表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

はじめての手紙

手紙が好きです。妖はもっと好きです。

――


ねぇ、

君にだけは、伝えたかった。


怒ってもいい。

忘れていてもいい。


でも、ひとつだけ、信じてほしい。


最後まで、君のことを想ってた。


――


 


この町に来て、まだ三日しか経っていない。

けれど僕は、もうこの静けさに馴染んでしまっていた。


 


山に囲まれた小さな町。電車も一時間に一本しか通らない。

都会の喧騒にいた頃の僕が知ったら、退屈で仕方ないって言うだろう。


 


でも、祖父の家の縁側で、ただ風の音を聞いている今の僕は、

この「なにもない」時間を、なぜかずっと求めていたような気がする。


 


それは、偶然見つけた手紙から始まった。


 


引っ越しの荷解きを手伝っていたとき、古い棚の引き出しの奥に、

一通の封筒が挟まっていた。差出人も宛先も書かれていない、茶色い封筒。

でも、中には紙が一枚、まるで書きかけのまま、途中で止まった手紙だった。


 


『──おまえのこと、ずっとゆるせなかった。でも、ほんとうは、』


 


そこまでで、文章は途切れていた。


 


何かが胸をざわつかせる。でも、誰のものなのかもわからない。

僕は封筒ごと、それをポケットにしまった。


 


その夜だった。


 


夜風に誘われるように、僕は祖父の家を抜け出し、神社のほうへ歩いていた。

ひぐらしの鳴き声も消え、ただ木々のざわめきだけが夜の帳を撫でていた。


 


石段の途中で、ふと、人影が見えた。


 


背の低い、白いワンピースの少女。

長い髪が風に揺れて、こちらに背を向けてしゃがんでいる。


 


足元には、何通もの手紙がばらばらと落ちていた。

そして彼女は、その一通を、そっと拾い上げて、胸に抱きしめた。


 


「……それ、君の手紙?」


 


僕が声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。


 


まっすぐな黒髪に、透明な目。

まるで、そこにあるのが幻みたいに、輪郭があいまいだった。


 


「いいえ、これは……誰かの、届けそこねた想い」


 


その声は、風と同じくらい静かだった。


 


「わたしはカバネ。

この世に遺された手紙を、

ちゃんと、心に届けるためにいるの」


 


手紙の精霊? 妖怪? それとも──


 


言葉にできない何かが、僕の胸を揺らした。

ポケットの中の封筒が、少しだけ熱を持っていた。


 


ああ。

もしかして、僕がここに来たのは──

この手紙を、君に届けるためだったんじゃないか。


 


──夜の神社に、風が吹いた。

その風のなかで、僕の世界は少しずつ変わりはじめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ