3話
人見知りだけど頑張っちゃう女の子、満月と
暴言と課題の多さで学生から避けられがちな鏑木教授の甘キュンストーリーです。
「全員サボりか。ま、想定内だがな」
(嘘でしょ)
教室に現れた鏑木教授は、閑散とした教室を淡々と見渡していた。張り詰めた空気をひとりで背負うことになった満月は、重圧で押し潰されそうだった。
「何だ、ひとりいるじゃないか。名前は」
意外そうな様子で、教授が満月の目の前にやってくる。顔を上げたかったが、見えない圧に押されて視線は机の上に縛り付けられたままだった。
「……東満月です」
名乗りに、鏑木教授がああ、と声を上げた。
「髪型が変わってたから気づかなかった。公募推薦で入学した学生だろう」
「私を知ってるんですか!?」
驚きが重圧から解き放ってくれる。勢いよく顔を上げた満月は、講義を始めようとしている鏑木教授を正面から見た。
満月の視線を受け止め切って、教授は口の端を持ち上げて笑う。
「出願の時に同封させてる、志望動機。あれが心理学部の教授陣に好評でな」
「えっ」
予想外すぎて、変な声が出た。それと同時に、「何を書いたっけ!?」と冷や汗をかきながら必死に記憶を探った。
確か、鏑木教授が著書で分かりやすく解説してくれた、人間のとある特性のことを中心に組み立てたはずだ。
HSP――人よりも敏感で繊細な受け止め方と思考を持つ、特性のことを。
「よく自己分析できてた。散々悩んで苦しんできた証拠だ」
「ありがとう……ございます……」
断言に、どうしてか泣きたくなる。
――ちょっとした人の視線や声音の違いで、相手の気持ちを必要以上に汲み取ってしまう。
音も匂いも気配さえ、全てが情報となって満月の精神を刺激して。
いつでも周囲の顔色を窺う、自分が嫌だ。
なのに、結局ひとりぼっちには耐えられない。
繋がりを求めて外に出ては、傷ついて閉じこもる。その繰り返しで、心の底から信じられる友人もできなかった。
そんな孤独と18年間戦ってようやく得られた光明が、鏑木教授が教えてくれた海外の論説だった。
「そう大して珍しいわけでもない。5人に1人だからな。でも、対処法を覚えるだけでも生きにくさは違うだろ」
「……はい」
生きにくい特性を持っているだけ。それだけなんだと。
その考えを知って初めて、自分を見つけられた気がした。
「話は終わりだ。15分遅れた分早口でいくぞ。それから」
丸椅子から立ち上がった鏑木教授は、その柳眉を眉間に寄せる。
慌てて背筋を伸ばした満月に対し、厳しく付け足した。
「困った時は、ちゃんと助けを呼べ」
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