞬だけ見て、子供に目を逸らすように促した。

 大賀の姿を見た瞬間、人々は大賀が尿人であることを認識する。

 大人から直接的な差別を受けることは少ないが、尿人に対して向けられる視線は、皆一様だ。

 大賀は待合室の隅にあるパーテーションを組み合わせて作られた個室に入る。病院からの配慮によって作られた空間だ。

 この気遣いはありがたいけれど、大賀はここにくる間、既に多くの人に姿を見られている。配慮してくれるのならば、あの診察室で待機させて欲しかった。

 行き届かない配慮というものは、逆にその不完全さを目立たせてしまう。

 大賀はため息をつき、椅子に座って時が過ぎるのを待つ。診察室で飲んだ尿の量なら、長くても三十分経てば体は元に戻るはずだ。

 検査着のサイズが身体に合わず、窮屈だ。大賀のために作られた個室は狭く、圧迫感を感じる。大きな爪の生えた手ではスマホも上手く操作できない。

 何も出来ず、ただ待つ。この体質で良かったと感じたことなど、一度もない。

 三十分が経過した頃、段々と身体が戻っていった。全体的に縮んでいき、毛や爪は身体のどこかに引っ込んでいった。

 完全に人の姿になったことを確認してから、着替えを済ませて受付に行き、診察券を受け取って病院を後にする。入り口の前には既に母が立っていた。


「意外と時間かかったじゃん」

「出された尿の量が意外と多くて」

「ふーん、大変だね」


 母は尿人ではないが、尿人である大賀を育てただけあって飲尿時特異体質発現症に対する理解は深い。尿人がいることは、母にとって当たり前の日常だ。


「今から買い物行くけど、今日食べたいものある?」


 母は病院からの帰り道、必ずこの質問をしてくる。小学生の頃からからずっとだ。

 子供の頃は、いつも家の食卓に出ることのないフライドチキンやハンバーガーを素直にリクエストしていた。

 この質問が、母から自分への労いと気遣いであることに気づいたのは、大賀が中学生になってからだ。大賀の母は幼い大賀に、ちゃんと病院に行けば良いことがあると思わせたかったのだろう。

 最近はリクエストをしていないが、大賀は母のこの質問に毎回感謝していた。母からの気遣いは、申し訳なさを感じずに素直に受け取る方ができる。

 母も父も、大賀が尿を飲みに病院に行くことを受け入れている。

 大賀にとって、唯一視線が億劫ではない相手、それが家族だ。


 検査の翌週、大賀はアルバイトの給料が入ったので現金を下ろしに銀行を訪れた。

 ATMが一万円札を五枚差し出してくる。

 これを何に使おうか。新しい靴、服、ゲーム、拓人と遊ぶ金、色々と使い道を考えながら、財布にしまう。

 大賀が出口に向かおうと、ATMに背を向けた瞬間、窓口の方から、机を叩く大きな音が聞こえた。


「おい! お前ら動くなッ!!」


 怒鳴り声の聞こえた方向を向くと、そこには覆面を被った男が四人立っていた。

 手には刃物を持っている。一瞬の静けさの後、銀行内は騒然とする。


「騒ぐな! おい、お前、シャッターを閉めろ!」


 男の内の一人は、受付の女性に指示を出す。

 彼らは銀行強盗だ。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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