1 君、迷子なの?
第一幕
開演 君、迷子なの?
見上げる冬の星空はとても美しかった。都市で見る空の何倍も美しい。たくさんの星が夜空で輝きを放っている。空はいつもよりも高く、空気は透明だった。
そこには巨大な月があった。白く輝く美しい球体があった。その球体に星の目は釘付けになる。明るい夜。とても素敵な予感がする夜だ。
森は濃い緑色の葉を生い茂らせていた。木の幹は太くて大きい。大地は焦げ茶色。そこには一本の獣道がある。数日前に雨でも降ったのか、森の草木は水気を帯びている。霧のような白い靄が浮かんでいる場所がある。
吐く息は白く、空気は凍えるように冷たい。今は冬だ。そういえば私が海と初めて出会った日も、こんな寒くて暗い冬の日だった。そんなことを本田星は久しぶりに思い出す。
「海、待っててね」
そう呟いてから星は夜空から視線を戻し、再び暗い冬の森の中を歩き出した。星はいつものように『一人』で、森の中を歩いている。
その周囲には誰の姿も見当たらない。ただでさえ不気味で暗い森の中なのに、人気がないことでさらに恐ろしい雰囲気を森は醸し出している。それなのに星はそんなことはまったく気にしていない様子で平然と森の中を歩き続けていた。
星が元気良く足を交互に前に出すたびに、その長くて自慢の艶やかな(腰まである)黒髪が空中で優雅に揺れる。その動きはとても美しかったが、同時にそれは星の強がりの象徴でもあった。(可愛らしい童顔の星の顔は笑顔だった。その大きな星の瞳には、いつものように、きらきらと美しい光が輝いている)
森の中を歩くにしては星の服装は至ってシンプルだった。学院指定の黒色の制服の上に山吹色のダッフルコートを着ている。
頭の後ろに赤い紐のような古風なリボンをつけて、ほっそりとした首元には大きめの白いふかふかのマフラーを巻いている。陸上で鍛えたすらっとした自慢の長い両足には黒いタイツを履いている。靴は愛用の白いスニーカーだった。
これらは普段、星が学院に通学するときに身につけているものだったが(白いスニーカーだけは運動用で、本当は黒の革靴だけど)星は森に行くことを決意したとき、あえてこの普段通りの服装を選んだ。それは海との思い出が一番詰まっている服装が、この学院の制服姿だったからだ。
星の持っている荷物は肩にかけている大きめの真っ白なボストンバックだけ。その中にはこれから森を探索する上で必要になると思われる荷物が片っ端から詰め込んであった。