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第7話 誘う洞穴、あるいは悪癖

「ただ、その前に」


 弓丸はおもむろに太刀(たち)を抜き、その先で足首の肌を突いた。


「なっ、え……」


 弓丸の柔らかくきめ細やかな肌に、玉のような血が浮かんで太刀の先へと移る。赤い薄衣(うすぎぬ)を身に絡め、薄暗がりで背を向ける白刃。


「それ、外して。下に置いていいから」


 うろたえる(わたし)とは正反対に、弓丸は落ち着き払って太刀で社の外を指した。


「こ、この(つた)のやつ?」

「そう。早く」


 言われた通り、短刀から蔦の切れ端を取り外して石畳の上に置く。弓丸がその断面に血を垂らせば、蔦の切れ端は水を得た魚のように動き出す。


「うわっ、わっ、わ」


 さながらトカゲの尻尾(しっぽ)だ。雨で湿った地面の上をかなりのスピードで()い、石段の方へと向かっていく。


「追うよ。その先に本体がいる」



***



 昔あったらしいお堂の跡地。その岩陰に(かく)れていた洞穴の中へと、その蔦は消えていった。


「ここは……」


 入口の上部には太い木の根が張っている。地面が掘り下げられていて、洞穴の高さは百四十センチほど。私が入るには(かが)む必要がありそうだが、弓丸にその必要はなさそうだ。ご丁寧なことに、壁の(くぼ)みには火皿と芯が置かれており、それには火が(とも)されていた。揺れる炎の小さな明かりが、点々と奥へ続いている。


「ねぇ、弓丸……さん、ここに入る……」


 どさっ。かちゃん。

 子どもの体が、地に崩れ落ちたような音。それから、金属の()れ合う音が。


「弓丸……っ!」


 弓丸は、腰が抜けたようにその場でへたり込み、きゅうっと(すぼ)まった縦長の瞳孔(どうこう)を洞穴の奥へと向けていた。顔面蒼白(そうはく)茫然(ぼうぜん)自失——元々色白な顔からさらに血の気が引いていて、金色の欠片(かけら)が散る瞳、それを縁取(ふちど)る長いまつげがくっきりと際立つ。まるで人形のようでさえあったが、小刻みに震える肩、切れぎれの呼吸が、そんな戯言(ざれごと)を否定していた。どう見たって普通の状態ではない。


「ね、ねぇ弓丸、ゆっくり息……」

「か、ひゅ、わからない、な、なんで、こんっ……な」


 弓丸が激しく()()む。せめて背をさすってあげようと手を伸ばしたが、にべもなく払われた。弓丸は目を見開いて下を向き、自分の体を手でかき抱くようにしながら(かす)れた声でぽつぽつとつぶやく。


「……拒むんだ。この、体は……どういうわけか、ここに入ることを拒否している」


 口元をぬぐって、弓丸は目の前の洞穴を(にら)みつけた。ぽっかりと開いたその空間からは、何の物音も聞こえてこない。ただ、等間隔に奥へと続く小さな炎が、おいでおいでと揺れている。


「……行こう。ここまで来たんだ、逃げられる前に打って出る」

「で、でも、体調悪いんじゃ……」

「大丈夫」


 弓丸は、首元から首飾りを取り出した。どうやら、衣の下につけて隠していたらしい。赤と青、二種類の透き通った玉が紐に通されていて、弓丸は青い方の玉を引き抜いた。


「あの、何を」

「いいから見てて」


 弓丸はそれを指に挟み、手品でもするように軽く手を振る。すると、その玉は一本の長い矢へと姿を変えた。矢羽は青く、先端には丹念(たんねん)(みが)かれた鋭い(やじり)が光っている。


「そ、それ……!」

「僕、神様だからね。こういう、ことも……できるわけ」


 ばた、ばたた、と再び雨足が強まってきて、岩や草木に身を打っては砕け散る。その矢を両手で逆手に持ち、弓丸はゆっくりと息を吐き出した。矢を握る手が、かすかに震えている。


 まさか!


 私がその手を(つか)むよりも一瞬早く、弓丸は矢の先端を(はかま)の上へと振り下ろした。


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