はじめての手紙
手紙が好きです。妖はもっと好きです。
――
ねぇ、
君にだけは、伝えたかった。
怒ってもいい。
忘れていてもいい。
でも、ひとつだけ、信じてほしい。
最後まで、君のことを想ってた。
――
この町に来て、まだ三日しか経っていない。
けれど僕は、もうこの静けさに馴染んでしまっていた。
山に囲まれた小さな町。電車も一時間に一本しか通らない。
都会の喧騒にいた頃の僕が知ったら、退屈で仕方ないって言うだろう。
でも、祖父の家の縁側で、ただ風の音を聞いている今の僕は、
この「なにもない」時間を、なぜかずっと求めていたような気がする。
それは、偶然見つけた手紙から始まった。
引っ越しの荷解きを手伝っていたとき、古い棚の引き出しの奥に、
一通の封筒が挟まっていた。差出人も宛先も書かれていない、茶色い封筒。
でも、中には紙が一枚、まるで書きかけのまま、途中で止まった手紙だった。
『──おまえのこと、ずっとゆるせなかった。でも、ほんとうは、』
そこまでで、文章は途切れていた。
何かが胸をざわつかせる。でも、誰のものなのかもわからない。
僕は封筒ごと、それをポケットにしまった。
その夜だった。
夜風に誘われるように、僕は祖父の家を抜け出し、神社のほうへ歩いていた。
ひぐらしの鳴き声も消え、ただ木々のざわめきだけが夜の帳を撫でていた。
石段の途中で、ふと、人影が見えた。
背の低い、白いワンピースの少女。
長い髪が風に揺れて、こちらに背を向けてしゃがんでいる。
足元には、何通もの手紙がばらばらと落ちていた。
そして彼女は、その一通を、そっと拾い上げて、胸に抱きしめた。
「……それ、君の手紙?」
僕が声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。
まっすぐな黒髪に、透明な目。
まるで、そこにあるのが幻みたいに、輪郭があいまいだった。
「いいえ、これは……誰かの、届けそこねた想い」
その声は、風と同じくらい静かだった。
「わたしはカバネ。
この世に遺された手紙を、
ちゃんと、心に届けるためにいるの」
手紙の精霊? 妖怪? それとも──
言葉にできない何かが、僕の胸を揺らした。
ポケットの中の封筒が、少しだけ熱を持っていた。
ああ。
もしかして、僕がここに来たのは──
この手紙を、君に届けるためだったんじゃないか。
──夜の神社に、風が吹いた。
その風のなかで、僕の世界は少しずつ変わりはじめた。