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届けたい

――


ごめん、って言いたかった。


あのとき、ちゃんと話せばよかった。


ふざけてばかりで、ごめん。


君がいなくなったあとの僕は、

ずっとあの時間にしがみついてる。


本当は、あの日、君のことを――


――


 


その日、カバネは手紙を一通、僕に差し出した。

白い封筒に、にじんだ文字で宛名が書かれている。


 


『あさひへ』


 


それだけだった。差出人の名はない。


 


「これは……僕が届けるの?」


 


問いかけると、カバネは小さくうなずいた。


 


「きみが、“まだ人間”だから。届けられる場所がある」


 


その言葉の意味はすぐには飲み込めなかったが、

僕は封筒をポケットにしまい、カバネと並んで町のほうへ歩き出した。


 


宛先は、町の外れにある中学校だった。

門の前でカバネが立ち止まり、少しだけ視線を落とした。


 


「この手紙は、謝罪の言葉。

でも、相手は、受け取らないかもしれない」


 


その言い方が、なぜかとても寂しそうだった。

でも僕は、うなずいた。

受け取られないかもしれない──それでも、届けたいと思った。


 


あさひという少年は、部活帰りのグラウンドで友人たちとボールを蹴っていた。

僕が声をかけて近づくと、あさひは少し警戒した顔をした。


 


「……何?」


 


「これ、誰かからの手紙です」


 


手紙を差し出すと、彼は一瞬だけそれを見つめた。

だが──次の瞬間、あさひはそれを受け取らず、足元に叩き落とした。


 


「……そんなもん、いらねえよ」


 


声が、思っていたよりも低くて、硬かった。

近くにいた友達も、一歩引くようにして立ち尽くしている。


 


「謝られたって、今さら、なににもならねえ」


 


彼の声には、怒りよりも、ずっと深い、悲しみがあった。


 


カバネは何も言わず、ただ風のように遠巻きに見ていた。


 


その手紙を、僕は拾い上げた。

手が、少し震えていた。


 


「……それでも」


 


気づけば、僕は言葉を発していた。


 


「それでも……この手紙を書いた人は、あなたに謝りたかったんだと思う。

言葉にできなかったことを、今さらだけど、ちゃんと伝えたかったんだ」


 


僕の声もまた、きっと震えていた。

あさひは、しばらく無言だった。


 


やがて彼は、うつむいたまま手を差し出した。

僕はそっと、手紙を渡した。


 


「……名前、書いてないけど、字はあいつのだった」


 


彼はつぶやいた。

遠くから聞こえるセミの声が、どこか遠い日のようだった。


 


「ほんと、バカだよな。

死んでから、謝るなんてさ」


 


彼の手が、封筒を握りしめた。


 


カバネの袖が、風に揺れた。

その腕が、少し透けているのを、僕は見逃さなかった。


 


「……カバネ。君、少し……」


 


「手紙が、“とどいた”から」


 


彼女は微笑んだ。

それは、初めて見る、淡い笑みだった。


 


「わたしたちは、“想い”に呼ばれて存在する。

そして、それを“届けた”とき──役目は、終わっていく」


 


「終わるって、どういうこと……?」


 


聞き返したけど、カバネはそれ以上は言わなかった。

ただ、夕陽の中、静かに目を細めていた。


 


手紙は、届いた。

でもそのたびに、カバネは少しずつ、この世界から遠ざかっていく。


 


それが、どうしてなのか。

僕はまだ、わかっていなかった。


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