表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第9話 ヤドリ蔦の切望

「あ——あぁ。早我見(さがみ)……藍果ちゃんか」


 チャ、と弓丸の太刀(たち)が鳴る。


 (とげ)を持つ(つた)が複数絡み合い、木の根のように変化した両脚。その末端は岩肌の隙間へと千々(ちぢ)に潜り込み、足の形を保っていない。男は、(にご)った瞳に(わたし)を収め、無精ぶしょうひげに埋もれた半開きの口をもごもごと動かした。


「で、歩道橋にいた妙なガキが一人(ひとり)……ふうん」

「ゆ、弓丸、この人と会ったことあるの?」

「いや。藍果は?」

「私もない……と思うんだけど」


 なんとなく、なんとなくだけれど、どこかで見たことがあるような。ただ、これだけは断言できる。私は、この男に名前を教えたことは一度もない。


 男は、笑みとも痙攣(けいれん)とも取れる動きを()せた頬に浮かべ、白い殻の実の中身を手のひらに乗せた。渋皮に包まれクリーム色をしたそれは、まるで脳みそのような形をしている。


「藍果ちゃんもどうだ? こいつはヤドリ(づた)っていう植物の実らしい。ちゃんと量を守ればこんなふうにはならねぇんだと。いい夢が見れるぞ」


 周りの壁の亀裂(きれつ)からは、大小様々な〈ヤドリ蔦〉が顔を出していた。指程度の太さのものから足くらいの太さのもの。互いに絡み合い、電柱ほどのサイズになっているもの。そのうちの一つはスッパリと切れていて、断面から(にじ)む液体が岩肌を赤く染めている。おそらく、あれがさっき私達を(おそ)ったものだろう。


「あ、の……っ! 瀬名は、アヤちゃんは、無事なんですか!」

「藍果」


 弓丸が、刺激するなとでも言うように小声で私を制する。けれど、黙ってなんていられなかった。


「瀬名ちゃん、(あや)ちゃん、真月(まつき)ちゃんか? お前のお友達に見せてもらった夢はな、どれも俺よりずっと綺麗(きれい)で……だから」


 コツン。

 からん。

 棘の先から(うみ)のように染み出した液体が、丸い実となって地面に転がる。


「なぁ。俺のこと、助けてくれよ」


「えっ……え?」


 肘を立て、男がゆっくりと上体を起こす。


「あの女の子達のことをさぁ、心配するみたいに。俺にも、大丈夫かって言ってくれ」


 穴が空き、薄汚れたTシャツにほつれた半ズボン。それから、毎朝のゴミ出しで嗅ぐにおい。


「……ふ、ふ。俺の身の上バナシってやつ、教えてやろうか。なぁ」


 ざんばらに切られ、使い古した(ほうき)のように傷んでしまった髪の毛が、男の表情を覆い隠す。むくんだ左手、何も付いていない薬指。


「この実を渡してくれた()()()だって、本当は俺を助けるつもりなんぞ無かったんだ!」


「……あ」


 思い——出した。私は、この男を知っている。


 いつも通り抜けする公園のそばに、()(もの)扱いされている家があった。物置のすりガラスいっぱいにうずだかく積もったがらくた、収まり切らず外に出された洗濯機。その横にうずくまって、毎朝タバコを吸っていた男だ。


 彼はヤドリ蔦の実を投げ捨てて、肩を(ふる)わせ奇声を上げた。それはきっと悲鳴だった。

 その声に一瞬気を取られ、弓丸の反応がわずかに遅れる。(うな)る一撃が弧を(えが)き、その間隙(かんげき)(つた)の雨が降りそそぐ。


 圧倒的な攻撃の密度——太刀の一振りでさばききれる量ではない。


 弓丸は止めたのに、私が、この男を刺激してしまったから。そもそも、もう失うものがない彼に、もう人の体さえ()くしてしまったこの男に、私の姿で声をかけることそのものが。


「動くな藍果!」


 弓丸の声が響き、次の瞬間視界が黒く塗りつぶされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ