8話
人見知りだけど頑張っちゃう女の子、満月と
暴言と課題の多さで学生から避けられがちな鏑木教授の甘キュンストーリーです。
バス停に着いた時、発車時刻まで少し余裕があった。半端な時間だからか、車内は座席が埋まる程度の乗車率だ。
満月は最後尾近くまで進み、吊り革を掴む。
「ねえ、東満月ちゃんだよね? 俺、2年なんだけどさぁ、割とバス一緒じゃん。覚えてる?」
突然話しかけられて、思考が止まった。
「なーに固まってんの? 大丈夫だって、俺ら怖くないからさ」
満月に声をかけてきた先輩は、数人のグループであったらしい。
同学年のマウント男子より怖い。手慣れた口調も、バスの中の見て見ぬふりをする空気も。
『どいつもこいつも、他人事だよな。我が身大事か』
心の中の、リトル教授が毒づく。
(私だって、同じことをしますよ)
『しない。おまえは、困ってるやつを見捨てられない』
(断言しないでください。嫌なんです)
その期待を裏切るのが。
いつ、買いかぶりを悟られるのか、ビクビクしているんです。
『だけどおまえは、その理想の自分を求めてるんだろ』
正しく、強く。
自分の意見を主張できる人になりたいんだろ?
『自分の中の二面性、両方ともおまえだ。逃げる側の自分だけを見るな』
リトル教授は、本当に容赦がない。
逃げ場のない物言いに、満月は怯えた。
(だけど、怖いんです! 私は教授とは違います)
理想はあっても、直前で逃げ出したり投げ出したりしてしまうのが自分だ。
弱さを目の当たりにするのが嫌で、ぐずぐずと迷う。
『バカだな』
呆れたように笑う。そんな息遣いまで感じた。
『なりたい自分はずっとおまえの中にいる。おまえだけがその声を聞いてやれるんだぞ。そっちも大事にしてやれよ』
(もう、分かりましたよ!)
しつこく言われ、満月は心の中で叫び返す。そうして、自分の中の声に触れた。
(ごめんね、ずっと無視してきたね)
――私、仲間外れは嫌いなのにね。
(私、本当はどうしたい?)
「すいません、降ります」
満月はバスの運転手に声をかけ、先輩の横を通り過ぎようとした。すると、肩を強く掴んで引き止められる。
「ダメだよ、声かけてんのにどこ行くの」
「勝手に触らないでください。礼儀を習わなかったんですか?」
平坦な声を作り、手を振り払う。反撃に出ると思っていなかったのか、先輩は怯んだ様子だった。
おそらく、悪気はないのだろう。少しふざけているつもりの、タチが悪い人なだけ。
「な、何だよ、怖え女……喧嘩売ってんの?」
なぁ、と、周囲に同意を求めているあたりが小心者の証しだろう。満月は掴まれていた方の肩を払い、悠然と言い放った。
「さあ? 鏑木教授の毒舌が移ったのかもしれません」
作り物の笑顔を残して満月はバスを降りる。車内の様子は、今は考えないという心の声に従った。
向かう先は当然、鏑木教授のゼミ室だ。
「教授!」
「東!?」
駆け寄った満月を見て、教授は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「なんで泣いてる」
「泣いてません」
「じゃあその不細工な顔は生まれつきか。正直に言え」
打ち明けない満月に、教授は苛立っている。
――確かに口は悪いし、課題量は鬼だけど。
(でも、優しい人だって知ってる)
「教授のぬいぐるみ、作っていいですか」
唐突な質問に、教授が訳がわからないという顔をした。
「誰がいるんだそんなもの」
そう言うと思った。
予想通りの展開に、満月は満面の笑みを浮かべて答える。
「私です」
――毒舌教授の沼から、抜け出せそうにないので。
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